見習い陰陽師の難卦

日守悠

0.プロローグ

「君には幽霊が見えるんですね」


 落ち着いた声音だった。目の前に、制服姿の男がいる。

「僕、全然見えないんですよ。霊とか、そういう不思議な奴って」

 照れたような笑顔を懐かしく思った。

 これは、高校二年生のころの記憶だ。初夏だったからお互いに半袖だ。教室には誰もいない。白いカーテンが風に揺れて、夕方なのにまだ明るい。昼間に雨でも降ったのだろう、空気が冷えていて気持ちがいい。


 彼の名前は銀風龍インフォンロン。日本人と中国人との混血で、互いの国を行き来していた時期があったという。日本語は上手なのに、誰にでも敬語で話していた。中国には敬語というものはないそうだ。マナー的な言い回しはあるらしいが、それなのにどうしていつも敬語なのだろうか。

 きっと、他人に対して壁を作っているのだろう。当時の俺はそう感じた。

「……イン君は、変だと思わないのか? 俺のこと……」

 白昼夢のように、記憶の中の自分が喋る。この頃はまだ苗字に君付けで呼んでいた。よそよそしさと警戒心の入り混じった声音。

「思いませんよ。僕は幽霊を触ることができますし」

「そういえば、そうだったな」

 幽霊に触れるなんて、見えるよりもよっぽど変わっている。だけど実際に俺は、彼が幽霊に触れた瞬間を見たんだ。この目で確かに。

「大神君。幽霊に襲われたら、いつでも僕を呼んでくださいね」

「……まあ、うん」

 返事はしたものの、幽霊に襲われるなんて事はめったにあるものじゃない。

 あの日がおかしかっただけだ。


 そう思っていたんだ。

 ……あの日までは。

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