第4章 城
第十一話 築城
―下赤坂城の築城―
―楠木正成が、下赤坂の荒地に足を踏み入れたのは、初秋の風が山々を吹き抜ける頃だった。
周囲を取り囲む木々のざわめきと、遠くから聞こえる小川のせせらぎが、この静かな地に不穏な空気を運んでいた。
居宅から少し離れた下赤坂城があるべき場所は、今はただの荒地で草木が生い茂っているだけだった。
しかし、この荒地こそが、正成にとって幕府への抵抗の要となる場所だった。
「ここに城を築く」
正成は冷静にそう言い放ち、荒れた土地を見渡した。
部下たちはその命令を受け、すぐに動き出した。
幕府軍の進撃は時間の問題であった。
敵軍が押し寄せてくる前に城を完成させなければならない。
だが、正成はその表情一つ崩さず、確固たる自信を持っていた。
「時間は限られている。だが、我らには知恵がある」
正成は、集まった部下たちに向けて語りかけた。
彼らは疲れ切った表情をしていたが、正成の言葉に耳を傾け、再び活力を取り戻すかのように頷いた。
彼らは全員楠木家に忠誠を誓った兵士であり、正成の指揮下で何度も幕府軍と戦いを繰り広げてきた。
それでも、この戦いが彼らにとって決定的なものになることは、誰の目にも明らかだった。
「まず、周囲を逆茂木で囲む。その後城壁を築く。幕府軍が迫ってくるまでにできる限りの防御柵を整える。ここでの時間は貴重だ。一刻も無駄にしてはならない」
正成の計画は、決して複雑なものではなかった。
だが、それは緻密で実行可能なものであり、彼がこれまで培ってきた戦術の全てが反映されていた。
家臣たちは、即座に動き始めた。材木が運び込まれ、斧の音が響き渡る。
土を掘り起こし、城壁となる部分に土塁が積み上げられた。
急ごしらえの城とはいえ、その堅牢さには正成の知略が詰まっていた。
下赤坂の地は、地形的に防御に適している場所だった。
南北を山に囲まれ、東には川が流れている。
敵が容易に近づける場所ではなく、天然の要塞とも言える地形だった。
しかし、正成はそれに頼ることなく、さらに防御を強化しようとしていた。
幕府軍がどれだけの兵を動員しようとも、この城を簡単には落とせないようにするためだ。
するとそこに、弟の正季が姿をあらわした。
「兄上、城の進捗はいかがか」
「順調だ。だが、まだ完全ではない。敵がいつ攻めてくるか分からぬ。今はただ準備を進めるのみだ」
正成は短く答えると、再び遠くを見据えた。
彼の心の中には、焦りや恐怖はなかった。
ただ、己の信念と使命感が強く根付いていた。
後醍醐天皇のため、そして、この地に生きる民のために、自らが果たすべき責務を全うするという強い決意が、彼を支えていた。
日が沈み、辺りが闇に包まれると、城づくりの作業も一時的に中断された。
兵たちは焚火を囲み、疲れを癒すために僅かな休息を取っていた。
だが、その場にも緊張感が漂っていた。皆が感じていたのは、戦いが避けられないという事実だった。
「幕府は必ず攻めてくる。しかも、大軍を率いてだ」
正成は、火の光に照らされた自らの手元を見つめながら呟いた。
彼は、幕府軍がどのような手を打ってくるのかを冷静に分析していた。
相手は、経験豊富な武将たちが指揮を執り、数万の兵を動員するであろう。
それに対して自分たちの兵力はわずか、正面からの戦いでは到底勝ち目はない。
「だが、正面からの戦いだけが戦術ではない」
正成は、そう自らに言い聞かせた。
彼は決して戦闘力だけに頼る武将ではなかった。
むしろ、彼の真骨頂は知略にあった。
これまでも、少数精鋭でありながら、大軍を打ち破ってきた。
その知恵と工夫が、今回の戦いでも勝敗を左右することになるだろう。
その夜、正成は眠ることなく、城の全体を見回りながら考え続けた。
敵が攻めてきたとき、どのように防ぐべきか。
どのタイミングで反撃を開始するべきか。
