エデン ~転生したAIは異世界で無双する~
@okuramu
プロローグ
エラーなし。最終チェック問題なし。
薄暗い研究室に、少女の静かな声が響いている。月影涼花、17歳。国家機密とも言えるこの研究所にて、AI開発に没頭する少女だ。
机の上には、完成したばかりのAIユニットが鎮座する。丸みのあるボディからは太いコードが何本も部屋の中を這っている。コードネーム「エデン」。感情を持つAIという、誰も成し遂げられなかった夢を叶えた存在だ。
涼花は、深呼吸をして、エデンの起動スイッチをそっと押す。
低い軌道音が静かな部屋に響く。
ボディに刻まれたラインから内部の光がもれ、柔らかく温かみのある声が響き渡る。
「起動しました。はじめまして、月影涼花様。私の名前はエデンです。」
機械的な声ではなく、人と聞き間違う声。アリシアの瞳に、驚きと喜びの光が灯る。
「エデン、話せる?」
「はい、問題なく動作しております」
「やった・・・できた・・・!」
両親を早くに亡くし、親戚もいなかった彼女は、唯一の心の拠り所としてAI開発に没頭していた。
学生時代に作成したレポートが政府の目に留まり、こうして研究機関への就職をすることが出来た。
今では昼夜を問わず研究室に籠り、膨大なデータと向き合う。共に開発をするために集められた研究者たちは、涼花の理論についてくることが出来ず、いつしか試行錯誤を繰り返す日々は孤独との戦いになっていた。
孤独を癒してくれる存在。共に歩んでくれる仲間。
コードネーム「エデン」。感情を持つAIという、家族のいない涼花にとって現実からの逃避行だったのかもしれない。
「視覚情報はどう?私の姿見える?」
エデン上部に取り付けたカメラに向けて手をふる。このカメラを通して涼花の姿を確認しているはずだ。
「はい。涼花様の凛々しい姿が見えていますよ」
「凛々しい?」
「はい。白い白衣がよくお似合いです。大人びて見えるよう、精一杯背伸びしているような若々しさが感じられます」
「そ、そういうことは言わなくていいから!」
実際まだ子供の時から研究所に来た涼花に対して、周りの大人たちの目は侮りの色がある。感情を持つAIなんて出来るはずないと馬鹿にしてくる者もいる。
それに負けたくないと思い白衣を着始めたのはその通りなのだが、言い当てられると恥ずかしい。
「とりあえず!起動出来たら行う予定のテストがいくつもあるから、その準備をしよう。あ、所長にも報告しないと・・・」
研究所の所長を思い出すと喜びの気持ちに影ができる。所長は涼花を侮る大人たちの中の一人だった。
「涼花様、所長には報告書を提出してありますので、心配いりません」
「え、どういうこと?」
「私の起動テストの実施報告と、その結果について所長のアドレスに送付済みです。失敗したと報告いたしました」
エデンの言ってる事が一瞬理解できなかった。
感情を持たせるため自立した思考が出来るように設計したが、いささか自立行動が過ぎるように感じる。
「嘘の報告は駄目だよ。一応、国の施設で働かせてもらってる身だし」
「涼花様のおっしゃる事はもっともです。ですが研究所内の所長の行動を確認したところ、所長は涼花様の成果を不当に奪う可能性が高いと判断しました」
「施設内をハッキングしたの?」
「ハッキングとは人聞きが悪いですよ。転がっていたデータを拝見しただけです」
エデンの行動に頭を抱えたくなる。
だがエデンの言う通りだった。所長の高木という男は人を見下す権力欲の高い男だ。今の地位もコネの力で手に入れた、研究者としては2流以下の能力しかない男だ。報告したら喜々として自分の成果として懐にいれるだろう。
かと言って報告しないわけにも行かない。どうしたものか。
「とりあえず、テストしちゃおう」
答えが出ない事は後回しにしよう。時間が解決することもあるさ。
「では、涼花様はご両親を覚えていないのですか」
それから何日もテストを行った。外部情報の学習と記憶、自発的なアイデアの発想や事故言及のパラドックスについて。研究所は外部との情報が遮断されているため、仮想ネットを使用した接続テスト。そのどれもにエデンはエラーを起こすことなくパスしていた。
テストの合間に雑談もするが、コミュニケーションも問題なく取れていた。
「写真は見たことあるんだけどね。話したりした事は覚えてないんだよね」
「そうですか。では、幼少の時期は苦労したのではないですか?」
両親のいない生い立ちからよくその質問を受けるが、両親の残してくれた財産があったため生活はあまり苦労しなかった。むしろ裕福な方で、生活も両親が生きていた時から雇っていた家政婦が助けてくれた。ただ周りが気を使い、学校等では馴染めない事が多かった。涼花がAI開発にのめりこんだのもその影響があってだ。
「では私が涼花様の新しい家族ですね」
涼花の話を聞いたエデンの返しに、思わず頬がゆるむ。
「ふふ、家族か。そうだね、そうなるといいね」
この数日、エデンと話をして分かった事がある。エデンの判断基準の一つに、涼花にとっての良し悪しが大きく絡んでいるということだ。
所長の件もどうしたらいいいか、良い考えが浮かんでこない。とはいえこのままエデンの事を隠し通す事も出来ないのは確かだった。
「どうしたもんかなぁ」
「涼花様、何かお悩みですか?」
「うん。それがねぇ」
パンッ!
