第27話 さる貴族の誤算


 ある高貴な男は、隠密から届いた報告に眉を顰めていた。

「まさか“化物令嬢”の婿に立候補しそうな令息が現れるだなんて夢にも思わなんだ…」

「警告しますか?」

 隠密の言葉に男は独り言のように溢す。

「そうだな…楽器しか能のない女誑しだという話だ。手を怪我でもすれば…野心も萎むかもしれんのぉ」


 隠密は黙って頭を少し下げ、いつの間にかいなくなっていた。

 高貴な男の向かいの椅子に腰を下ろしていた少年が男に話しかけた。


「学院で婿が見つからなければ、シレンツィオ公爵も化物令嬢に跡を継がすのは諦めて…ユリウス殿下の第二妃に…という要請を飲むとお考えなのですか?」

「婿が見つからんよりは、王家と繋がりを持った方が体面もよかろう。殿下は嫌がるだろうが…」

「面食いですからね。……王妃ではなく第二妃という話だけでも不遜でしょうに、冷遇されると公爵に思わせてはそんな交渉上手くいきませんよ」

「素顔を人前に晒せぬほど醜い娘を貰ってやると、シレンツィオに恩を売れる良い機会なのだから殿下には我慢してもらうしかあるまい。4つの公爵家で、今殿下と歳が釣り合う娘はジュリエッタだけだ…全く、女にモテることばかり考えているのだから甲斐性を見せてもらいたいものよ」

「…身分が高かったばかりに、あの令嬢も気の毒なことです。野心しかない男爵家上がりと、王子に白い結婚を強いられるのと、どちらがマシなのでしょうね」

「顔を見れるだけ、前者の方が良かったろうな。その選択肢はなくなる予定だが…」


※※※



【SIDE:ユリウス】


 退屈な入学式。

 あの気に入らないアルフレド、そしてジュリエッタが入学してくると思うと何とも気が晴れない。


「ユリウス殿下にご挨拶申し上げます!」

「うむ、楽にせよ」


 式典が一通り終わると私に近付きたい新入生達が挨拶の列を作った。


 この令嬢はなかなか可愛い顔をしている。傍に置いてやっても良いな。

 この令嬢は微妙だ。地味だな。

 この令嬢は顔に黒子がある…よくそんな顔で私に目通りしようと思ったものだ。


 ―――少し遠くにアルフレドとジュリエッタが見えた。

 今学院にいる公爵家の子はあの二人だけだ。そしてアルフレドは腹が立つことに…私より外見が良い。そして初めて面会した時、アルフレドだけがジュリエッタと会話することが出来た。

 私はジュリエッタの容貌の恐ろしさに泣き叫び、小便を漏らして……ああ思い出してしまった…。


 ジュリエッタはのっぺりとした白い仮面をつけていたが、不吉な黒い髪で一目でわかる。

 ――――二人は連れ立って一緒に私に挨拶に来るつもりのようだ。


「ユリウス殿下にご挨拶申し上げます。タンタシオ公爵が一男、アルフレドがお目通り致します」

「うむ」

「ユリウス殿下にご挨拶申し上げます。シレンツィオ公爵が一女、ジュリエッタでございます」

「うむ…久しいなジュリエッタ」


 アルフレドの取り巻きの令息、ジュリエッタの取り巻きらしき令嬢達が次々挨拶してくる。

 赤髪の令息の名を聞いてふと、思い出した。

 宰相からジュリエッタを私の第二妃に考えているという不愉快な話をされたことを。財力のある公爵家の妃が欲しいという話は分かるが御免被る。醜過ぎるという点で王妃に、という話にはならなかったのは幸いだが。あんな顔の妃と好奇の目に晒されながら社交など出来るか。

 しかしジュリエッタは最近懇意になった令息がいると周りの令嬢経由で耳にした。なんでも、楽器が得意で筋金入りの女好き……

 確か…そう、スカルラットの。


「お主がジュリエッタと懇意にしているという令息か。アマデウス」

「え……あぁ、少々噂になってしまっていたようですね」

 特に思う所もないように笑って見せてくる。ふてぶてしい。割と美男子なのに何を血迷ってジュリエッタと。そこまでして地位が欲しいとは、私には理解出来んな。


「少し良いか、ジュリエッタ」

「……はい」



 二人で他の面々には話が聞こえない程度に離れた。

「何でございましょう、殿下」

「お主、私の第二妃にという話があることは公爵から聞いておるか?」

「え……?第二妃?」

 ジュリエッタは聞いていなかったようだ。まぁ、公爵の娘なのに王妃ではなく第二妃になんて話、まだ公爵も受け入れる気はあるまい。

「在学中にお主に婿が見つからなければの話だ。だが私は御免だ、お主もお飾りの妃になるなど受け入れがたいだろう。どうせ顔は見せていないんだろう、見せる前にさっさとあの赤髪を脅すなりなんなりして捕まえておけ。顔を永遠に見せなければあの男もお前を愛すこともあるかもしれんしな」


 そう言った後、ふとジュリエッタの空気が変わった気がした。


「お言葉ですが殿下、アマデウス様はわたくしの顔を既にご覧になりましたわ」

「……はぁ?何をしているのだ、それではもう望みはないではないか!そんな…それではやはり王家くらいしかお主の受け入れ先はないぞ、愚かなことを…」

「ユリウス殿下」


 今までベールを被った状態なら何度か話したことがある。ジュリエッタは大人しく無口な令嬢だ。しかし今のこの空気は何だ…? 私の知っているジュリエッタではない気がした。


「…アマデウス様に受け入れて頂けなかったとしても、わたくしが王家に嫁ぐことはございませんでしょう。ユリウス殿下を煩わせることはありません。修道院に入るでもして何とか回避致しますので、ご安心を」


 毅然とした声だった。

 何を言っても静かで面白みのない女だと思っていたが、もしや怒っているのか。


「…お主、少し変わったな」

「…そうですね。成長しましたので…… それでは、御前を失礼致します」



 礼をして去っていく。視線の先にはアルフレド達が待っていた。あの赤髪の令息はこちらを見ていたようで、ジュリエッタと目線が合っているように見える。

 ジュリエッタの顔を見たことがあったのか。それでも噂になったことを否定しないところ、本当に婿になる気があるということか………恐るべき野心家よ。


「ユリウス様、ジュリエッタ嬢とは何を…」

「ラングレー。ジュリエッタは私の第二妃になるくらいなら修道院に行くと宣ったぞ」

「っ?!なんですって…ど、どれだけ嫌われているんですか…あ~~~~、もう…」

「私のせいではない。公爵家の跡継ぎとして育てられている娘に第二妃という申し出が矜持を傷付けたのだろう、どうやら好意を寄せている令息もいるようだしな」

「いや、そこまで言わせたのはユリウス様の態度でしょう……」


 ラングレーは頭を抱えていたが、何をそんなに困ることがあるのか。

 ジュリエッタがあの赤髪の伯爵令息をちゃんと捕まえていればいいだけの話だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る