第5話

『ナニモノカトキイテイル』

 男は不愉快だということを隠さず美風に迫る。美風は美風で男の言語を理解しようとしたが、自分には通じない言語であり焦るしかない。どこかロシア語のような響きに似ている。

「あー……えっと言葉が分からない」

 苦笑いを浮かべてお尻でじりじりと後退していく美風だが、男はその差を広げることはしない。美風の背中に冷たい汗が流れ落ちていく。

 言葉が通じないというのは何て不便なのか。しかも男がかなりイラついているのが分かる。説明の余地もなく殺されてしまうかもしれない。

──爺ちゃん、今まで育ててくれてホントありがとう。

「っ……!?」

 祖父への感謝は一瞬で吹き飛ばされる。あっと思った時には男の顔が至近距離にあり、唇には何か温かい物が触れていた。驚く美風を余所に、ぬるりとした物が我が物顔で咥内に侵入し、美風の舌を戯れのように絡めていく。

「んん……ん」

 キスをされているのだと理解した美風は、慌てて力一杯に男を押し返した。すると男はすんなりと唇を解放する。

 突然何をするのだと、怒りをぶつけようとした美風だったが、男を見て言葉を飲み込んでしまった。

「ふぅん、なるほどね……」

 男は一人納得したように呟く。日本語を突然話す男に驚くよりも、美風はその姿に驚いていた。

「か、髪が……目も……」

「なんだ?」

 美風の落ち着かない様子に、男は怪訝そうに眉根を寄せた。

「ア、アンタの髪と目、さっきまで黒かったのに、今は目が青い。髪も白っぽい……」

 先程までの漆黒が嘘のように、今や目は鮮やかなスカイブルーに。髪はほぼ白に近いが、シルバーを基調としたホワイトバレイヤージュ風になっていて、とても美しい色合いになっている。こんな姿が人の目に映れば、かなり目立って仕方がない。

「何を言ってる? 俺の目は元々青いし、髪色はシルバーだ」

 理解不能と言いたげに、男の口調にはやや呆れが混ざる。

「いや、でもさっきまで……ってあれ? 戻っていく」

 再び男の目と髪が暗く変わっていく。美風は男に知らせたい一心で立ち上がると、男の腕を掴んだ。

「何をする」

「いいからちょっと来て」

 驚く男を無視し、強く引っ張ると男は観念したように立ち上がる。その大きさに一瞬圧倒されるが、美風は男への恐怖も忘れ、洗面所へと引っ張って行った。

「鏡を見て……って、アンタ映るのかな」

 今更な疑問だったが、その心配はなかった。洗面台の鏡に視線を移すと、男の姿ははっきりと映っている。

 そして男自身も驚いているのか、暫く無言で鏡に映る自分と対面していた。

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