NTR鬱ゲーの噛ませ犬に転生した俺、普通に生きてただけなのに、陽キャ・ツンデレ・ミステリアス・清楚系なヒロインたちから激重感情を向けられています

守次 奏

第1話 激憤のNTRゲー

『ごめん、京介きょうすけ。わたしもう、京介を男の子として見れないよ』

『そんな……小春こはる、俺との約束はどうなったっていうんだよ! なあ、千夏ちなつ秋穂あきほ真冬まふゆ!』

『……あんたが悪いんでしょ』

『申し訳ないが……ぼくたちはいつも君の都合に合わせて振る舞うロボットじゃあないんだ』

『……それに……ま、真冬たちに恋を教えてくれたのは……一季かずきくんですから……』


 ──だから、さようなら。二度とかかわらないでください。


 俺は激怒した。

 必ずこの邪智暴虐の十八禁ゲーを硫酸に浸してやらねばならぬと決意した。

 俺には政治やら経済やらなにやらがわからぬ。コンビニ飯を食べ、社畜として暮らしてきた哀れな生き物だ。


 それでもNTRゲーを純愛モノとして偽られることには、人一倍敏感だった。


 画面の向こうで俺の分身こと、この十八禁ゲームの主人公である𣜿葉ゆずりは京介きょうすけは、四人のメインヒロインたちからあまりにも散々な言葉を投げかけられている。

 だが、𣜿葉京介は、主人公とは名ばかりの踏み台だ。

 ヒロインをNTRされるためだけに生み出された、俺と同じく哀しき存在だった。


 それでも、始めたときから嫌な予感がしつつも、同僚から半ば押し付けられるような形で勧められたこの十八禁ゲーム、「君に咲く四季」が純愛ものであることに一縷の望みをかけて、俺はプレイしていたのだ。


 結果はご覧の有り様だがな!


「あの野郎、なにが純愛モノだよ! どこからどう見たってNTRモノじゃねえか!」


 画面の前で口角泡を飛ばしてブチ切れる。

 そして、飲まずにはいられないという自己嫌悪と怒りが混ざった衝動に任せ、ストロング系の酒とエナドリをミックスした液体を一息に飲み下す。

 ちくしょう、騙された。


 テキストを送るボタンを押せば押すほど、この主人公くんは可哀想な目に遭って、最終的にはモブという名の真の主人公──真中まなか一季かずきに四人のヒロインたち全員をNTRされ、惨めったらしく「俺のなにが悪かったんだ……」と独白することでトゥルーエンドだ。

 制作者の正気を疑うレベルで救いがねえ。

 各ヒロインの個別ルートも似たようなもので、最初は京介とヒロインがちょっといい雰囲気になるんだが、基本的にスチルの相手は徹底して一季という徹底ぶりだった。


「なにが純愛ゲーだよ! パッケージアートとそれっぽい一部のスチルを貼り付けてご丁寧に偽装しやがって! 『君に咲く四季』ってタイトルも悪意ありすぎだろ!」


 確かに京介の言動や行動は、主人公としてはぶっきらぼうかつ、思春期特有のカッコつけで想いが伝わりづらく鈍感で、ヒロインたちの想いを蔑ろにしているところがあるといえばある。


 その時点で、こいつは主人公などではなくNTRされるためだけに存在する踏み台だと理解していれば、多少はダメージも少なかったのだろう。


 だが、結構な時間プレイしてきて、それもご愛嬌とかシナリオライターの癖ってやつなのかな、とか思えてきたところでお出しされる一季の「おれなら君にこんな思いはさせないのに」ムーブから寝取られるヒロインたちという構図は、俺の脳を破壊するのには十分すぎた。


 これで喜んでた同僚はマゾなのか?

 いや、俺におすすめの純愛ゲーと騙って、ニチャァっとした笑顔で押し付けてきたんだから、単に被害者の会を増やしたいだけか。

 どっちにせよ、明日出社したらあいつの顔面にこのソフトを叩きつけてやらないと気が済まない。


「俺はな、ただ恋に悩む女の子が見たいのであって、バッドエンドやNTRが見たいわけじゃねえんだよ、ちくしょう!」


 盛大に吐き捨て、酒臭い溜息をつく。

 気がつけば、時計の針は深夜三時を回っていた。

 そろそろ寝ておかないと明日の仕事に支障が出る頃だろう。どうせ明日もいつも通り、朝の五時出社で帰りは二十三時だろうしな。


 このクソゲーのトゥルーエンドをクリアしたという嫌すぎるプラチナトロフィーがゲーム機に記録されてしまったことに落胆しつつ、電源を切ろうとした、そのときだった。


「がっ……!?」


 刺すような、だとか、ガンガンする、なんて表現が生ぬるく感じるほどの頭痛が、頭蓋骨の裏側をぶっ叩く。

 神経が焼き切れるように痛い。

 思わず倒れ込んで身悶えるが、偏頭痛が同時に何ヶ所も発生しているような痛みは消えてくれなかった。


 参ったな、いや、冗談抜きで。

 これはいよいよ死ぬんじゃないかと危惧して、必死にポケットを探ってスマホを探したのはいいものの、職場のロッカーに忘れてきたことを思い出す。

 なにやってるんだろうな、俺。


 こんな最期の最期まで間が悪いなんて。

 強烈な吐き気と眠気が同時に押し寄せてきて、体の芯は熱いのに脳内は凍えているような違和感と共に俺の体を蝕んでいく。

 ああ、これは死んだな。間違いない。


 嫌な確信だったが、生き物はどうやら自分の末期というものを理解するようにできているらしい。

 死期を悟った猫が飼い主の前から姿を消すように、あるいは、老衰した犬が最期に主人へ甘えるような声を出したりするように。

 そういう類の直感が、俺の死を、その運命を不動のものにしていた。


 大学サボって就活に出遅れて、入った会社はほとんど二十四時間労働のブラック企業。

 それでも日々、ゲームだけを楽しみに細々と生きてきた人生だった。

 まあ、ただでさえ少ない睡眠時間を削ってゲームに捧げていたんだから、こうなるのも当然の末路といえばその通りか。


 ゲームをやって死ねるんだから、ゲーマーとしては本懐だろう?

 そう、運命の女神様が天上で微笑んでいる気がした。

 ああ、確かにな。確かに過労死かもしれないが、ゲームをやれて死ねたんだからゲーマーとしちゃあ満足のいく最期かもしれないさ。


 ──だけどな。


「……さ、最期のゲームがNTRモノって……嫌すぎるだろ……はは……」


 人生の末期を飾るゲームが救いの欠片もないような、純愛ゲーを騙る邪悪なNTRゲーになってしまったことには、盛大に遺憾の意を唱えたい。

 天上でぐるぐるとワイングラスを回しているのであろう運命の女神様へと中指を立てながら、俺はとうとう感覚という感覚を失って、床に突っ伏した。

 ……来世というものがもしもあるのなら、せめて真っ当に生きよう。


 それが、最期に浮かんだ言葉だった。

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