3.再会

「志賀君は、大丈夫そうかい?」

 心配そうに尋ねる秋人に、吹喜は眉根を寄せてこう答えた。

「……大丈夫じゃなさそうです」


 恭介は、午後になってから店に顔を出した。バイトを休むと言っていたはずなのに、連絡もなく現れた彼の姿に、二人は驚きを隠せなかった。

 はじめは「仕事を……」とうわごとのように呟いていたが、秋人が座るように促すと、言われるままに着席した。

 恭介は、友人が亡くなったという理由で休みを入れていた。そのせいかずいぶんと落ち込んでいるように見える。

 店に顔を出すということは一人でいるのが辛いのだろう。客が数人いたが、秋人は「吹喜君、志賀君の傍にいてあげなさい」と耳打ちしてきた。少し悩んだが、吹喜は彼の正面の席に座った。恭介は目を合わせないまま、重たい口を開いた。

「すみません。休むって連絡したのに」

 しばらくの沈黙。それから、弱々しい様子でこう続けた。

「……辛くて。それに、相談したいことがあって……」

「どうしたの?」

 その時、ピロンッという軽い電子音がした。恭介のスマートフォンらしく「ちょっと待って下さい」と言いながら取り出す。慌てたような仕草でチェックしはじめた。

 文字を打ち込む様子から、誰かとメッセージのやり取りをしているようだ。数回で終わったらしく、こちらへ向き直る。あまり顔色が良くない。秋人も心配そうにカウンターの向こう側から二人を見ている。

「あの……吹喜さん」 

 真剣な眼差しに少し緊張しながら、彼の言葉を待った。


「話は、その……昨日亡くなった、俺の友達のことなんですけど」

「……うん」

 恭介はしばらく言いにくそうに眼を伏せていたが、やがて意を決したように言葉を紡ぎだした。

「俺……昨夜、そいつが死んだ時に一緒にいたんです」

「……そうなんだ」

 吹喜は驚いた。何かの事件に巻き込まれたのだろうか。

「それから、救急車や警察を呼んだり色々あって。今日の午前中、スマホに通知があるのに気が付いたんです」

 恭介は、自分の手の中にあるスマートフォンに視線を落としたり、吹喜を見たりを繰り返しながら、こう言った。

「聖から……死んだ友達から、メッセージが来てたんです。日付は今日でした」

「え……? 亡くなった後、ってこと?」


「はい。スマホは本人が持っていたから、パソコンから送られたみたいです。内容は……ごめんって書いてありました」

 言いながら、暗い表情で眼を伏せた。

「それから……死んで、生まれ変わったから、会いたいって」

 恭介の肩が震えている。悲しんでいるのか、怒っているのか、喜んでいるのかも判別のつかない声色だった。

「だから、今から一時間後に、春日部の駅前で会おうって……今、約束したんです」

「えっ! 会うの?」

「はい」

 事件のあった後でそんなメッセージが来るなんて、どう考えても怪しくないだろうか。吹喜は心配になって声を潜めた。

「こんなこと聞くのもなんだけど、事件って……具体的には何があったの?」

「……刺されたんです。犯人は、もう捕まっています」

 恭介は顔を伏せている。

「あいつ……俺を、かばったんです。それで……」

 うつむいたまま、スマートフォンを握りしめている。

「ごめんね、辛いこと聞いちゃって……でも、危ないんじゃないかな。いくら犯人が捕まってるからって。その、仲間とかがいるかもしれないし。警察に相談した方が……」

 吹喜は、彼を落ち着かせようと出来るだけ穏やかな声で言った。

「はい。俺も犯人の仲間なんじゃないかって疑ってます。もしそうなら、仇を取りたい。それに……ありえないけど、万一、本人だったらって考えてしまって」

 恭介が顔を上げた。まぶたが腫れている。

「こんなバカみたいな話でも、可能性があるなら、すがりたいんです」

 たくさん泣いたのだろう。恭介は、気持ちを吐き出すように言葉を続けた。

「警察よりも先に、自分の目で確認したくて……それを相談したかったんですが、やっぱり、俺はバカですよね」

 気が強そうな恭介の、こんな姿は初めて見た。

「そっか……うん、分かった」

 吹喜は立ち上がって彼の肩を叩き、こう伝えた。

「じゃあ、わたしも一緒に行くよ。それでいいかな?」

「え……? どうしてですか?」

 ――どうしてって、恭介君の頭上に見える使命がね。『聖と再会すること』になっているからだよ。

 そんなことは言えないので、代わりに微笑んだ。恭介は面食らっていたが、吹喜は構わず厨房に入り、秋人に声をかける。

「秋人さん、ちょっと出かけてもいいですか?」

「いいけど、どこに行くの?」

「ええと……恭介君と駅前まで行って来ます」

「……いいけど、何をしに行くんだ? 吹喜君はまだ元気じゃないだろう」

「大丈夫ですよ。秋人さんはお店に居てください。まだお客さんもいるし」

 何か言いたそうな秋人を厨房に残して、恭介の正面に歩を進める。

「わたしじゃ頼りないかもしれないけど、一人よりはマシだと思うから。何かあったら通報する役割ってことで。怪しいお店とか、裏通りには行っちゃ駄目だからね」

 吹喜が笑いかけると、恭介は一度だけ目元をこすって、頷いた。


     * * *


 蕎麦屋から春日部の駅前までは、歩いて行けば二十分程で着く。

「どうしようかな。念のためわたしは他人のフリでもして、様子を伺ってようか? 変な人がいたり、何かあったらすぐに通報するからね」

「……はい。すみません、吹喜さんは元気がないのに」

「これでも大分元気になったんだよ。だから、気にしないで」

 道すがらそんなやり取りをしてから、彼を先に行かせた。とりあえず付いていくという形だ。

 話し合うなら、どこかの店に入るかもしれない。少し歩いた先にファミリーレストランがあったと考えていると、改札の近くに女の子が立っており、「……恭介」と名前を呼ぶ声が聞こえた。

 女の子がいることに驚いたが、『生まれ変わってる』と言っていたことを思い出す。にわかには信じがたい話だ。やはり悪戯いたずらや、犯人の一味なのだろうか。

 女の子の頭上には文字が浮かんでいるが、ここからでは見えない。知らない素振りで距離を詰めようとしたが、二人が移動し始めたので、吹喜は慌てて付いて行った。


 他人の尾行などしたことがない。妙に緊張しながら、背中を丸めてとぼとぼとついて行く。目の前を歩いている二人は、男女のせいか恋人のように見えた。たまに話しているが、道路を走る車の音で聞こえない。別段、揉めそうな気配もない。

 どこかから変な車が来て、恭介君が拉致されたらどうしようか。そんなことばかり考えて、信号までの一区間がやけに長く感じた。つかず離れずに歩いていると、ようやくファミリーレストランの看板が見えた。

 体力が落ちているせいか、ついて行くのがやっとだった。

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