【叙述トリック初級編】彼女は嘘つき

一石月下

一話(完結)

――僕の彼女は嘘つきだ。


「好きだよ、カナタくん」


 ……なんて言うくせに、いつも僕から距離を取る。

 どんなに手を伸ばしても、指一本触れさせてはくれない。

 まるで見えない壁があるみたいにひらりとかわして、いつも僕を翻弄する。


「愛してる」


 そんな言葉も、君にとってはきっと戯れなんだ。

 だって君はいつも、まるでそこらの石でも愛でるような気安さでそんな言葉を吐くから。

 その言葉一つで、僕がどれだけ心を乱すかも知らないくせに。


「あなたのことが一番好き」


 本当に一番なら、いつも僕の傍にいて、僕のことだけ観ていればいいじゃないか。

 それができないくせに、僕のことが一番だなんて、よく言えたものだ……。



 彼女との出会いは、一年半前になる。

 当時、売れない歌手をしていた僕のところへ来て、彼女はこう言ったんだ。


「私があなたを人気者にしてあげる。絶対に!」


 初めは信じられなかったけど、すぐに君の言った通りになったんだ。

 君は僕のマネージャーとして仕事をこなし、僕を売れっ子の歌手にしてくれた。

 そういった経緯から、僕は君に私的な感情を抱くようになったんだ。

 そして、君もそうだと思っていたけれど……。



 ……残念ながら、僕は知っている。

 君が愛しているのは僕だけじゃないってこと。

 君には他にも男がいて、しかもそれは一人や二人なんかじゃないんだってこと。

 実際に君が男を部屋に連れ込んでいるところを見たこともあるし、君が他の男に愛を囁いているところだって見たことがある。


 君は僕にするのと同じように、他の男も弄んでいたね。

 好きだと言って顔を触ったり、一晩中愛おしそうに眺めたり。

 それを見て僕は本当に最悪な気分になった。


 ああ……一体どうしてなんだろう。

 こんなにも酷い仕打ちを受けてなお、なぜか僕は、君を嫌いになることができないんだろう。

 嫌いになれる理由ならいくらだってあるはずなのに、君が愛おしくてたまらないんだ。


 まるで誰かに思考を操られているみたいだと思うことさえある。

 僕の中に君への想いを強制させるための何かがあって、誰かがそれを使って君のことを愛するように仕組んでいるようだって。


 ……分かってるよ、馬鹿げている。

 もしこのことを君に言ったら、君は僕のことを滑稽だと笑うんだろう。



 ◆◆◆◆



 ――ピロリン♪


 スマホの通知音に気付き、ショーコはベッドの上に目をやった。


 仕事のメールか、それとも友達からの連絡か。

 何だろうかと思いつつ、ショーコはスマホに手を伸ばし、ロックを解除して通知を確認する。


「……なんだ」


 その瞬間、ショーコはチッと舌を打った。

 通知画面に表示されていたのは『アイドル育成ゲーム“アメイジング♪ハーモニー” 期間限定イベント配信中!』という文字。

 このアプリを始めたのは確か一年半くらい前。

 推しているキャラがいてしばらくハマっていたのだが、最近は新規ボイスやイベントなどの更新が滞っていることから疎遠になっている。


「期間限定イベントねえ……」


 ショーコはアイコンをタップしかけたが、その指は宙でぴたりと止まってしまった。


 推しキャラの好感度はすでにMAX。

 新ボイスといっても、どうせまた「愛してる」とか「ずっと一緒にいてね」とかそんな台詞ばかりだろう。

 あまり繰り返されるとかえって空虚なものに聞こえてくるから、正直それほど嬉しくない。

 だから――


「……もーいっか。消そ」


 ショーコは呟き、スマホをいじった。

 どうせ他にもアプリはあるし、今は別の推しもいるし。


 ショーコは削除のボタンを押した。

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