ガールフレンド

ゆわ

ガールフレンド

高校2年の冬休みが終わり、外は雪が一面に広く深く埋め尽くされてブーツが無いと歩けないようになっている。部屋の中は二重窓で暖房のジーンという波動で眠くなる。

私の部屋を見渡すとボーイズラブやレズビアンの小説が並んでいる。私の家に入る親友にしか見せる事のない秘密だ。

実はもっと深い秘密がある。私がリアルで好きな人は夏美。同じクラスでいつか恋人にしたい女の子。でも彼女には彼氏の雅也がいる。

二人の仲を引き裂いて夏美を自分の物にする事を夢見ている。今日も家族3人でダイニングテーブルに座って朝食を取っていた。

「醤油取って」

私は醤油を目玉焼きにかけてご飯を食べる。

お父さんもお母さんも至って普通の会社員だ。私は将来そんな普通の人間にはなれないだろうという観念が思春期からあった。変わった女の子かもしれない。

「早苗、勉強してる?」

お母さんによく言われる台詞。

「うん。大丈夫」

お父さんは無口で食後さっさと会社に行く。


そういえば、夏美が好きなアーティストのボーカルの眉毛を私が真似してみたら夏美が喜ぶかもしれないと思いイメチェンしてみたのだ。

それで学校に行き、休み時間私の席に何人か集まりその一人に夏美がいた。

私が眉毛をカットして薄い眉毛にした事に対して夏美はこう言った。

「早苗〜その眉毛ヤバいよっ!」

「うん、ヤバいよ」

皆がヤバいと言った。

「え?そう?」

夏美達に眉毛を馬鹿にされたのが悔しくて次の日からメイクをちゃんとする事にした。朝の時短に良いオールインワンのBBクリームにコンビニで売っているアイブロウで眉毛をナチュラルにした。それから批判というか指摘される事は無くなった。

休み時間、夏美とパンを買いに購買に並んでいたら雅也と剛がいた。

雅也は背が高く顔もカッコいい。剛は小柄で可愛い系の男子。私は剛の方が好きかな。

「夏美、今日いつものデパートのパスタ屋行かない?奢るから」

「分かったよ〜」夏美の嬉しそうな表情に私は嫉妬で食欲が失せる。パスタ屋なんて私は行ったこと無い。誘われるかなと期待しても無駄だよな。私は剛と仲良いフリは出来るから話しかけた。

「剛、パン奢ってよ」

「金あるだろ?早苗は」

「貯金してるもん。サンドウィッチくらい買ってよっ!」

「仕方ねぇな。サンドウィッチか」

購買のおばちゃんに剛が注文していた。おばちゃんはサンドウィッチを手に取りお金を受け取ると剛に渡した。

それを私は貰った。

「剛、ありがとう」

実は剛に好かれている事を私は知っている。ただの直感だけど。でも夏美が本命としても剛も中々好きだな〜。誰にも言えないが私ってバイセクシャルなんじゃないかと頭を過る。

自分の机でサンドウィッチを食べていた。

休み時間が終わって授業を受けていたけど爆睡していたせいでメイクが落ち、トイレでメイク直しして帰宅していた。地下鉄で私と夏美と雅也と剛の4人は吊り革に手を伸ばして揺られながら乗っていた。夏美と雅也は仲良くパスタ屋の話題で盛り上がっていて私と剛は黙り込みながら地下鉄の車両の金属音に気を奪われていた。

夏美と雅也は途中の駅で降りて「バイバイ」と言っていた。結構ムカつく。私と剛は二人っきりで静かに乗っていた。

「あのさ〜」

「何?剛」

突然、剛が喋り出したので横顔を見ると可愛い剛の微笑が目に入った。

「俺の家に来ない?」

「え〜」私はわざとらしく反応した。

「暇なんだよ」

「今日?」

「そう」

たまには息抜きしようと私はテンション上げてみた。

「別に良いよっ。行く」

「ありがとう」

という事で剛の家に行く為に帰りのルートを変更した。

「てかさ、剛の家に行って何するの?」

「ゲームしよ」

「そっか、分かったよ」

私は愛想良く答えた。

剛の最寄り駅に近づくに連れて乗客がどんどん降りて行っていなくなり車両内はガラガラになっていた。

「遠いね。いつもこんなに時間かけて学校行き来してるんだ」

「まぁ、慣れたよ」

地下鉄から外に出ると雪景色が一面に広がって商店街の横に雪の山が連なっている。皆が雪かきしたのだろうと思わせる町中は歩道は狭くなっているがちゃんと道を作ってくれている。

