魔王を倒した勇者は新たな魔王となった

真島こうさく

序章 魔王の最期と新たな時代の幕開け

かつてこの大陸には、「魔王」と呼ばれる存在がいた。

 黒い鎧に身を包み、漆黒の角冠を戴き、闇を纏うその姿は、人々の心に根源的な恐怖を刻み込んでいた。十年、二十年、いや百年にも及ぶ支配の歴史。それは農村を焼き払い、商都を略奪し、王国の守護者たる騎士団を蹂躙し、さらには魔法使いの賢者達をも絶望に陥れた。

 何度となく勇者が立ち上がり、民は希望を託したが、魔王はいつでも笑い、いつでも勝利した。だが──あるとき、一人の若き勇者が現れ、その全てを覆した。

 その名はアルト・グランフォード。出自はさほど貴くはない。かつては無名の村の平凡な少年だった。しかし彼は努力を重ね、剣を握り、魔力を研ぎ澄まし、仲間たちと共に魔王城へと挑んだ。

 歴史的な激闘だったと言われる。光と闇が交錯し、血と汗が混じり合い、魂が剣戟と咆哮の中で擦り減る。ついにはアルトの剣が魔王の心臓を貫いた。その瞬間、闇が一瞬にして晴れ、新たな時代が芽吹くかのような清々しい風が吹いた。人々は歓喜し、王は涙を流して謝辞を贈り、仲間たちはアルトを称えた。


 ──「勇者、よくぞ魔王を討ち取った」

 誰もがそう言った。

 人々は期待した。その後には平和で静かな日々が訪れると。戦乱の記憶は徐々に遠ざかり、人々の顔には笑顔が戻り始める。商人たちは往来し、農夫は種を蒔き、子供たちは遊び、詩人は叙事詩を謳う。

 しかし、事態はそう甘くはなかった。

 魔王は確かに倒れた。だが、その死と同時に世界には奇妙なゆがみが生じ始めていた。魔王の闇は消え去ったはずなのに、不穏な魔物が辺境で増殖し、幻の黒い月が夜空に浮かぶ噂がちらほらと聞こえてくる。王都では得体の知れない暗殺事件が増え、精霊の森では木々の囁きが不吉さを増していた。

 人々はまだ気づいていなかった。

 ある者が魔王を討ち倒した時、その存在は世界から一つの「役割」を奪うことになる。それは「魔王」という名の、世界を律する一種の歯車。その歯車が失われたとき、世界は新たな歯車を求める──それが何であれ。

 そして、その歯車たるべき「次の魔王」──それは、かつて魔王を斃した青年、アルト・グランフォードその人であるとは、誰も想像していなかった。

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