ナンバーズはつらいよ 〜どうして俺しか男がいないんですか?〜
一升生水@ラスト・ヴァルキリー更新中
第1話 エレメントはつらいよ
突然だが、侵略的外来種という言葉には聞き馴染みはあるだろうか?
外来種の中でも特に生態系や人間生活に与える影響が甚大な生物種を指す単語だが、その如何にもおどろおどろしい響きからか一般にも認知されて久しい言葉となっている。
とはいえ、その殆どは人間やその土地に対する悪意からそのような振る舞いをしてしまう訳ではない。ただ、彼らは彼らの営みを貫いているだけで、悪気は無いのだ。それこそ、人間が自らの快適のために環境を大規模に改変しているのと同じように。
それ故に、侵略的外来種という概念は人間都合の勝手なものとも言える。
だが、もしも人間への害意と悪意を胸の内に抱く生物が、人間社会の中へとやってきたとしたら、それは恐らくどんな外来種よりもなお恐るべきものとして認知されるに違いない。イエネコやヒアリなど及びもつかない程の。
「走れ!走れ浩一!足を止めるな!」
「どこに!?」
「兎に角遠くまでだ!逃げ切ったら、お祝いに何でも好きなもの食わせてやる!走れ!」
そして、日本を代表する古都京都にて、あり得ざるそれらは群集団となって襲い来ていた。人の血肉と悲鳴を求めて。
20世紀も終わりを告げ、21世紀が始まった頃に、その侵略的外来種「ドラゴン」は突如として人類の前に姿を現した。
地球のどの生命とも異なる身体構造を持つ彼らは、しかし生きる為に、或いは娯楽の為に、積極的に狩りを行うという点では確かに生命らしかった。
これだけならば、学会では喜びの声の百や二百も上がっていた事だろう。事実、彼らを新生物として研究しようとする動きもあった。
だが、その目的は彼らドラゴンを保護する為ではなく、倒す術を編み出す為のものだった。何故なら、彼らが積極的に狩る動物とは、他ならぬ人であったのだから。
「でも、母さんが……!」
「きっと母さんなら大丈夫だ!捕まったら会えないぞ!ほら、早く!」
無論、人類も決して彼らから齎される殺戮の雨を座して身に受けようとしていた訳ではない。人類は冷酷無惨の爪も凶暴無比の牙も怪力無双の腕も疾風迅雷の脚もない、体格の割に非力な生物だ。だが、その卓越した頭脳で以て文明を発展させ、遂には世界を破滅に導けるほどの武器を開発し、万物の霊長を僭称するまでに至った恐るべき猛獣でもあるのだ。
当然ながら、突然に現れた自分達の天敵を、同じ人を殺める為に生み出した数々の兵器で撃滅しようとした。
しかし、それらの全てはドラゴンの生物離れした能力と物量の前に虚しく敗れ去った。
ドラゴン、と名付けられはしているものの、彼らの身体構造はどちらかといえば昆虫のそれに近いものがあった。
その大柄な身体を支持する頑強な外骨格は、対戦車ミサイルや戦車砲の直撃ですら即死させる事が叶わない程の頑強さを有し、口からは火炎や風の刃、稲妻といった個体ごとに異なる様々な攻撃を繰り出して、文明の利器を粉微塵に変える。その猛威は、各国の軍隊が展開した戦場を、すごぶる豪華なビュッフェ会場へと変えていった。
各地で敗北を重ねる中で、多くの人類は受け入れるしかなかった。
自分達は、霊長の座から転がり落ちたのだと。久しく現れなかった正真正銘の天敵が現れたのだと。
そして、それを受け入れられなかった者達は、人類の叡智の焔に縋り、自分達もろとも焼き尽くしていった。それでも、ドラゴンを根絶する事は叶わなかったのだが。
地球環境に深刻な爪痕を残してなお取り除かれなかった脅威は、今もなお残された生存圏に住まう人間達を襲い、その度に多くの被害を出してきていた。おそらく、ドラゴン達の機嫌を伺うのを待つばかりでは遠からずの内に人類は滅亡させられていた事だろう。
「なっ、うっ、うわぁぁぁーーッ!!」
「ひ、っ………!」
「見るな浩一!足を止めるな!」
そして今、京都で繰り広げられている光景もまた、そうした被害と悲劇と惨劇の一幕だった。
浩一、という名の少年の前を走っていた1人の男が、緑色をしたドラゴンに咥えられ、そのまま連れ去られていった。父に言われるまま目を伏せていたが為に彼がどうなったのかは浩一には知る由もなかったが、恐らくは楽な死に方は出来ないだろう。ドラゴンは、しばしば獲物を弄んでから食い殺すのだから。
「はっ、はっ、はっ………も、もう……!」
「諦めるな浩一!ほら、こないだ欲しいって言ってた漫画だって買ってやる!好きなだけ読んでいいんだぞ!」
「う、ホントだよね……?」
「ああっ!だから絶対捕まるんじゃないぞ!死ぬ気で逃げるんだ!」
数キロにも渡る子供には過酷な逃避行は、命の危機の最中においても容赦無く身体に悲鳴を吐かせる。その度、父は足を緩めては激励し、浩一の再び足を動かさせていっていた。
その甲斐あってか、幸運にも親子2人はこれまでドラゴンの貪欲な牙からの追跡を逃れ続けていた。
とはいえ、幸運とはそう何度も続かないものだ。
不意に背筋に悪寒が走った浩一が思わず振り返る。その先には、自分達の方を向いた赤いドラゴンの姿があった。
狙われた。そう理解するのに時間は必要なかった。
「っ父さん後ろ!」
「えっ!?な……!」
甲高い悲鳴につられて思わず振り返った父も、一瞬遅れて状況を把握したようだった。その目が絶望に染まりかける。だが、息子の存在がそこから現実へと彼を引き戻した。
「こっちだ浩一!」
2人が咄嗟に細い道に入り込んだのと、赤いドラゴンが涎を垂らしながらその口を大きく開いて飛び込んできたのはほぼ同時の事だった。
「うわあっ!」
「うぐ、っ……!ほら立って!今のうちに逃げるんだ!」
後少しの所でご馳走を逃したドラゴンの方は、体格の大きさが災いして細い路地へは首を突っ込ませるのがやっとの様子だった。だが、それでも執念深く路地の中へ身体を捩じ込ませようとしている。
そんなドラゴンの姿に怯えながらも、親子は必死に手足をばたつかせて立ち上がり、逃げようと走り出していった。
「父さん!」
「大丈夫!大丈夫だ!あいつはここまで来られない!」
実際の所、そんな確証は父の側にもない。だが、そう言い聞かせなければきっと自分達は胃袋の中に収まってしまう。その予感から無理やり自分と浩一を安心させ、赤い竜から兎に角遠くへと逃れていこうとする。
幸い、ドラゴンは路地の中に入る事に執着していて空から追ってこようとする気配は無かった。これなら逃げ切れる、と希望を抱いた。
だが一瞬の後に、無情にもその期待は裏切られることとなった。
ドン、と赤いドラゴンが地面に激突した時よりも更に大きな音が正面の方から聞こえて来た。それと同時に、自分達の視界が急にグレーがかったものとなったのを知覚した。いや、何か巨大なものの影に入ったのだ。
「なっ、あ………!」
「あ、ああ………!」
それは、灰色をした特別大きなドラゴン。それが路地の先に降り立ち、首をもたげながら舌舐めずりをしていたのだ。
今度こそ腰の抜けてしまった浩一を、せめて息子だけは見逃してくれとばかりに父が抱きすくめる。そんな哀れな2匹の餌を前にして、硬くて表情など作れそうにない灰色のドラゴンの顔がニタリと嗤ったように見えた。
そして、悪い事とは重なるもので、背後から凄まじい破砕音が鳴り響いて来た。見やれば、それは赤いドラゴンが建物を壊しながら強引に路地に捩じ込んで来た音だったと理解できた。
背後にも前にも、逃げ場はない。迫り来る死へのカウントダウンを前に、親子は怯えるしか無かった。
「こ、浩一……浩一だけは………息子だけは……!」
