エルフの島と世界の果てまで! ゆるふわ漫遊記
ミルティア
第1話 プロローグ
エメラルドグリーンの海に抱かれた、緑豊かな島。そこはエルフの女性たちだけが暮らす、外界とは隔絶された楽園だった。二重カルデラ地形が織りなす独特の景観の中、内輪山の麓に点在する素朴な家々。その一つで、リーフは今日もまた、至福の怠惰を謳歌していた。
「あぁ……今日もなんていい天気……こんな日は、木漏れ日の下で永遠に昼寝に限るよねぇ……」
リーフは、そう独りごちながら、古木の根元に体を預けた。降り注ぐ陽光を遮る葉擦れの音は、心地よい子守唄のようだ。鳥たちの歌声、清流のせせらぎ、木々の間を抜けるそよ風が運ぶ草花の香り……自然の織りなすシンフォニーに包まれ、リーフは意識を手放していく。まぶたが重くなり、緩やかに呼吸を繰り返すうちに、深い眠りへと落ちていった。
明るい緑色の髪は、無造作に三つ編みにされ、白いリボンで緩く結わえられている。透き通るように白い肌は、木漏れ日にほんのりと照らされ、黄緑色の瞳は静かに閉じられている。身につけているのは、薄い水色の簡素なワンピース。足は大地を直接感じられるように、裸足のままだ。穏やかな表情からは、一切の憂いを感じさせない。
しかし、その静寂は、突然切り裂かれた。
「リーフ!またサボっているのか!」
容赦のない声が、リーフの意識を無理やり引き戻す。跳ね起きた彼女の視界に飛び込んできたのは、幼馴染のリリーだった。燃えるような赤髪をきっちりとポニーテールにまとめ、キリッとした表情でリーフを見下ろしている。白いブラウスの上には濃い緑色のベスト、下は動きやすそうな同色のスカート。足元は革製のブーツで固め、腰には騎士団の象徴である剣が光っている。その姿は、怠惰とは対極にある、規律と責任を体現していた。
「リーフ、いい加減にしなさい!あなたは島で最強のエルフと言われるほどの魔力を持っているのよ?それを、こんな風に無駄にしていいと思っているの?」
「うぅ……うるさいなぁ……せっかく気持ちよく寝てたのに……」
リーフは、まだ半分眠った目で、不満を漏らす。眠りから引き離されたことへの不機嫌さが、全身から滲み出ている。
「気持ちよく寝てたって、何も生まれないわ!あなたの力は、もっと役に立つことに使うべきなのよ!」
リリーは眉をひそめる。リーフの才能を惜しむ気持ちと、その怠惰な性格への苛立ちが入り混じった表情だ。
「だってぇ……面倒くさいんだもん……それに、私、別に最強のエルフとか興味ないんだもん……」
リーフは大きなあくびをしながら、まるで他人事のように答える。リリーの言葉は、まるで右から左へと通り抜けていくようだ。
「まったく……!」
リリーは深いため息をつき、諦めたように踵を返した。リーフは再び眠りにつこうとしたが、今度は別の足音が近づいてきた。現れたのは、エルフ騎士団副団長のローズだった。落ち着いた藍色の髪を丁寧に編み込み、知的な雰囲気を漂わせている。白いローブの上には、銀の装飾品が控えめに輝いている。その姿は、リリーとはまた違う、静かな威厳を放っていた。
「リーフ、まだ寝ているのか?!」
「うっ……今度は、ローズか……」
リーフは、起き上がることさえ億劫そうに呟く。
「いい加減に起きなさい!アイリス様がお呼びよ!」
「アイリス様……?うわぁ、面倒くさいなぁ……」
リーフは、重い腰を上げ、ローズに促されるまま、外輪山にある騎士団の拠点へと向かうことになった。内輪山と外輪山の間に広がるカルデラ湖を、カヌーで渡っていく。リーフは、気だるげな体をカヌーに押し込み、仕方なく櫂を握った。しかし、漕ぎ進むにつれて、その目に映る景色が、徐々に彼女の心を捉え始める。
湖面はエメラルドグリーンに輝き、周囲を取り囲む緑豊かな山々を鏡のように映し出している。澄み切った水底には、色とりどりの魚たちが優雅に泳ぎ回っているのが見える。風が湖面を撫で、水面がきらきらと輝く。
「……きれい……」
リーフは、思わず呟いた。その声には、いつもの気だるさはなく、素直な感動が込められていた。
「そうでしょう?エルフの島は、本当に美しい島なのよ」
ローズは、優しい微笑みを浮かべて答えた。その言葉には、故郷への誇りと愛情が滲み出ている。
「……うん」
リーフは、小さく頷いた。心の奥底で、この美しい島を愛していることを、改めて感じていた。
騎士団の拠点に着くと、アイリスが厳しい表情でリーフを待っていた。プラチナブロンドの髪を後ろで一つに束ね、鍛え抜かれた体に銀色の鎧を纏った彼女は、凛とした威厳を放っていた。その鋭い眼光は、リーフの怠惰な心を射抜くようだ。
「リーフ、君の怠惰な生活態度は、もはや看過できないレベルに達している。このままでは、君の才能が無駄になってしまう」
「えぇ~、でも~、私は……」
「言い訳は聞かない!君にはこれから、騎士団の厳しい修行を受けてもらう!」
「えぇ~っ?!やだぁ~!」
リーフは、悲鳴に近い声を上げる。修行という言葉に、全身が拒否反応を示している。
「嫌だと言われても、そうはいかない!さあ、覚悟しなさい!」
アイリスは有無を言わさず、リーフを修行場へ連れて行こうとする。
「やだ!絶対に嫌だ!」
リーフは抵抗を試みるが、アイリスの力には敵わない。
(逃げるしかない……!)
リーフは、一瞬の隙を突き、騎士団の拠点から逃げ出した。そして、辿り着いたのは、島の外輪山にある桟橋。そこに停泊していたのは、月に一度、島と外界を結ぶ物々交換の品を運ぶ船だった。
「これだ!」
リーフは迷わず船に忍び込み、物陰に身を隠した。
(これで、島から脱出できる!)
リーフは、安堵のため息をついた。しかし、その時だった。
「リーフ、どこへ行くつもりだ?」
背後から、聞き覚えのある、しかし今は凍りつくほど冷たい声が聞こえた。振り返ると、そこに立っていたのは、師であるアイリスだった。
「あ、アイリス様……!」
リーフは、驚愕と恐怖で言葉を失う。逃げおおせたと思った矢先の出来事に、頭の中が真っ白になった。
「まさか、逃げるつもりだったのか?」
アイリスは、冷たい視線でリーフを見下ろす。その瞳には、失望の色が滲んでいるように見えた。
「そ、そんな……!」
リーフは、何か言い訳をしようとしたが、喉が詰まって言葉が出てこない。
「ふむ……そんなに外の世界が見たいのか?」
アイリスは、ほんの少しだけ表情を和らげた。その変化は、リーフにとって僅かな希望の光のように感じられた。
「……はい」
リーフは、蚊の鳴くような声で、小さく頷いた。
「ならば、私が連れて行ってやろう。外の世界で、みっちり鍛えて、その腐った根性を叩き直してやる!」
アイリスは、力強く宣言した。その言葉には、有無を言わせぬ強い意志が込められていた。
こうして、リーフは、予期せぬ形で、師と共に外の世界へと旅立つことになったのだった。果たして、彼女は外の世界でどのような経験をするのだろうか?そして、その怠惰な性格は、本当に変わるのだろうか?彼女の物語は、今、始まったばかりだ。
次の更新予定
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