悪役令嬢もののWeb発小説の世界に転生したら僕が聖女の兄で、悪役令嬢から王子を奪った妹がざまぁされそうになっていた
日崎アユム/丹羽夏子
第1章 いやいやほぼほぼ詰んでるじゃん!
第1話 前世の記憶を取り戻したけど、もう手遅れかも!?
「公爵令嬢ヴァルトラウトとの婚約を余の許可なしに破棄したエルンスト第一王子を、廃太子とする!」
我がオルファリア王国国王フレデリクが、窓ガラスが割れるのではないかと思うほどの大声で、そう、宣言した。
それを、謁見の間に呼び出された高等魔法学園の生徒会一同は、ひざまずき、頭を下げた状態で聞いていた。
言い終わったと同時に、全員が弾かれたように一斉に顔を上げる。
セシルも、血の気が引く思いでフレデリクの顔を見た。
フレデリクは、玉座から立ち上がり、こめかみに血管を浮かせて、今にも
高等魔法学園のキャンパスは王城の敷地内にある。生徒会のメンバーは午前中の授業の途中で早退させられ、そのまま城内の謁見の間に連れてこられていた。したがって全員学園の制服姿だ。とはいえ、この学園は王立の学校であるので、制服は礼服の代替になる。一流のデザイナーが用意した男女共用のジャケットには錦糸が用いられていて、王国じゅうの人間のあこがれだった。
「制服を脱げ、エルンスト」
王立の学校ということは、学校の最高責任者も王である。
王に王立高等魔法学園の制服を脱げと言われるということは、退学を意味している。そして、国内の貴族の子弟との交流の場を奪われる――つまり、貴族社会からの追放と同義だった。
学園の生徒たちの真ん中にひざまずいていた青年が、立ち上がる。
月の光のような銀の髪に、王と同じサファイアのような青い瞳の青年だった。端正な甘い顔立ちは、かつてはオルファリアじゅうの乙女の心をわしづかみにして離さないと言われていた。すらりと高い背、長い脚と腕も彼のスタイルの良さの証であった。
けれど、今となってはもはや、誰も彼を顧みない。
オルファリア王国の凋落した第一王子、フレデリクの長男のエルンストである。
彼は非常に落ち着き払った声で言った。
「かしこましました」
よく通る声も、かつての理知的だった頃の彼のものとなんら変わらないもののはずなのに、彼はもう、セシルのよく知る彼ではなかった。
「それでも、私はヴァルトラウトとは結婚しません。婚約破棄を撤回しません。そして」
すぐそばにいた少女の手を取り、立ち上がらせる。
桜色の髪の少女だった。まっすぐの髪は背中を覆うほどあるがつやつやのさらさらで触り心地が良いことをセシルは知っている。潤んだ大きな瞳は髪より少し濃い桃色だ。白い肌は滑らかで、華奢な体格をしている。セシルは彼女を世界で一番可愛い女の子だと思っていた。
「彼女、アリスと結婚します」
少女、アリスの頬が、ぽっと赤らんだ。
「結婚か王位かと言われたら、私は愛のある結婚を選びます。ヴァルトラウトとの愛のない結婚などまっぴらごめんだ。私はアリスとの真実の愛のために生きる!」
その宣言を聞いた時、セシルは、この台詞をどこかで見聞きしたおぼえがあることに気づいた。
自分は確かに、今ここでこういう展開になることを知っていた。
どこで知ったのだろう。
でも、この先の展開も、自分は知っている。
「お待ちください!」
女の声が、雷撃のように、広間に響いた。
その、声が。
セシルの脳内に眠る記憶を。
こじ開けた。
「あ……」
思い出した。
この展開を、自分は、前世で目にしている。
頭の中に前世の記憶が雪崩れ込む。
幼い頃の優しい両親の記憶、ようやく生まれてきてくれた可愛い妹、学校ではそこそこ優秀な成績を治めていたが大学受験に失敗したこと、そして――あることがきっかけで、世を儚んで歩道橋から落ち、交通量の多い国道で何台もの車にはねられて自死したことも。
全部、全部、思い出した。
自分は転生者だ。
振り返る。
そこに立っていたのは、豪奢な金の髪の女だった。吊り目がちだが大きな目には髪より少し濃い琥珀に似た金の瞳が埋まっており、唇は真っ赤で蠱惑的だが今は唇の端を下げている。白い肌はきめ細やかで、陶器のようだった。高い鼻筋、すっとした輪郭、何もかも美しい。
カバーイラストのとおりだ。
セシルは、前世で、彼女がヒロインの小説を読んでいた。
最悪だ。
小説のタイトルは、『悪役令嬢は華麗なる復讐者にして世界を統べる女王』。
ヒロインの悪役令嬢の名はヴァルトラウト。
この物語では、乙女ゲームの世界でメインヒロインである聖女アリスに婚約者の王子エルンストを奪われた悪役令嬢ヴァルトラウトが、一度破滅する。しかし、その才覚を発揮して追放された先で仲間を増やし、能力を認められて王都に帰還して学園に復帰、アリスとエルンストをざまぁして追放する側に回る展開がある。
ということは、このままでいくとエルンストは本当に廃太子されて王都を追放され、アリスとともに辺境へ行って共依存による孤独感と貧困にあえいでみじめな暮らしをし、ヴァルトラウトに許しを乞う展開になる。ヴァルトラウトはそれを冷たく一蹴し、悪役らしく高らかに笑って物語は幕を閉じる。
ヴァルトラウトの思い切りの良さに読者は熱狂、苛烈なざまぁにすっきり、という流れが好評で書籍化された、Web発小説だ。
これは、まずい。
セシルは攻略対象の一人であり、アリスを愛している男のうちの一人、という設定だ。
もちろん、愛するアリスをかばったことがきっかけで、ヴァルトラウトに恥をかかされ、学園を辞めていくキャラである。
このままだと、自分も破滅する。
けれどどうしようもない。なにせセシルはここまでアリスの魅了魔法にさんざん翻弄されてヴァルトラウトに暴言を吐いてきたのだ。その過去を改めることはできない。
いや、本当にできないのか?
このままでは、破滅してしまうのに?
自分一人が破滅するだけならまだいい。
アリスを、破滅させたくない。
なぜなら、アリスはセシルの妹だからだ。
正確には、義理の妹だ。聖女として目覚めたアリスをセシルの両親である伯爵が引き取って養女としたために兄妹となったので、血のつながりはない。だからこそ、セシルはこの妹に執着し、恋心を抱き、ヤンデレ兄として振る舞うわけである。
いや、アリスは可愛いけど、ヤンデレはちょっと……。
前世では本物の血がつながった妹がいたセシルは、この設定にドン引きしていたのであった。
妹萌えは、ない。妹小説は生理的に無理だ。姉小説ならまだわかるが……。どうして世の女性はイケメンで自分だけに優しい兄に溺愛されることを求めるのだろう……。
前世のセシルはともかく、今世のセシルは緑の髪に赤い瞳で影のある美少年なので、いったいどうしたものか。わりと人気キャラだったらしいが、負けヒロインならぬ負けヒーローでありいわゆる当て馬である。
「なんだね、ヴァルトラウト」
現実に意識を戻す。
フレデリクが玉座に腰をおろして、肘掛けに肘をつきながら、ヴァルトラウトを見た。
ヴァルトラウトはフレデリクの弟、つまりオルファリア王子と、隣国パルカール王国から嫁いできた王女の娘である。フレデリクからしたら姪であり、エルンストからしたら従妹である。血統書付きの令嬢だが、つい最近までその地位を剥奪されていた。
しかし辺境でパルカール王子――こいつも従兄だが――を救ったことにより絶えていた両国の国交が復活、王都に帰ってきたのである。
そんな優秀な姪のことを、フレデリクは気に掛けていた。今も目つきが優しい。
「廃太子こそ簡単にするべきことではありません。諸外国にはエルンスト王子を王太子として紹介してきたはずです。そうして築き上げてきた人脈を一瞬で台無しにするのはどうかと存じます」
「だがこやつはそなたに恥をかかせ苦労を強いたのだぞ、ヴァルトラウト。それに余にはもう一人息子がいる。第二王子を立太子すればよいではないか」
「エルンスト王子にチャンスを」
ヴァルトラウトの金の瞳が輝く。
「聖女アリスも聖女ですから、本来王子と結婚することは悪いことではありません。むしろ、聖女が一般人と結婚することのほうが問題かと。したがって、もう少し様子を見て差し上げたらいかがですか」
「ふむ……」
王が自分のひげを撫でる。
「一番の被害者であるそなたがそう言うのならば、もう少し様子を見よう」
原作を読んでいるセシルは、知っていた。
「三ヵ月後、パルカール王子を我がオルファリアに招いて舞踏会を開くことになっている。それまでにエルンストがアリスを社交界にふさわしい淑女にすることができていたら、二人の結婚を認めようではないか」
この三ヵ月で二人は徹底的に地位を失い、パルカール王子に断罪されて、追放が本決まりになるのだ。
ヴァルトラウトの顔を見た。
彼女は、本物の悪役の顔で、笑っていた。
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