駅から出て商店街からすぐ近くの住宅街まで歩く事になった。

「寒いね」

「俺は余裕だよ」

住宅街に入り何度も剛はこっちこっちと私に道案内をして手招きする。

剛は指を差して「ここだよ」

剛のタワーマンションを初めて見たが立派な作りをしていて入るのに緊張してくる。

「剛の家立派だね」

エントランスに入ると剛が鍵でオートロックを解錠した。自動ドアがガチャと音をたてて開く。

エレベーターに乗ると私達は黙り込んで気まずい雰囲気だなと思っていたら剛が手を握ってきた。剛が腕を引いてくれてエスコートされてる気分。

私達は微笑みながら玄関に入った。

「ただいま〜!」

「お邪魔しまーす」

剛のお母さんがエプロン姿で出て来た。

「あら。こんにちは。剛の友達?どうぞ」

「はじめまして」

剛が紹介してくれた。

「早苗ちゃんだよ」

お母さんは結構美人で照れ臭くなってきた。

「仲良くしてくれてありがとうね。早苗ちゃん」

「こちらこそ、ありがとうございます」

私達は直ぐに剛の部屋に入った。

先ず最初に目に付いたのが本棚だった。ズラーと漫画が並んでいるのを見て気分が高揚する。

「うわ〜漫画読んで良い?」

「良いよ」

「あっ、これ記憶喪失でロボトミー手術するやつじゃない?」

「そうだよ」

「好きなの?」

「その作者すげーよ」

「まぁねぇ」

私は剛の本棚をこれでもかっという風にじっくり眺めて手で触りながら一冊を手に取り軽く開いて読んでみた。


その頃、夏美と雅也はパスタ屋で食事を取っていた。テーブル席で夏美と雅也は向かい会うように座っていた。

軽くパスタを口にしながら喋っている。

「夏美?早苗って剛の事好きなの?」

「そうじゃない?」

コップのソーダを口に入れ飲み込む。

「ふぅーん。剛は明らかに早苗の事好きだろ?」

「良いじゃんお似合いで」

「なっ!卒業したら4人みんな東京の大学とかに行けたら良いけどな」

「そうだね。私は東京行きたい」

夏美は和風シーフードパスタを口にして雅也と同じソーダを飲み込む。

「いや〜放課後のパスタ最高じゃない?」

「うん。確かに」

雅也がミートスパゲティをまだ食べているから夏美は食べる速度を落としながら食べる。本当はもっと一気に食べてしまいたいけど恥ずかしいからゆっくり食べる。

「この後さ、洋服見に行かない?」

「いつもの?良いよ」

会計の時、雅也が財布から数千を取り出して支払った。

「ごちそうさま」

パスタ屋から出てアパレルショップに向かう途中、雪とブラックアイスバーンで夏美が転びそうになり雅也が腕を掴む。傍から見れば高校生の制服を着たカップルだ。

洋服屋のビルに入り二階のフロアにいる夏美と雅也は洋服を手でパラパラとめくっている。

店員さんと仲良しな雅也は立ち話をしている。

「古着買い取りやってます?」

「やってますよ」

「じゃあ今度持って来ようかな」

夏美はレディースの服を眺めながら女性店員と立ち話している。

「これ試着しても良いですか?」

「はーい。良いですよ」

試着室でチェックした夏美のボトムはぴったり合う良い感じである。

店員さんもカッコいいですよとベタ褒めしているので夏美は買うかなと喜んでいる。

でもちょっと高いしな〜と言うと店員さんが作り笑いをしている。

買うか買わないかを迷っていたら雅也が来て、夏美どうした?と聞いてくる。

「夏美、買わないなら帰るよ」

優柔不断な夏美が雅也の一声で助かったと思い、店員さんにすいませんと声をかけて、店を後にした。


その頃、剛の家では私と剛がオンラインゲームをしていた。テレビから爆発音が鳴り響き二人共熱中していた。

「このステージで最後ね、もう帰るから」

「まだいろよ早苗。何に焦ってる?暇だろ」

「あっ始まったよ」

