「幼なじみ」が欲しいんです!
双傘
第1話 "幼なじみ"のいないラブコメ
「ごめんね、」
目の前の少女が何を言っているのか分からなくて僕はその子の背中を見つめていた。その顔はさぞ間抜けだっただろうな。寒風が頬を刺しても、雪が体温で溶け靴の中に染み込んでも全く寒くなかった。それなのに流れる涙は鬱陶しいくらいに熱かった。
その日は僕の中で忘れられない思い出となった。というのは強がりで今でも思い出すと恥ずかしいし、心が締め付けられる。トラウマになったというのが正しいかな。
「僕は浮かれ気分の人と話したくないので、心の換気をしてから話しかけてください。」
結果、入学から友達ゼロ。高校デビューそんな言葉が僕は嫌いだった。春という麗らかな天気なのも相まって、同級生達は恋だ青春だのと浮かれすぎだと僕は思う。そんな胸いっぱいの希望やら何かキラキラとした眩しいものは僕の所へは持ち込んでほしくないわけで、それであの挨拶だったのだ。
僕から言わせれば高校生の恋愛なんて幼稚なものである。そこに何の希望も夢もないだろう。何故なら、大抵高校で出会う人ほとんどが自分の過去を知らない人、そこで芽生える恋愛感情は愛なんて代物じゃないからだ。愛だと思っているのは自らが未熟だからであって、その感情は大抵は性欲だったり、他の人間のエゴによるものだと僕は思う。
と、教室の隅で1人佇む僕な訳だが。流石にこの空間で1人飯はメンタルが持たない。教室内はすでに入学当初からのグループが出来始めていた。男子は大抵部活仲間たち、女子は大抵おんなじ顔の可愛さの子達で集まっている。机を各々が好きなように組み合わせて弁当を食べているのだ。当然、僕の前には何の机もなく。念の為に確認したが後ろにも何もなかった。という訳で僕は教室を抜け出し外で食べることにした。
校舎の1階、理科室の前は昇降口へと続く道に面している。コンクリートの段差が教室前の通路と道路とを分けている。僕はその段差に腰掛け弁当を開く。中身はおにぎりに卵焼き、タコ型ウインナーに唐揚げと行ったテンプレートなもので唯一他と違うのは、この弁当は全て手作りでしかも母親でなく妹が作っているということだろう。目の前を桜の花びらがはらはらと散る。健全な高校生であればこのシーンは青春の綺麗なワンカットなのかもしれないが、僕にとっては三島由紀夫の様に無情にしか感じない。まるで人生とまでは言わないが、何だか物寂しい気がする。
今日も何もなく帰路に着く。本当に何も、友達との会話、授業で得た物、部活で流す汗と涙、それら全てが僕には待ち合わせがない。
大きな薬医門が目の前に広がる。僕は腰を屈めてくぐり戸から中へと入る。敷地に入ると、途端に梅の香りがした。足元には丸く綺麗に刈り込みされた緑が生えている。石畳みを踏んで、進んで少し歩くと玄関がある。僕はその戸を引いて中に入る。ふっと安心した気がするのはやはり気のせいなのだろうか。
戸の開く音を聞きつけておくから足音が聞こえる。軽やかなそれは音のみで嬉しさが溢れているような音であった。
「お兄様おかえりなさい!」
戦争さえ終結させかねない満面の笑みで僕の帰りを喜ぶのは僕の妹ハナだ。
「ご飯の準備、もうすぐ終わりますから手を洗ってもう触っておいてくださいね。」
エプロン姿でそういう彼女は中学生とは思えないくらい家事ができるのだ。この広い屋敷の管理は今や彼女1人が担っている。僕らの両親がいた頃はお手伝い達なんかもいた様だが、僕の高校入学が決まる頃にはその人らも両親と一緒にどこかへ行ってしまっていた。
今ではこの武家時代から続く屋敷で僕、妹のハナ、それと僕らの祖母と一緒に暮らしている。こんな家に住む両親なだけあって、お金に不自由はしていないのでその点大変助かっている。
居間についてテレビをつける。サブスクのチャンネルを開いてアニメの続きを見る。それは
