吉備国の幻獣戦記

乙島 倫

第1話 魏の曹叡

 魏の曹叡そうえいは報告を聞きながら声を荒げた。

「邪馬台国の位置はいったいどこなんだ。水行二十日って、どこからどこまでのことだ。三年もかけて調査して、軍事力どころか相手国の正確な位置も国の大きさもわからないとは、いったい何しに行ってきた!!」

「で、ですから、水行二十日というのは、つまり・・・」

「何回も言うが、魏から倭国まで、船で移動するとしてもたかが一週間もかからないだろ。それが、倭の国内にある内海を通過するだけで二十日かかるとは、どういうことだ。倭はいったいどれだけの大国なんだ」

「その、内海があるのですが、そこを通過することができず・・・」

 魏の曹叡は倭国に使者を派遣していた。表向きには外交使節であるが、実態は密偵であった。遥か遠い辺境の国まで行き、やっとのことで帰国した使者に対し、ねぎらいの言葉はなかった。それどころか皇帝自らの厳しい質問が続く。それも、使者が何か答えようとすると途中で次から次へと質問が重ねられ、まともに返答ができない。

 そこで、軍師の曹葬そうそうが割って入った。

「万が一、日本が新羅と高句麗を従えたら脅威です。万が一攻め込まれた時に備えて、今のうちに洛陽の城壁を補修するべきかと」

「そんなわけ無いだろ!」

 曹叡は玉座から立ち上がり、怒りの表情を浮かべながら歩き始めた。そして、ようやく静止したかと思えば、床のどこかをにらみつけていた。側近たちは低頭したまま、その様子をじっと見守っていた。

 そして、魏の皇帝曹叡が再び口を開いた。

「これは、諸葛亮孔明の計略だろ!この魏の関心を東国の異民族に向けさせて、その間に北伐して長安を落そうとしているんだろう。諸葛亮の考えそうなことだ。違うか!」

 もう一人の軍師、司馬遺しばいが一歩前に出て静かに答えた。

「その諸葛亮孔明は、四年前に五丈原で死にました」

「そうであった」

 このとき、曹叡の顔から緊張の色が引いていった。司馬遺は話を続ける。

「日本は高句麗の押さえに必要です」

「その、日本の国の大きさそのものがわからないではないか」

「今のところ、攻め込まれることはないかと・・・。倭国は何か国に分かれて争っているようですので・・・」

「倭が統一を果たしたら、将来は攻め込まれると言っているのか?危ないではないか」

 曹叡は使者の方を向いて質問を続けた。

邪馬台国ヤマトこくはどこと争っているのか?」

「・・・」

 帝の質問に対し、使者は胸のあたりを押さえたままで、何も答えない。

「どうした?なぜ黙っているのか?ヤマト国はどこと争っているのか」

 しかし、使者はなおも何も答えない。

 曹叡とその側近たちが見守る中、使者は床へと倒れこみ、泡を吹いていた。周囲の近衛兵たちが使者の顔色を確認した。使者はすでに絶命していた。

「きびの・・・きびのくに・・・・」

 これが、使者が最期に口にした言葉だった。

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