ゲーム画面では砲弾が飛び交う。車を爆破したりヘリコプターを乗り回したり戦闘に集中する私を剛は横目で見る。

「音楽聞こうぜ」

剛が携帯でプレイリストを触る。

カッコいい音楽が鳴り響いていて、剛は飽きたのかゲームを中断して携帯をいじっている。

「洋楽?」

「あぁ。良いだろこの曲」

「私もダウンロードしたい。教えて」

剛のスマホを見てアーティスト名を自分の携帯で検索していた最中だった。突然、携帯に着信が鳴った。

「あっ、夏美だ。もしもーし」

剛がつまらなそうな顔をしている。

「…うん。…東京?卒業してから?私は大学行かないけど…夏美と雅也?東京行くの〜?私は…フリーターになる予定だよ…ハハハ。剛?今、剛の家でゲームしてた…ちょっと待って」

私は携帯を頬から離して剛を見る。

「剛?夏美と雅也が卒業後の進路東京にするけど剛はどうするの?だって」

「東京?俺も東京の私立大学狙ってるよって言って」

私はまた携帯を頬に持っていき話す。

「剛も東京の大学行くらしいよ」

剛はゲームを片付けていた。

剛は音楽のボリュームを上げる。イライラしてるっぽい。早めに電話切るか。

「夏美?話はまた後で良い?かけ直す」

私はスマホをバッグに入れて帰る準備をしていたら、剛が私の腕を掴んできた。

「なに?…」

「遊ぼうよ。早苗」

「いやだ」

私は制服が乱れないように剛を落ち着かせようと冷静を装った。

「落ち着いて、剛」

「キスさせて早苗」

「お母さんいるんだよ」

「大丈夫」

剛が凄い力で私の腕を離さない。

「離して」

「じゃあ一回キスしたら帰って良いよ」

「何それ。ゲームしたじゃん!そういう仲じゃないでしょ?」

「好きなんだよ。早苗の事。付き合って。俺と」

「最初からそう言ってよ。順番逆でしょ」

剛は私の腕を離して落ち着いてきて、頷いた。

「あぁ。そうだな」

「だから…私だって、剛好きだよ。じゃなかったら、家に来ないし」

剛が呆然と私を見ているのを見て私は安心して鼻で笑った。

剛も微笑で冷静になっている。

「びっくりした〜驚かせないでよ」

「ハハ。俺は興奮した」

剛はベッドに座ったから私も隣に座り、剛の手を握って頬にキスした。剛は緊張してるっぽい。剛の肌は高校生だからプルプルで唇が当たるとプニュっとした。

「ありがとう、剛。呼んでくれて。もっと仲良くなったら…」

「なったら?」

「彼女になるよ。剛の」

「本当?じゃあさ、卒業したら早苗も東京行く?」

「うーんわかんない。考えとく」

「まぁ、良いや。お菓子持ってくる。食べるよね?」

「うん。ありがとう」

緊張した〜今は皆に誤魔化して興味ないフリをしているけど、私も東京に行くに決まっている。だって夏美と離れるわけにはいかないから。

剛がスナックの袋を持ってきてバリバリっと封を開けた。

「ポテチ。はい」

剛から頂いたポテチをパリパリ食べていた。

「おいひ〜ね」

「うめ~よな。新発売の」

「何味?」

「梅マヨネーズ」

私のお口が満足して唾液が一杯に溢れリップが落ちてくる。

「うま~剛の家毎日来ようかな」

私は携帯を見て。

「さっきの音楽のアーティストは確かこれか」

洋楽を二人で聴いていたら、あっという間に夕日が沈み、帰る支度を始めて剛の親にも挨拶して剛のマンションを後にした。

冬の雪が凍った路面をブーツでガツガツと音を立てて歩く。最寄り駅まで寒くて凍えそうだけど心は温まっている不思議な気分だ。

今頃夏美はどうしてるだろう。夏美と出会った高校入学の春を思い出す。確か夏美は窓側の前から2番目の席。私はその後ろでプリント配る時に初めて話したのが出会いのきっかけだった。もう少しで高校3年生か。皆進学するみたいだけど私はアルバイトで一人暮らししたいな。