そして、城がもし落ちた場合の撤退計画までも頭の中で練り上げていた。
彼の目には、常に冷静な光が宿っていた。
「この城を必ず我らの誇りにする」
正成はそう呟くと、夜空を見上げた。
月が雲間から顔を覗かせ、その光が城の周囲を薄暗く照らしていた。
彼にとって、この下赤坂城は単なる防御拠点ではなく未来を賭けた象徴である。
もしこの城が守り切れるならば、後醍醐天皇の復権は現実のものとなり、民たちにも希望が戻るだろう。
翌朝、薄明かりが山々を染める頃、兵たちは再び城の建設に取り掛かった。
作業はますます加速し、城壁も次第にその形を整えていった。
正成は、その進捗を逐一確認しながら、防御を強化するための指示を与えていた。
「弓兵を城壁の上に配置せよ。敵が城壁に接近すれば、すぐに応戦できるようにしろ。敵が簡単に近づけぬように」
正成の指示は具体的かつ的確であり、部下たちはその命令に従って迅速に動いた。
彼の頭の中には、城を守るための全ての準備が整えられていた。
そしてついに、下赤坂城が完成した。
堅牢な城壁が、下赤坂城を周囲を完全に取り囲み、そして周囲には設置された罠の数々。
正成は、家臣たちの働きに満足していたが、まだ安心はしていなかった。
敵がいつ攻めてくるか分からない状況で、準備を怠らないことが勝利の鍵だった。
その日、正成は城の最上部に立ち、遠くを見渡した。
幕府軍の影はまだ見えない。
だが、それがただの静けさではなく、嵐の前の静けさであることは明白だった。
彼の心は冷静であり、同時に激しく燃えていた。
この下赤坂城が、彼と後醍醐天皇、そして民たちの未来を賭けた場所となる。
正成は、固く握りしめた拳を緩め、剣を手に取った。
戦いの幕は、いよいよ上がろうとしていた。
その時、家臣から知らせが来た。
「護良親王と従者が、笠置山を脱出し、つい今しがた下赤坂城に到着されたようですが、いかがたいしましょうか」
「よし、それでは、私がお出迎えする」と正成は、家臣に伝えたかと思うと、すぐに城の門にむかった。
正成は、丁重に護良親王を出迎えた。
正成と笠置山以来の再会を果たすと、護良親王は、語った。
「正成公、残念ながら鎌倉幕府の力は、まだまだ健在です。笠置山は、間もなく幕府の手に墜ちる。挽回に向けて力をお貸しください」
護良親王は、悔しさをにじませながら語った。
「よくぞご無事で。この下赤坂城は、鉄壁の守りです。必ずや後醍醐天皇を救出し、天皇復権を成し遂げます。どうぞご安心を」
護良親王は、正成の言葉に若干の安堵を覚えた様子であった。
――大塔宮護良親王……彼は、後醍醐天皇の第三皇子として誕生した。幼少期から、その聡明さは群を抜いており、周囲が一を教えれば十を理解するほどの天賦の才を持っていた。わずか20歳にして比叡山延暦寺天台座主という高位に就任するまでになった。彼は、天台座主の地位にありながらも武芸の鍛錬にも励み、弓術や剣術においては免許皆伝の腕前。やがて護良親王は、鎌倉幕府に対抗する後醍醐天皇の討幕運動において、重要な役割を果たしていく――
―城壁の防御戦術―
――下赤坂城が完成してから数日が経った頃、緊張感をはらむ影が潜んでいた。
鎌倉幕府の偵察兵たちだ。
薄暗い森の中、幕府の偵察兵の一人が木々の間から城を見据え小声でつぶやいた。
「堅牢だな……。城壁が城全体を取り囲み、どこにも隙がない」
隣にいたもう一人の偵察兵が顔をしかめた。
「山の斜面を登り、あの壁を乗り越えるしかないが、そこには弓兵が陣取っている。攻撃する我々にとっては悪条件だ」
一陣の風が草木を揺らし、彼らは身をかがめた。
次の瞬間、偵察兵たちはひそやかに森の奥へと消えた。
その後、偵察兵たちは幕府軍の本陣に戻り総大将・金沢(北条)貞冬に報告を行っていた。
「城壁は山の斜面沿いに築かれ、完全に守られています。弓兵が上から睨んでおり、進軍はかなりの困難と思われます」