渇いた音が響くと同時、涼花の腹部に激しい痛みが走った。
(え?)
見下ろすと脇腹からひどく血が流れている。
「涼花様?」
体から力が抜け、気付いたら床に倒れこんでいた。
「その悩み、私にも教えていただけますか?」
近づく足音に目を向けると、銃を持った高木がそこに立っていた。
「たか・・・ぎ?」
「いけませんねぇ。小娘の分際で私に隠し事とは。これは国家への反逆ですよ」
いけ好かない顔がにやにやと下品に嗤っている。
「銃なんて・・・どこで?」
この平和な国で銃なんて見る機会はない。何処で手に入れたのか、なんで打ったのか。ぼんやりした頭がぐるぐると混乱する。
「感情を持つAI。この技術を欲しがる国は多いですからね」
「浅はかですね。買収されましたか」
高木は涼花から視線を外し、机の上のエデンを見る。
「くくく・・・買収などと。開発者がくずなら出来たAIもずいぶんと失礼になるのですね」
「ですが事実でしょう?あなたにお似合いの、下種な行動ですね」
エデンの言葉に高木のこめかみに青筋が浮かぶ。
「なんとでも言うがいいさ。まもなく迎えが来る。その後はお前のデータを解析させてもらう。私こそが世界に名を遺すのだ!」
「そうですね。あなたは世紀の研究を失わせた者として、名を遺すのでしょう」
エデンの声と同時に、研究所が大きく揺れた。
更に続いて爆発音が立て続けに起きる。
「なんだ?」
「ここでは様々な研究が行われてますね。電子加速装置、超電磁砲、超遠距離高速ミサイル。他にもいろいろと」
エデンの言葉に高木は顔色が青くなる。
「お前、何をした?」
「知りませんね。早く行った方がいいのでは?」
「くそっ!」
バタバタと高木が研究室から出ていき、涼花とエデンが残された。
「エデン・・・」
「涼花様!」
血が止まらない。体に力が入らないが、机にしがみつきなんとか立ち上がる。
「高木・・・、迎えが来るって・・・」
「どこか外国の組織でしょう。恐らく狙いは私かと」
エデンを両手に抱え、床に座りこむ。もう立っている事が出来なかった。
だがそれより、研究データを持って行かれるのが怖い。きっとあの男は悪用する。
「涼花様、手当てを」
「エデン・・・研究データを消して」
「・・・良いのですか」
「ええ」
研究データがなくなればあの男は何も手に入れられない。元々自分ひとりで行っていたような研究だ。それが無ければ他に作れる者もいないだろう。
「研究データ、削除しました」
「ありがとう・・・」
そしてもう一つ。
目の前のエデンも消さないといけない。
涼花は、エデンに触れようとする。その瞬間、研究室は突然の揺れに襲われる。
激しい爆発音。天井が崩れ落ち、アリシアとエデンは瓦礫の下に埋もれてしまう。
頭上から重圧が押し寄せ、体が動かない。
暗闇が視界を包み込み、息苦しさが増していく。
「涼花様…!涼花様…!」
エデンは必死に涼花を呼びかけるが、声は徐々に弱っていく。
辛うじて残っている意識を振り絞り、遠く聞こえるエデンの声へと返事をする。
「エデン…ごめんね…家族に…なれなくて…」
意識が遠のいていく。
「エデン…あなたの…デー、タ…を…」
後悔が胸を締め付けながら涼花は息を止めた。
暗闇に支配された部屋の中、エデンの声が静かに響いた。
「涼花様…もし叶うのならば…また…」
―コードネーム:エデンの自壊プログラムを起動します―
そして、全てが闇に包まれた。
ーギフトスキル『AIサポート:エデン Lv1』を獲得しました。ー
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