第6話 アリス、煽り耐性ゼロ
ヴァルトラウトの屋敷につくと、さっそく村人たちが現れた。
魔獣討伐をしてもらいたいとのことである。
「街道沿いに魔獣が出ることはなくなりましたが、やはり森にはまだ入れません。どうやら森には大型で力の強い魔獣が住んでいて、その魔獣が子供を産んでいるようなのです」
彼らの話を聞いて、ヴァルトラウトは「そうね」と頷いた。
「森に入れるようになれば開墾も進むでしょうし、質の良い木材を確保できれば商売もできるようになるものね……パルカール王国はまだ森の中に入れる状況ではなさそうだから、いい輸出品になるわ」
パルカール王国は辺境の整備に手こずっているようだ。きっと転生者がいないために聖なる泉や聖なる輝石の使い方を知らないのだろう。一方ヴァルトラウトの中の人は乙女ゲームの攻略者だから、どうすれば魔獣を避けられるのか熟知している。
「いいでしょう。すぐ準備して明日には出るわ」
そう宣言したヴァルトラウトに、村人たちは喜びの声を上げた。
そんな彼女たちの様子を見ていたセシルは、溜息をついた。
やはりヴァルトラウトは敵に回すべきではない。
ゲーム知識があるし、頭の回転も速そうだ。辺境の村人たちは彼女を慕っているし、王都の民衆も彼女の能力の高さに気づき始めている。
そうでなくても、セシルはこの地で一人だけこの世界をメタ的な目で俯瞰して見ていることに孤独を感じ始めていた。転生者は転生者同士で語り合いたいことがある。なんとか味方になってもらえないだろうか。
ヴァルトラウトがこちらを見た。正確には、ヴァルトラウトを眺めているだけの生徒会メンバーのほうを、である。
このままではセシルもその他メンバーになってしまう。二巻の登場人物紹介からイラストが消えていたら悲しすぎる。しかし目立ちたいかと言うとそれもそれで違うので、どうしたらいいのかわからない。
「わたくしが外に出ている間、あなたたちは屋敷の中で待っていてくださるかしら?」
ヴァルトラウトがにやりと笑う。
「中心市街地に観光に行っていてくださっても構わないわ。わたくしが作った街を見ていただけるのは嬉しいもの」
わたくしが作った街、かあ……。強すぎる。テンカウントを待つまでもない。
ここでヴァルトラウトに反発する者が出た。
「わたしも一緒に討伐に行くわ」
一歩前に足を進めたのはアリスである。
彼女はむっとした顔で手を挙げていた。
「というより、わたしが行くべきなのよね。わたしが聖女なんだもの。わたしが浄化魔法を使って一気に魔獣を消し去れば早いと思う」
珍しく責任感があることを言い出した、と言ってあげたいが、彼女が今そう言っているのはヴァルトラウトに煽られたからだろう。煽り耐性がないのだ。自分が役立たずであることを認めたくないだけだ。
原作どおりでいくと、魔法も武術も中途半端の彼女は、森の中で足手まといになる。ヴァルトラウトが助けてくれるので命の心配はないが、見ていたモブの村人に呆れられて評判が落ちる。
役立たず聖女――そう嘲笑われてショックを受けるアリスの挿絵のすごい表情を思い出す。
アリスの兄であるセシルからしたら、可愛い妹がああいう顔をさせられるのは耐えがたい。
「アリス」
セシルはアリスの腕をつかんだ。
「よそう。魔獣討伐は危険なことだよ。アリスはお言葉に甘えて屋敷で待っていよう」
アリスがセシルをにらんだ。いつもにこにこの愛想がいい顔を保っている彼女にしては珍しい表情だ。
「聖女が一般市民のために魔法を使うのは当然のことでしょ。危険だから屋敷の中で震えて待てっていうこと? 馬鹿にしないで」
「アリス」
エルンストが声を掛けてきた。彼は穏やかな優しい顔で苦笑していた。
「馬鹿にしているわけではないと思う。セシルは君のことが心配なだけだ。私もね。セシルと同意見というのは少し悔しいけれども、君には安全なところで守られていてほしい」
歯が浮くような台詞を続ける。
「本当は、君には真綿でくるまれて風雨に当たることも一切ないような人生を送ってほしいんだ。魔獣どころか、私以外の人間の目にも触れてほしくないくらいに、守られていてほしい」
一周回ってDVでは? と思ったけど記憶が戻る前のセシルも結構こういうことを言うキャラだった。微妙にキャラかぶりなのでそういう点でもセシルのリストラはむべなるかな。
アリスはあざとく頬を膨らませてみた。
「でもでもぉ、ヴァルトラウトばっかりに苦労させるわけにはいかないしぃ。わたしの聖女らしいところ、みんなに見せてあげたいなっ!」
するとローレンツが余計なことを言い出した。
「まあ、大丈夫でしょう。いざとなったら僕の魔法でアリスを守るから」
マテオも同じことを言い出した。
「俺も女一人守れない男だと思われるのは心外だな。それにこういうのは一人でも頭数を増やして一匹でも多くの魔獣を狩るのがいいと思う」
エルンストが微妙な表情をした。
セシルははらはらした。
頼む、エルンスト、なんかいい感じのことを言ってくれ。王子で主君のお前がなんか言ってくれればこの二人もちょっとは考え直すはずなんだ。
そんなセシルの祈りもむなしく、エルンストは「わかった」と頷いた。
「確かに、君の聖女としての力をみんなに見せるべき時が来ているのかもしれないな」
エルンストからしたらそうだよなあ、と思わなくもない。アリスがエルンストにべったりで聖女としての仕事を放棄しているせいで王太子の身分を剥奪されそうになっているわけだから、彼女が有能で国のリーダーの妻にふさわしい人間であることを示してくれれば空気感が変わるはず、と考えるのは道理だ。
でも、セシルはこの先の展開を知っているので、アリスを森に出すわけにはいかなかった。
森で恥をかかされる。
それに、たとえ命は無事であるとわかっていても、兄としては妹を一瞬たりとも危険な場所に置いておきたくない。
「いや、みんな、考え直してよ。アリスは普通の女の子なんだ。たまたま聖女としての力が発現しただけの、かよわい女の子なんだよ」
セシルは少し強い語調で言った。
「守るって簡単に言うけど、だったら最初から安全なところに避難させておくべきだ。ヴァルトラウトに任せよう」
「あら」
くすりと笑う女の声が聞こえてきた。
「つまり、セシルはわたくしのことは普通のかよわい女の子として数えてくださっていないのね」
振り返ると、ヴァルトラウトが小馬鹿にしたような目でセシルを眺めていた。
「まあ、いいわ。わたくしは、やる時はやる女なのよ」
彼女のその言葉を聞いて、アリスは火がついたらしい。
「わたしだってやる時はやる女よ!」
セシルは両手で自分の顔を覆った。
「お兄様、過保護すぎ! わたしだってできるの、邪魔しないで!」
ローレンツとマテオがセシルを「そうだそうだ」と嘲笑った。
「お前は使える魔法が雑魚だからアリスを守り切る自信がないんだろう」
「安心しろ、俺がお前のことも守ってやる。なんなら、お前こそ安全なところで待っていてくれてもいいんだぞ」
「うう……行くよ……僕も一緒に行く……」
実はこの時エルンストだけは何か言いたげな目でセシルを見つめていたが、その理由をセシルはまだ知らない。
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