第3話

 テウタは摂政に就任して早々に布告を出した。


『アドリア海を航行する商船の全てを襲撃、略奪せよ!』


 テウタは先王アグロンの対メディオン戦役で得た膨大な利益――アイトリア人捕虜を売却して得られた金銭に目が眩み、先王以上に海賊船団を増強し、彼らをアドリア海全域に派遣することでさらなる利益の獲得を目指したらしい。


 この方針が何をもたらしたか。

 それはイリュリア王国によるアドリア海の私物化だった。


 テウタの出した布告のせいで、商船は安心してアドリア海を渡れなくなる。

 そこで、商船には護衛の軍船が付けられる。

 だが、海賊は危ない餌には食いつかない。

 彼らは海上で勝てない戦を仕掛けないのだ。

 海賊が狙うのは、護衛船団からはぐれた商船のみ。

 それが彼らにとっての格好の得物なのだ。


 護衛を付ける側の周辺諸国――南のギリシア、西のローマにとって、イリュリア海賊の跋扈ばっこは大きな問題となっていく。商船護衛のために送り出す武装ガレー船の費用が国家財政を圧迫しつつあったからだ。


 イリュリア海賊の活動は広がるばかりだった。

 やがて、彼らは本国から遠く離れたギリシア本土のペロポネソス半島西岸にも出没し、沿岸部に上陸しての略奪を実行した。


 さらに彼らはそこから北上。エピロス国内の都市ポイニケへと侵攻すると現地の守備隊と示し合わせて彼らに城門を開かせて、そのまま都市を制圧してしまう。


 だがエピロスは諦めなかった。彼らはアイトリアとアカイアの両連邦政府に使節を送り、自国の窮状を訴えたのだ。


 両連邦政府は『すぐに救援を送る』と返答し、即座に援軍をイリュリア海賊打倒のために派遣した。


「閣下。どうなされます?」

「迎撃だ。陣形を組ませて布陣させろ!」


 さて、この時のイリュリア海賊の指揮官は先王アグロンの弟スケルディライダスで、彼はアイトリア・アカイア連合軍を陸上で迎え撃つつもりでいた。


 ところが……。


「帰国しろ、だと!?」


 彼は水を差されてしまう。戦闘開始の直前に本国からテウタの書簡が届けられ、即時撤退を命ぜられてしまったのだ。


 ちなみに彼女がこのような指示を出した理由は『イリュリア本国で内乱の兆しがある』というものだった。


「やはり女による統治など、民が認めるはずがなかったのだ!」


 スケルディライダスは歯噛みしつつもエピロスから撤退を決定する。彼は自軍有利の戦況を活かしてエピロスとの間に不平等な停戦条約を締結させると、多額の補償金と略奪品を得てから大急ぎで帰国の途につくだった。


 横暴なテウタへの憎しみを胸に秘めながら。

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