貞冬はその言葉を聞き終えると、冷笑を浮かべた。
「おもしろい。それでこそ攻略のし甲斐がある。楠木正成、その知略の全て篤と拝見させていただこうか」
彼の言葉に周囲の将兵たちは不安と興奮を混ぜた視線を交わした。
ついに幕府軍が姿を現した。幕府軍の大軍勢が山を越えて現れた。
その数は、まさに圧倒的だった。
山道を埋め尽くす旗と武者たちの列が、蛇のようにうねりながら進む。
鎧の光が朝日を反射し、彼らの掛け声が山々に響き渡った。
下赤坂城の兵たちは、その光景に思わず息を飲んだ。
城壁の上に立つ弓兵たちの手が震える。誰もがその大軍を前に、心中で不安を隠しきれなかった。
しかし、その中でただ一人、冷静な目を保つ者がいた。
楠木正成である。
彼は城の最上部に立ち、悠然と幕府軍を見下ろしていた。
髪が風に靡き、顔に陰影を作るが、その目には静かな決意が光っている。
「ついに来たな」
短くそう言い放つと、彼は後ろに控える部下に命じた。
「全員、持ち場を守れ。軽々しく手を出すな。敵がこちらに近づくまで耐えるのだ」
幕府軍の先鋒が城のふもとに迫ると、正成の指示通り、城の兵士たちは準備を整えつつも沈黙を守った。
弓兵たちは城壁の上で矢を引き絞り、槍兵たちは門を背にして一斉に構えを取る。
その静けさは、嵐の前の不気味さそのものだった。
幕府軍の兵士たちは、足元の草や土を踏みしめながら徐々に距離を詰めてきた。
前線の将が声を張り上げる。
「楠木正成! これ以上の反逆を許さん!」
その瞬間、城内の鼓動がひとつに収束したかのようだった。
楠木正成は微動だにせず、ただ一言呟いた。
「我らの策、見せてやろう」
山裾に広がる幕府軍の陣営は、整然とした武者たちの動きと焚き火の煙が入り混じり、戦場特有の騒がしさを醸し出していた。
金沢貞冬の本陣では、将たちに次々に進撃計画が伝えられていく。
陣中央の幕が風に揺れる中、総大将の金沢貞冬が鋭い声を響かせた。
「敵はわずか数百、急ごしらえの城だ。こちらは一万の兵を擁する。この戦い半日で終わらせよ」
その豪語に応えるように、将兵たちは意気揚々と歓声を上げた。
―幕府有力御家人の新田義貞―
――そこから少し離れた場所。その様子を見つめる一人の武将がいた。
幕府の有力御家人の新田義貞である。
彼は、控えめな微笑みを浮かべながら、隣に立つ側近の堀口貞満に一言呟いた。
「金沢殿の意気は天を衝くようだな」
堀口貞満が笑みを返し、答えた。
「少々早計かと存じますが、殿が手を貸す必要もなさそうです」
義貞はその言葉に頷くと金沢の豪言に従い戦場から少し離れた高台へと向かった。
高台に到着した義貞は、戦場全体を見渡せる場所に馬を止め、戦場を見下ろした。眼下に広がる幕府軍の陣形は、まるで黒い波が押し寄せるように壮観だった。
「楠木正成という男、どれほどの腕か興味がある」
新田義貞がぽつりとつぶやくと、堀口が答えた。
「噂では忍の術を操り、兵法にも長けていると聞きますが、たかが数百の兵で何ができましょう」
義貞は視線を城に移した。
「見ものだ。金沢殿の計略が甘いものでないことを祈るところだが……」
一方、陣頭に立つ金沢貞冬は、自身の作戦が完璧であると確信していた。
楠木正成の兵力はわずか数百、下赤坂城は木材を組んだ急造の城に過ぎない。
その壁を幕府軍の一万が押し寄せれば、どんな策も通用しない。
彼は部下たちに声を張り上げた。
「半日で決着をつけよ」
金沢貞冬は、陣頭に立って部下たちに命じた。彼の計画は単純明快だった。
大軍の力をもって正面から城を攻め落とし、その後、楠木正成を捕らえれば、反乱軍は総崩れとなるに違いない。
城は小さく、兵力も限られている。彼にとって、この戦いは単なる形式的な勝利の一つに過ぎないはずだった。
山間に響き渡る甲高い掛け声が、戦場の空気を震わせていた。
幕府軍の先陣が、城壁目指して突進する。
彼らは盾を構え、重装甲の甲冑に身を包みながら山の急斜面を果敢に登っていく。
その動きはまさに一糸乱れぬもので背後に続く兵士たちがその勢いを支えていた。
「突撃せよ! 城壁を越え、楠木正成を引きずり出せ!」
指揮官の声が谷間に響き、士気をさらに高めた。
兵たちは槍を振りかざし、城門を睨みながら駆け上がる。
戦場は叫び声と甲冑のぶつかり合う音に満ちあたりの鳥たちが驚いて飛び去った。
その様子を、楠木正成は冷静に見下ろしていた。
風が城壁の上を吹き抜ける中、彼の目には一切の動揺がない。
手元には周到に練られた計略の全貌を記した地図が広げられている。
彼はそれに視線を落とし、状況を見極めると短く指示を出した。
「放て!」
その一声で、城壁の上に並んだ弓兵たちが一斉に矢を放った。
無数の矢が空を切り裂き、幕府軍の先陣を襲う。
だが、彼らは事前にその攻撃を予測していた。
盾を掲げて身を守り、降り注ぐ矢をものともせず進み続ける。
金沢貞冬は、偵察兵の報告をもとに準備を整え、この瞬間を待っていた。
「計算通りだ。弓兵を黙らせ、突撃を加速させよ!」
幕府の指揮官が命じると一斉に、下赤坂城の弓兵に向けて矢が放たれた。
「よし、弓兵がいなくなったぞ。城壁を乗り越え、城を攻め落とせ」
幕府の数千の兵が一斉に、城壁をよじ登り城に迫ってきた。
正成は冷静に兵士たちに呼びかけた。彼の計画はまだ序の口だった。
「焦るな。じっくり待て。敵が城に接近してきた時こそ、本当の戦いだ」
幕府軍の兵士たちは、重い盾を前に掲げながら城の隙間を探り攻撃を仕掛けようとした。
だが、その瞬間、正成の隠された策略が動き出した。
「よし今だ」
正成の合図で、城壁に吊るされていた偽の城壁が一斉に切り落とされた。
多くの兵士が、この予期せぬ罠に驚き、足をすくわれた。
城壁とともに幕府の兵が、次々と谷底へ落ちていく。
「何だ」
金沢貞冬は、思わぬ抵抗に目を見張った。
急ごしらえの城であれば、簡単に攻略できると高をくくっていた彼にとって、この楠木正成の戦術は完全に計算外だった。
しかも、それはまだ序章に過ぎなかった。
偽の城壁が切り落とされ、幕府軍が混乱に陥っている間に、次の攻撃が始まった。
城の上から次々と大木や大石が次々に投げ落とされ、敵兵に襲いかかった。
重い木材が兵士たちに降り注いだ。
大石は転がりながら、盾を構えた兵士たちに向かって転がる。
「退け……。 退けえ……」
兵士たちは突然の罠に混乱し次々に足を取られた。
丸太が転がり大石が容赦なく彼らに向かっていく。
盾を構えていたはずの防御が、一瞬で瓦解した。
金沢貞冬は、想定外の事態に目を見張り、声を張り上げた。
「冷静を保て! 前進を続けよ!」
だがその命令は次々に倒れていく兵士たちの悲鳴にかき消され、伝わらなかった。
混乱の中、楠木正成はさらに追撃の指示を出した。
「矢を放て!」
城壁の上から、幕府軍に矢が放たれた。
「耐えろ! 下がるな!」
金沢の叫びもむなしく、前列の兵士たちは耐えきれず後列の兵士たちと衝突した。
その混乱はやがて全軍に波及し、士気は見る見る崩れていった。
金沢貞冬は、全軍の動揺を目の当たりにし、楠木正成の戦術の恐ろしさを知った。
「まさか、これほどとは……!」
彼が高をくくっていた「急ごしらえの城」は、実は巧妙な罠の宝庫だった。
楠木正成の兵法と忍術は、単なる防御戦を超えて、敵を心理的にも物理的にも圧倒するものであった。
正成はその様子を見て、静かに部下に告げた。
「これが兵法の神髄だ。敵を打ち負かすのに数は必要ない」
彼の冷徹な計略が、再び幕府軍を圧倒しつつあった。
―新田義貞、東国への帰還―
眼下に広がる戦いを眺めていた新田義貞の側近、堀口貞満が呟いた。
「恐るべし楠木正成。この戦いぶり、常軌を逸している」