そんな懇願をドラゴンが理解できる筈もない。或いは、理解していて無視しているのかもしれない。まるで聞こえなかったかのように、灰色のドラゴンはぐわりと口を開いた。粘ついた唾液が糸を引き、長い首がぎりりと引き絞られる。それはまるで、ギロチンの刃が降ろされる瞬間のようで。
最後の時を覚悟した2人は、ぎゅうと目を瞑った。せめて、痛くありませんようにと願いながら。
そして、2匹の顎がとうとう獲物を捉え―――。
「―――03、やれ」
「了解、
不意に、何か液体を詰めたものが潰れたような湿った破裂音が響いた。それに少し遅れて、何か重いものがどさりと落ちる音も。
ああ、遂に自分は死んだんだなと、浩一はどこか冷静に考えていた。きっと、自分達の体が潰されて食われた音なんだろうと。
だが、どれだけ待っても痛みが来ない。それどころか、ぎゅうと抱いてくる父の腕の感覚も一向に解かれない。
もしかして、今自分は天国にいるのだろうかと疑ったその時だった。父が再び言葉を発したのは。
「こ、浩一……あれは………!」
その、呆然としたような声につられて、父の背中越しに恐る恐る目を見開いた先には、光一の想像を超えた光景が広がっていた。
「え………?」
それは、まるで潰れた果実か卵のようだった。黄色い液体がだくだくと流れ、如何にも硬そうな質感の赤いものが砕けて散乱していた。
それが何なのか、浩一には最初は理解できなかった。一体、何が起きたのかも。浩一が状況を理解出来たのは、無惨な様相のそれの上に立つ1人の人間を視認してからの事だった。その、背中から黒い翼を生やした人影を。
「………大丈夫ですか?遅れて済みません」
「あ、ああ………来てくれたんだな………!」
その言葉で浩一は確信出来た。このペシャンコに潰れた物体の正体が、先ほどまで自分達を追い回していた赤い竜なのだという事を。そして、それを、竜殺しをこともなげに為した目の前の人物が、ドラゴン達に対する人類の希望なのだという事を。
「―――あれが、エレメント……」
その言葉と共に、浩一の意識は安堵と共に急速に闇に包まれていった。
******************
突然だが、皆は第2の人生というものを信じるだろうか?
いや、何もおかしな宗教の勧誘をしたい訳ではないし、新しい人生を歩むという意味での言葉でもない。文字通り、死んでもう一度生まれ変わ?などという事が起こり得ると思うか?という問い掛けだ。
無神論者が増えて久しい中、仏教の普及している日本であっても多くの人はそんな事を聞けば胡散臭そうな顔と共に異口同音にそんなものある訳ないだろうと語る事だろう。
だが、自分は信じている。というより、信じざるを得ない状況になっていると言うべきか。
「浩一!?おい、しっかりしろ浩一!」
「大丈夫ですよお父さん。安心して気絶しただけです」
俺を視認するなり気を失った少年を、父らしい人が必死に起こそうとしていた。いい父なのだろう。それだけに、助けられたのは喜ばしい。
「今
「あ、ああ……分かった……!」
そう言って父親は、慌てたように浩一というらしい少年を背中に背負うと、隊長に首を一刀両断された灰色の大型ドラゴンの骸をすり抜けるようにして、どこかへと走り去っていった。
それを見送ると同時、自分の後ろに何かが降り立ったのが聞こえた。それが、自分の仲間だという事はすぐに理解出来た。
「03、あまり道草を食うな」
「放っておく訳にもいかないだろ01。助けられる人は多い方がいい」
「そう思っているのなら、一刻も早く敵を倒すぞ。棺桶の数はトレードオフなんだからな」
「01」。
またの名を「ステイシス」とも呼ばれる彼女は、自分の所属する部隊の中でも特に好戦的な人間の1人だ。