高校生の主人公が幼なじみとの恋愛模様を描いていくストーリーなのだが、中々に理想的なもので正直羨ましい。今すぐにでも画面の中に飛び込んでしまいたいが、そんなことをしても待ち受けているのは液晶画面とその奥の無数に並べられたLEDライトであって、僕の思う理想のヒロインなんかじゃない。
僕の理想のヒロインは幼なじみキャラなのだ。幼い頃からお互いをよく知り楽しいことも辛いことも経験してきている。そんな男女が小学校、中学を経て高校に入学しこれまで気がつかなかった自分の思いに気がつき始める。
アニメの中でも、メインヒロインが主人公に話しかける女子を見て嫉妬している。幼なじみだからこそ近すぎて気がつかなかったが、私はあいつのことが…
「あいつのことがなんだって?」
僕の顔を覗き込むその顔は白髪の老婆であった、幽霊、いや失礼祖母だ。
「うわあ!?びっくりした。なんだよばあちゃんかよ。」
「何だよってことはないだろ。孫が幼なじみだの、メインの披露宴だの言ってるから心配だったのさ。」
「メインの披露宴じゃなくてメインヒロインね、このアニメのこと言ってたの。」
祖母はアニメはよくわからんねえ。と言いながら僕の斜め向かいに座って茶を飲んでいる。日課であるプールでの運動から帰ってきて一息ついていると言った感じか。僕の上がった心拍数が元に戻ることにはハナが料理を座卓に並べていた。今日の料理はヒラメの煮付けだ、白身によく味が染みていて美味しい。白米が進んでしまいおかわりをする。ハナが米を盛って来てくれた。
「そうだ、お前達に話しておかないといけないことがあってね。」
祖母が箸を置いて改まって言うもんだから、僕らの箸も止まって祖母の顔を見て続きを待った。
「わたしぁ、海外旅行に行こうと思っててね。船で世界を一周するから3年ほど家に帰らないから留守頼んだよ。」
突然の海外旅行。祖母の話を詳しく聞くと、前々から計画していたそうで僕が高校生に上がったタイミングなら家を空けても大丈夫だろうという目算だった。実際のところこの広い屋敷もハナが1人で家事を頑張ってくれているおかげで何の支障もなく生活できている。ハナも中学3年、僕は高校1年と自分で判断して行動できる年頃だし肉体も大人にほとんど変わらないかもしれない。
「流石に急すぎるし、僕ら2人だけって子供が言うのも何だけど放ったらかしすぎじゃない?親もだけど。」僕らの両親も僕が高校入学が決まった頃に2人で海外で仕事をするようになった。それに今度は祖母までいなくなると言うのだから生意気にも僕がこのように言ってしまうのも仕方ないというものだろう。
「2人だけじゃないさ、この家には余ってる部屋がいくつもあるだろう?それにお手伝い達やあんたらの母親もいなくなって屋敷の管理も大変だ。」
僕は正直それを聞いて申し訳なさが勝った、何故なら家事はハナが全て一手に引き受けていたからだ。
「だからね、私が海外に行ったらあんたらと同い年くらいの子らがこの家に引っ越してくるから。仲良くやりなよ。」
日がくれて部屋がオレンジ色に染まっていた。落ち着いて茶を飲む祖母と、彼女が何を言ったのか分からない少年と少女がそこにいた。
「え、引っ越してくるってどういうこと?」
「そのままの意味だよ、年はだいたい同じくらいだから、仲良くやりなよ。」
「いや、どう言う意味?」
僕の疑問に答えることなく祖母は自室へと帰っていった。祖母の身勝手さは幼い頃から僕らの知るところではあるが、今回は度が過ぎていると僕は思った。ハナも動揺している様だが、「お婆さまには困りましたね」といつものことだと言わんばかりだ。
僕は断固拒否するつもりだったが、朝起きて抗議するために訪れた祖母の部屋はすでにもぬけの殻であった。こうして僕ら兄妹はこの屋敷に取り残され、数日もしないうちに同居人達がこの家に集まってくるらしい。
窓から差し込む朝日が嫌になるほど眩しく、これからの僕に待ち受ける運命を知って嘲笑っているかの様であった。
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