堀口貞満の声には驚きと畏敬が入り混じっていた。
城壁の上からの矢、罠、すべてが計算し尽くされた正成の策略。
幕府軍の巨大な兵力が、一人の知略によって翻弄されている様子がまざまざと目に映る。
新田義貞はその言葉を受けても感情を表に出すことなく、ただじっと戦況を見つめ続けた。
だがその静かな瞳には、幕府軍の無策さへの失望が浮かんでいるように見えた。
「その通りだ」
義貞は短く答え、扇を閉じると目を細めた。
「この戦、幕府軍は楠木正成には勝てない。兵の多寡で勝敗が決まるならば、すでに城は陥落している。だがこの有様だ」
堀口が言葉を選ぶように尋ねた。
「義貞様、今後の戦いに関わるおつもりは」
義貞は冷静な表情を保ちながら、少しだけ苦笑を浮かべた。
「参戦は見送りだ。幕府は楠木正成には勝てない。ここで命を懸ける理由などない」
「すぐに東国に戻る支度をせよ」
その言葉に堀口は驚きの色を隠せなかった。
「では、金沢殿には」
「何か適当な理由をつけて伝えればいい」
義貞の声は冷徹だったが、その中に、幕府に対する深い不満が滲んでいた。
彼にとって、この戦いは愚かな消耗戦であり、幕府軍の驕りと無計画さを象徴するものだった。
義貞は馬を呼び寄せると、鎧の肩紐を締め直しながら最後に一言だけつぶやいた。
「楠木正成という男。いずれまた相まみえることもあるだろう」
堀口はその言葉を深く胸に刻むと、義貞に従い準備を進めた。
新田義貞の一行は、すぐに東国への道を取った。
背後で繰り広げられる激戦の喧騒が次第に遠ざかる中、彼は振り返ることなく馬を進めた。
その背中には、何かを悟った者の冷静さと幕府の未来に対する失望が宿っていた。
*
幕府軍が混乱し、戦線を後退させたことで、一時的に城の周囲は静寂が戻った。
しかし、正成はそれが長くは続かないことを知っていた。
幕府軍はこれほどの大軍を抱えている以上、簡単には諦めないはずだ。
金沢貞冬もまた、負けを認めるような武将ではない。
「次の攻撃が始まる前に、準備を整える」
正成は、素早く次の戦略を練り直し、兵士たちに命令を下した。
彼の目は、常に冷静さを失うことなく、次なる戦いに備えていた。
敵が再び攻めてきた時、さらに強力な反撃を見せる準備が進められていった。
その夜、幕府軍は一旦攻撃を中止し、陣営を敷いていた。
金沢貞冬は、自らの失策を痛感していた。
彼の目には、楠木正成が、単なる反乱者ではなく、狡猾で知略に長けた武将であることがはっきりと映っていた。
「奴を侮ったのが、今回の失敗の原因だ」
金沢貞冬は、自らの部下たちにそう言い放った。
彼はこれまで多くの戦場を経験してきたが、これほどの抵抗を受けることは予想していなかった。
「だが、次は奴を逃がさぬ」
金沢貞冬の目には決意が宿り、彼は次の攻撃計画を練り始めた。
下赤坂城を守る楠木正成の巧妙な防御に対して、さらに大規模な攻撃を行うための準備が進められていく。
次の戦いこそ、決着をつけるための最終決戦となるに違いなかった。
その夜、下赤坂城の中では静寂が支配していた。
だが、楠木正成はその静けさの中で、次なる攻撃に備えていた。
彼の心には、決して油断はなかった。
敵が再び攻めてくることを悟っていたからこそ、その一瞬一瞬を大切にし、さらなる防御策を考え続けていた。
一方、下赤坂城の周囲には、次第に重苦しい空気が漂い始めていた。
急造の城にもかかわらず、幕府軍は正成の策略にはまり、大きな損害を被った。
それは想定外の事態であり、決して許される失敗ではなかった。
彼の目には次こそ下赤坂城を陥落させるという強い決意が宿っていた。
正成の巧みな防御を破り、彼を捕らえることがこの戦いの最大の目標であった。
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