沼津平成

第1話

 街は壊滅している。何もかもあいつ科学者のせいだ。

 今はもう止まっている換気扇の陰に隠れて、煙草を吸いながら、楠井慎吾くすいしんごはぼんやりとそう考えていた。

 科学者 吉田サミュエル氏は不老不死の薬を開発した。

 そして、慎吾もそれを飲んで——


 数日後、ナイフで腹を刺された。

 

 本来なら即死のはずだった。しかしここで薬の効き目が出た。

 そのせいで、悶えるような痛みが何日も続いた。


——もう人生なんかやめてしまいてぇよ。


 隣に少年がやってきた。やはり憂鬱なふうに俯いている。

 換気扇が稼働し始めた。家にうるさい奴がいる。

 慎吾は場所を移動した。少年もいそいそと場所を移動した。

 

 アパートの狭い部屋に当然風呂はない。

 駅の近くはスーパー銭湯の激戦区だ。

 男湯に入ると、湯気の空気に包まれる。

 水色の浴槽に、チャポンと音が響いた。

 慎吾はふと考えた。

 自分はこれから、数多くの未来を目にするだろう。しかし、それに危難も伴うだろう。一万も二万にもなる寿命の中で、どれだけの痛みを感じるだろう。自分は鋼のように固く全てにおいて壊れない。

 ただ、全生命体が古来から持っていた痛みは伴うらしい。


——あんな薬、何が良かったんだ。


 意識がフェードアウトして、慎吾は湯船の中に沈み始めた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

沼津平成 @Numadu-StickmanNovel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画