自宅に帰ってリビングを通るとお父さんが新聞を読みながらテレビのニュース番組を付けていた。

「ただいま〜」

「おかえり」

お母さんは夕食の準備で切った野菜と豚肉をフライパンで炒めていた。

「お腹空いた〜」

「もうちょっとね早苗」

「早苗は、今日は友達と遊んでたのか?」

お父さんが喋った。

「そうだよ。友達の家でゲームしてた」

お父さんはテレビのリモコンを手に取り私に他の見たいチャンネルはあるか?と聞いてきたのでニュースで良いよと気を使った。

私は肉野菜炒めとご飯と味噌汁を前にして手を合わせ頂きますと言って野菜から箸でつまみ食べてみた。

「お母さん?作り方教えて。肉野菜炒め」

「簡単だよ。オイスターソース使うだけ」

「そうなんだ」

ご飯も炊きたてで熱くて口が火傷しそうだけど美味しい。

「一人暮らししたらこういうの作ろうかなって思う」

「本当に東京行くの?」

お母さんは寂しそうだ。

「寂しい?」

「そりゃそうよ」

「大丈夫。たまには帰ってくるから。友達が皆東京行くからさ」

「そう。おかわりは?」

「野菜炒めだけ」

お母さんはキッチンに立ったまま野菜をフライパンから盛って皿を私に受け渡す。いつもありがとうねと心でお母さんに言った。口にするのは恥ずかしいから。

野菜をたくさん食べてビタミンを取れたら綺麗な肌になれるかなと考えながら味わっていた。

お父さんが東京に行くなら進学しなくて本当に良いのか?と念を押してきたが私はキャバクラで働くと正直に答えると少し反対されたがお母さんから許可をもらったのでお父さんも仕方ないかという感じで話は付いた。普通の家庭じゃないよなと思う。普通、高卒でキャバクラで上京するなんて反対されて無理に決まっている。それを私の親は昔から私を甘やかしてきたけど社会に出るまで我がままやりたい放題なんて私的にはラッキーだし親に感謝してる。いつか親孝行したいと思っている。

冬が終わるのはあっという間だった。受験、卒業シーズンから春休みに入り私達は高校3年生になっていた。

春の涼しい風が吹き雪溶けのドロドロした路面にはたんぽぽが咲いている。きっとどこかの山奥では冬眠していた野生動物が目を覚まし餌を求めて動いているに違いない。

私がいるのは北国だけど学校は、街の中心部からそう遠くない場所にある。

久しぶりの地下鉄通学で満員の車両内が息苦しくて身動きが取れず辛い。

学校の窓から見えるグラウンドは雪が微かに残っていて焦げ茶色に染まって見える。チャイムが鳴って散らばっていた皆は席に着く。

先生が来て黒板の前に立って私達を眺めて一息入れたと思うと話し出す。

「今日は…明治維新の復習するか」

夏美の方を見ると流石、受験生らしく教科書と先生の方を見て集中しているのが分かる。私は進学しないから単位だけ取れば良いので適当に勉強している。

黒板を見ると「大政奉還」に関して先生は書いてテストに出ると大きな声で説明している。

「江戸幕府が統治権を天皇陛下に返上。その後、明治18年に初代総理大臣に伊藤博文。大日本帝国憲法では天皇陛下が最高責任者の主権を持っていた。今の日本国憲法では天皇陛下は象徴である。分かるね?皆」

先生は皆を見ながら私達がノートに書いているのを見守っている。

半分眠っていた私はよく理解できず微かにノートを取っているうちにキーンコーンカーンコーンと鳴っていた。

放課後になって私は雅也の彼女である夏美を凝視していた。

夏美が帰る準備をしている時に私は席に近寄った。

「ねぇ夏美」

可愛い瞳で私を見る夏美。

「うん?」

「夏美の家、久々に行きたいな〜駄目かな?」

「どうしたの」夏美が微笑している。

「そうだっ。夏美の家にある漫画、途中まで読んで」

「あ~分かった。良いよ。来る?」

私は微笑み頷いた。

さっそく二人で帰る準備をしていたら、雅也が割り込んで来た。

「早苗、どうした?楽しそうじゃん」

「私は夏美の家に行くから邪魔しないで」

雅也は「はいはい」と私の頭を叩いていなくなった。

「ムカつく雅也。叩かれたよ」

夏美が苦笑いしていた。

二人っきりで地下鉄の改札口を通過して階段を降りていく。夏美から良い匂いがするから聞いてみたらグミを口に含んでいたせいと分かり私も1個貰って食べたらめちゃ美味しいグミだった。地下鉄の車両内にフルーツの香りがするのは私達女子高生からで男のサラリーマンの視線を感じるが二人だから平気。