こういう人間は多くの場合、ドラゴンに家族や親しい人間を喰われたりして復讐心に燃えていることが多いが、彼女はそうではない。ただ、使命感からドラゴンに対して自分の休暇を全て費やしてでも戦おうとする程に敵愾心と戦意を燃やしている、一種の異常者だ。
当然ながら、自分の記憶にある世界では戦乱こそあれども、こんな人間が生えてくるような環境などある筈もなかった。ドラゴンも、自分達エレメントも。そんなものはファンタジーの世界の産物だった。
だが、それは今まさに眼前にあって、そして自分自身もその1人となっている。明らかな異常事態だが、今の自分にとってはもはやこちらの世界こそが現実なのだ。
そう、自分は所謂転生者、という奴だった。
と言っても、ライトノベルの主人公のようにトラックに跳ね飛ばされたり、劇的な何かが起こったり、神様の手違いで死んでしまったりした訳ではない。何ともつまらない理由からのものなのだが、まあそれはおいおい語るとしよう。
兎も角、こんな詰んだ世界に転生したと知った時には、それはもう絶望したものだ。折角生き返って人生をやり直せるかと思えば、人類種の天敵ともいうべき生物が跋扈している世界に放り込まれたのだ。如何に死を経験していて人より慣れているとは言っても、限度というものがある。
そんな中で生き残るにはどうすればいいのだろうか?一市民としていつ襲い来るかも分からない脅威に怯えながら不運くじを引かないよう毎朝祈る日常を送るべきなのか?
否、それは御免だったし、何より自分は最初からそれを選べる立場では無かったのだから。
「03ーっ!!大丈夫ーっ!?」
「のわっ……五月蝿い04!耳が潰れる!あと一々抱きつくな!」
突然、どかりと俺の体にのしかかる物があった。今となってはこれも、既に慣れっこになってしまった感覚だ。
敵襲という訳ではない。こんな事をするのはある1人の味方くらいしかいないのだから。
「酷いッ!お姉ちゃんが心配してるのに!昔の03はもっとこう、お姉ちゃんお姉ちゃんって後ろをとことこ付いてきてたのにー……」
「えーい離れろ!!あと記憶を捏造するな!!俺はお前の弟じゃない04!!何度も言わすな!!」
この、俺の姉を名乗る不審者の名は「04」。実に遺憾ながら俺の同僚であり、そして同期だった。
俺を見るや戦さ場だろうがプライベートだろうが構わずひっつき虫になる狂った女だ。
そして同時に、01に匹敵する程好戦的な猛獣でもあるのだが、今の情けない姿からは全くそんな有り様は想像できなかった。
「はぁ………おい、いい加減離してやれ04。今は仕事中だぞ」
「ううう……01まで冷たい………
そう言って04は、首無しとなったドラゴンの方へと顔を向ける。そこには、自分達SSRのTier1チーム「ナンバーズ」を統べる麗しの隊長、風にたなびく白色の髪が特徴的な「ホワイトグリント」こと「06」が、立ったまま沈黙した骸の上で佇んでいた。
「………04、命令だ。03を解放しろ」
「えーっ!そんなのって」
「"レイテルパラッシュ"。聞こえなかったか?」
「うっ……はーい……」
何度聞いても身構えるようなドスの効いた声からなる、ずっしりとした重みのある命令。それを受けては、さしもの04も自分を解放せざるを得なかったようだった。
「あー鬱陶しかった………それで、05。ドラゴンどもの様子は?」
「……………東からこちらに接近している」
「規模は?」
「……………中隊規模。アルファも先頭にいるようだ」
そう平坦な口調で言い放ったのは、ぐっと閉じられて開かない瞳とポニーテールの銀髪が特徴的な女性「05」。「スプリットムーン」の名前でも呼ばれる彼女は、常に無表情で声に抑揚が無いため、慣れなければ感情が分かりにくい。
だが、慣れている自分には、言葉に込められた感情が理解できた。この程度は脅威ではないと、そういう自信を感じさせる声色だった。
そして、それは決して驕りではないと、ここにいる皆が知っている。
