透明な嗚咽が落ちる先、。
流川縷瑠
第一章
出会い
触れたら壊れてしまいそうな儚く脆い、そんな雰囲気を纏った女性だった。
長い黒髪が白い肌によく映え、思わず人形と見間違うほどの美しさだった。
硝子細工のようなその瞳は、いつもどこか遠くを見ていた。
その瞳が何を見つめているのか知りたくて、俺は彼女に話しかけた。
彼女は、長い黒髪を揺らしてゆっくりと俺を見た。思わずごくりと唾を飲んだ。
彼女はいつも、公園のベンチの角に座っていた。
彼女は話しかけてもいつも心ここにあらずというように、ただ公園のベンチに座り空を見つめていた。
馬鹿な昔の俺はそれを飛んでいる鳥を見ているんだと勘違いをして、本で昔見た鳥の豆知識を披露したりした。
彼女は俺が横にいることを咎めることはなかった。
「今日もここにいるんですね、好きなんですか公園」
「…………」
「俺……僕は好きです、公園。」
次の日。
「いい天気っすね、太陽がとても綺麗だ。」
「…………」
「……暑い、ですね」
次の日。
「あ、またあの鳥来てる。」
「…………」
毎日その繰り返しだった。
ある日、彼女が初めて俺を見た。
最初、あまりに自然な動きで気づかなかった。
彼女が俺を見ていることに気づくとなんだか恥ずかしくなって、目を逸らしてしまった。
「……ど、どうしましたか。」
俺が聞くと、彼女は硝子細工のような瞳で真っ直ぐ俺を見た。
あまりにも真っ直ぐ見つめるものだから、俺も見つめ返さなくてはと彼女と向き合う。
彼女のピンク色の唇が動いた。
「しつこい。」
「……喋った。」
人形のような彼女が、喋った。
その事実が何よりも嬉しく、俺は笑った。
すると彼女が不思議そうな顔をするものだからそれもまた嬉しくて俺は笑った。
これが彼女と初めて心を通わせた……ように感じた時間だった。
彼女の名は、藤宮といった。
「藤宮、さん?」
灰色の空、雨が降り頻るそんな日、“あの”公園のそばを通った時。
“あの”ベンチの隅に、傘越しにでも分かる長い黒髪姿の女性が座っていた。
俺は反射的に思った。
……藤宮さんだ、藤宮さんだ。
俺はずっと恋焦がれていた人が目の前に現れ、思考も視線も全てを奪われる。
なぜ急にまた俺の目の前に現れたのかは分からない。分からないけど、会えて嬉しいという気持ちの方が勝つ。
俺は惹かれるように引っ張られるように藤宮さんのもとに走り出した。
息が切れるほど、たいして長い距離では無かったけれど、いち早く会いたくて俺は雨の中走った。心臓の高鳴りが抑えられない。
藤宮さんはどんな顔をしているだろう。
藤宮さんは俺に会ってどんな気持ちだろう。
俺は少し期待を込めて顔を上げた。
藤宮さんは、ひどく驚いた顔をしていた。
俺は、ほぼ反射的に口に出した。
「藤宮さん、貴方が好きです」
ぎゅっと両手を握る。
藤宮さんの手は、思っていたより小さく柔らかかった。だが雨で濡れた俺の手より、ずっと冷たかった。
俺はこの人をもう離したくないと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます