ある日常における怠惰
原氷
第1話
何かしらの、感情がおりて、人は愛情なり憎悪なり、感じるのだ。武は批判的な精神を持っていた。それは確かに人を事実に貶め、認識させる。武はその力を持っていた。それは有り余る力であり、他者をねじ伏せる。それでいながら、武は空虚さを感じる。どうしようもない空虚さだ。それは失意である。
武は明らかに、愛する人との別れに、人生の残酷さを感じ取ったし、その人がまた息を吹き返すような想像に囚われた。彼が偏屈になったのは、その愛情を注いだ事実に、全てが破壊される失意であった。武はもはや何も信じられないし、もう何も愛さないと、決めていた。その決心が揺らぐことも多かった。確かに世界には、愛するべき価値があるもので溢れているし、武はそれを理解していた。だが、別れという苦渋は彼を奈落に貶める。そう、それは感覚的なものであり、武が最も恐れるのは感覚的なものである。
太陽がまぶしい。「水を持ってきてくれ」母に頼む。水が来る。
武は本を読みながら、こんな人生があったら、辛いだけで、とても生きられないものであろう、と本を読みながら思う。ライターで煙草に火をつける。それから、少しばかりの苦い味を嗜みながら、文通友人に手紙を書く。ヤニで指が黄ばむ。歯も黄ばみながら、晒している。武は、ただ、つまらなさを、拒絶する。
精神的な生活が許されるなら、武は、転倒しないように、ただこぎ続ける自転車のうえで、風を感じていたいのだ。そういった感性が、彼の内部に起こり、行動をたきつける。彼は確かに行動した。それによって、変貌を感じた。そうしながら、彼の精神は、病みたいなものを、むしゃむしゃと食べつくす。その病を食べる力は、彼にとって世界に内在する余力をもたらせる。
「文通という精神」武はそう口にしながら、水をすすり、煙草をくゆらせ、ひそひそと文章を書く。「武、ごはんができたよ」「うん、まって」
ある日常における怠惰 原氷 @ryouyin
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