第6話

「黒いな……」

 ボソリと呟く男に美風は大きく頷く。

「どうりで」

 男は鼻で笑うと右手を握ったり開いたりとする。

「お前は必要以上に驚かないんだな。俺が何であるか分かってるのか?」

 鏡越しで男が訊ねてくる。ゆったりと余裕のある声で。

 髪と目はすっかり漆黒に戻った。いや、男からすれば変化したが正解なのか。どちらにせよ、男が美しいことには変わりない。

「分かってる。アンタが人間じゃないってことは」

 美風が洗面所から慎重に出ると男もついてくる。緊張はあったが、直ぐには危害を加えてくるようではないと分かると、美風に少しの余裕が出来た。

 ローテーブルに美風がつくと、男は対面の位置に腰を下ろす。地べたに座るという習慣が男には無いのか、少し戸惑っているのが伝わる。

「しかも結構な上級悪魔だろ?」

 男は返事の代わりなのか口角を持ち上げた。

 美風にはただ亡霊などが見えるだけではなく、彼らの放つオーラのようなものが色で視認する事が出来る。

 一般的な幽霊と言われるモノは白色。悪霊になると青色。天使は黄色、妖怪は赤。悪魔は灰色といった風に。

 そしてこの目の前の男は、それらに属さない赤と黒が混ざったような毒々しい色を放っている。だから遠目でも男が人間ではないと分かったのだ。

 中級悪魔ともなると見た目が人間と同じな上、一般人にも見える。だからよく人に紛れ込んでいるが、美風の目には誤魔化せない。

「そうだ、何で急に言葉が分かるようになったんだ?」

「それは先程お前から生気と唾液を頂いたからだ」

「は!? え……だ、唾液」

 唾液を飲んだと言うのか。美風は信じられないと、思わず嫌悪を滲ませて男を睨んだ。

 男はその視線を受けて心底心外そうに、片眉を上げた。

「お前、キスの経験もないのか? それくらいで騒ぐなどどうかしている」

「キ、キス……の経験なんてないよ。しかも男って。悪いかよ」

 美風の顔が一気に熱くなる。何が楽しくて自身の経験不足を披露しなくてはならないのか。しかも悪魔なんかに。

「悪くはないな」

「ちょ、何だよ! こっち来るなよ」

 いつの間にか男は美風の隣へと移動していた。そして鼻先を美風の首筋へと持っていく。

 ぐいぐいと男を押しやるが岩のようにビクともしない。

「それにお前は不思議な匂いがする。人間であることは間違いないようだが」

「におぐなって。しかも生気まで勝手に取るなんて、オレを殺すつもり──」

 はたと空気が止まる。

 美風と男の視線が間近で絡む。探り合ってる状態の悪魔の前で、今は死につながるワードは厳禁なのに、余計な事を口走ってしまった。

 美風は汗が滲む両手を握りしめた。

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