「……02はどうだ。敵の姿は見えているか?」
『ああ、確かに05の言う通りの敵が来ている。三条の方から押し寄せてくるぞ』
通信機からは、隊長とはまた違ったベクトルの重みを感じさせる女性の声が響いてきていた。声の主は「02」。「シルバーバレット」とも呼称される彼女は冷静沈着のスナイパーであり、後方からこの戦場を観測していた。
「へーえ、それはまた潰し甲斐がありそうじゃない。いいわよねー、敵がたっぷりって。合法的にぶち殺せるなんて、何て素敵なのかしら」
「……………お前はいいかもしれんがな。この中で1番負担なの俺だぞ?」
「えーっ、一番の役得、の間違いじゃないの?」
「そりゃあ確かにお前ら美人揃いだがな……気苦労を考えろよ…………!」
…………さて、既に気が付いた賢明な読者の方々もいようが、このナンバーズという部隊。男が俺しかいない。それはそうだろう。エレメントという存在は本来、どういう訳か女しかなれないのだから。
そんな部隊に男1人が放り込まれて、果たして無事でいられるだろうか?いや、何も虐められている訳ではない。だが、それとはまた別の意味で困った事になっているのだ。
端的に言うと、だ。
とっても目のやり場に困るッッッ!!
だってそうだろう。ナンバーズの面々はどいつもこいつも美形な上、体の凹凸はそれはもう健全な男子なら涎が垂れそうな程に素晴らしい連中ばかり。おまけに何を考えているのか、ナンバーズに限らずエレメントの正式な戦闘服は体型が浮き出るピッチリスーツめいたもの。申し訳程度にローブやマントのようなものは存在しているが、そんなものは何の慰めにもならない。
どうもエレメントのエレメンタルパワー伝達を阻害しない為にはこういう装いが最適らしいのだが、それにしたってもう少しデザインのしようがあったのではなかろうか。
もう慣れてしまった今の自分でさえ、時々目を逸らしたくなるのだ。最初の頃など、息子が元気になるのを必死に堪えてた位なのだ。
「またまたぁ〜。そんなこと言って本当は嬉しいんでしょ03ー?お姉ちゃん達と一杯宜しくできるもんねー」
「宜しくとかゆーなッ!仕方無くやってるだけだよッ!」
………そして、俺がこの部隊で困っていることがもう一つ。
エレメントが発生する不可思議エネルギー「エレメンタルパワー」は、基本的に何らかの属性を内包している。例えば05は電気を操るし、01などは二酸化炭素という珍しい属性を有している。だから、同属性のエネルギーでもない限りエレメンタルパワーを融通するという事は出来ないのだ。
だが、ここに一つの例外が。
俺のエレメンタルパワーは、一言で言い表せば「無」。属性を持たないが為に出来る事は限られているが、何物にも染まりうる無色のエネルギーは、どんなエレメントにもエネルギーを融通出来る。そして、俺のエレメンタルパワーの保有量と回復力は、SSR全体でも群を抜いている。
ここまで言えば理解できるだろう。つまるところ、俺は他のエレメントのエネルギータンクとして機能できるのだ。
連戦で枯渇状態になったエレメントは言うに及ばず、まだ余力がある相手に対してもエネルギーを供給する事で限界を超えた能力を発揮させられる。俺が最精鋭のナンバーズの一員に選ばれたのも、その戦略的価値を見込まれての所が大きい。
これだけ聞けば、何とも羨ましい限りに聞こえるかもしれない。確かに自分もこれだけなら特に困ることなど無かっただろう。ただ、その譲渡の方法に問題があるのだ。
エレメンタルパワーのやり取りは、基本的には直接的な肉体接触によって行われる。そして、最も効率の良い方法は相手の体液や組織を摂取する事だという事が研究によって判明している。
「………………私達と口吸いをするのは嫌なのか?」
「嫌とか嫌じゃないとか、そういう問題じゃないんだよ05…………!」
…………有り体に言えば、キスが1番効果的かつ現実的な方法なのだ。
当然ながら、これを知らされた時は流石の自分も抵抗した。当然だろう。好き合っている訳でもない相手と頻繁に舌を絡め合わせるような情熱的なキスをしろと言われれば、余程の好き者でもない限りは抵抗するに決まっている。
だが、俺とて兵士。命令は絶対だ。それに何より、ナンバーズのエレメント達は誰も彼も覚悟の決まった、或いは闘いに取り憑かれたような連中だったのが厄介だった。
いくら何でも向こうが嫌がるだろうとたかを括っていた自分は、ナンバーズが結成されるなり全員から貪られるように唇の貞操を奪われる日々を受け入れさせられる事になった。
いや、自分は異性愛者ゆえ、美人の彼女達と口を重ねる行為自体は確かに役得だ。だが、それよりも罪悪感といったものの方がどうしても優ってしまう。それに、どんなに情熱的だろうと所詮はビジネスライクなものでしかないという現実に、終わった後はどうしても落ち込んでしまうのだ。
それでも、ここまで来てしまった以上はやらないという訳にはいかない。
精鋭揃いのSSRでさえ誰かしら未帰還となるという事が珍しくない過酷な状況。そんな中で、1年以上に渡って誰も欠員はおろか大きな怪我すら負っていないというナンバーズの喜ばしき異常事態の大きな一因が自分であるという事は、一切の驕りなき事実なのだから。
「………………そうか。それは、喜ばしい」
…………だから、きっと05が嬉しそうになった気がしたのだって気のせいだ。気のせいったら気のせいなのだ。そうでなければ、自分の理性は何時ぶっ千切れてもおかしくないのだから。
「お前達、お喋りは済んだか?であるなら、衛生作業に移るぞ。分かったらとっととブラシを持て」
「………了解」
「はーい」
「了解した、
唐突に06隊長からのお叱りが飛び、俺達はそれに対して(04を除いて)気を引き締めた返答を返した。それはつまり、これから血生臭い闘争の中に身を投じる合図なのだから。
ふわりと飛び立って空を見やれば、あちこちで煙の上がる空の向こうに、確かに黒い雲霞の群れが見えた。その全てが、満ちることのない飢えに支配されたドラゴンなのだという事は、容易に想像が付く事だった。
「………やれやれ、今日も骨が折れそうだな」
「怖気付いたか?」
「まさか。俺達が揃っていれば、負けはしませんよ
これは何も舐めている訳ではない。これまでの実績からの、純然たる事実の確認というやつだ。
そして、それは06隊長も分かっているのだろう。固く一文字に結ばれた口が僅かに弧を描くのが見えた。
「ふ………生意気を言うようになったな。02、04。出撃前に散々03を可愛がってやったんだ。その成果を見せてやれ」
『了解。アルファ個体は任せろ』
「なら私は露払いね。ふふ、喉が鳴るわ」
んんっ、と喉を鳴らす音が04の方から響いてくる。この、一曲歌う前のような調子の動作が、災厄にとっての恐るべき災厄の序曲になるのだと、果たして誰が予想できるだろうか?
そうとも知らず、ドラゴン達はその翼をはためかせてぐんぐんと大きくなってゆく。それが死へと自ら達を近付けるものだと、誰も思わないままに。
そして、ティーハウスで今日のお勧めの紅茶をオーダーするような気軽さで、06隊長は始まりの合図を告げた。
「宜しい。では、第一段階を開始しろ」
それが、惨劇の始まりとなった。
幕開けとなったのは、先頭を飛んでいた一際大きな青いドラゴン。アルファ個体だった。
ナンバーズはつらいよ 〜どうして俺しか男がいないんですか?〜 一升生水@ラスト・ヴァルキリー更新中 @issyoukimizu
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