夏美の家の最寄り駅から外に出てまだ春先の寒さが残る屋外の中夏美の手を握ってみたくなり手を軽く触ってみた。

「どした?早苗」

「寒いから手を繋ごうよ」

「良いよ」

ラッキーな事に夏美と手を繋ぎカップルのように歩いている事に幸せを感じた。

街中から外れ田舎っぽさを感じさせる風景の中にDVDショップがぽつんと構えているのを見て急に惹きつけられた。

「ここ、DVDレンタルやってるの?」

「うん」

「最近、ドラマにはまってて」

「寄る?」

「入りたい」

店内は涼しい。18禁のマークの所が気になるが制服だから難しいだろう。

海外ドラマや映画、アニメ。夏美と一緒に見るならどれが良いか探していた。

私は日本の最新作邦画コーナーにいて、夏美は洋画コーナーにいた。

結構面白そうな作品はあるな。

「夏美、これどう?」

私は夏美にDVDを渡す。

「恋人が容疑者」

パッケージの裏側の概説を読んでいる。

「借りよっか」

という訳ですぐにレンタルする事になって夏美の会員カードでDVDを借りた。

「寒いね」

「本当にいつ暖かくなるんだろ」

しばらく歩いているけど雪が溶けて車の排気ガスと融合していて灰色や黒い雪が汚らしく見える。

夏美の一戸建ての住宅に着いて中に入って夏美の部屋に直行した。

「エアコンつけるね」

ピピッとリモコンを押しエアコンがゴゴッと音を出したと思うといきなり暖房が溢れ出てきた。

「座って良いよ早苗」

頷いて私は夏美の椅子に座る。

「DVD見るか」

夏美はDVDレコーダーにセットする。

映画が始まる。

ブルーシートに囲まれた一軒家に警察車両が何台か停まっていて警察官が出入りしている映像。マスコミに近所の女性がインタビューされている。

「男女が争っている声は聞こえました」

テレビ画面にアナウンサーが語りかけている。

「現場となったこちらの住宅街で事件が起きました。女性は意識不明で搬送されましたが…」

夏美と私は静かに観ている。

私は声に出した。

「彼氏が犯人?」

「てかタイトルのまんま?もしかして」

「ハハ」

(ナレーション)

犯人は恋人の男であるが、殺人を犯す理由があった。彼女は難病に侵されていて生きていける体力は無かったのである。それどころか全身に痛みがあり毎日が生き地獄であった。彼氏の犯人は刑事に対してこう言った。「彼女を楽にさせたかった」と。

夏美はつまらなそうな顔で観ているから私もため息が出る。

しばらく観ているが展開が遅く邦画でありがちなワンカットが度々続き役者の小さな声を聞いていると眠くなってきた。

主人公の彼氏が留置所に拘束されて暗い日々を過ごす描写が続く。弁護士が現れ主人公を勇気付ける場面の当たりで「これちょっとやめない?」と夏美が言った。

「うん」

「何かこういう暗いの苦手」

「確かに。暗いね」

夏美はDVDを取り出してベッドに横になった。

「さて、夏美?漫画借りるよ」私は立ち上がった。

夏美は少し眠そうに「あ〜うん」と一言。

私は夏美の本棚からお気に入りの漫画を手に取ったり私の知らない漫画を手に取る。

本棚から珍しいタイトルを発見し、よく見るとエロ漫画だった。

「夏美、エロ漫画発見した。しかもレズビアン系。凄いね。読んで良い?」

「良いよ」

私は興奮してきて濡れ始めた。近くに大好きな夏美がいる。しかもベッドで寝ている。

「夏美?寝てるの?」

「うん。眠い。起きるかっ」

夏美が私の腕を見て触ってきた。ブレスレットで隠しているリストカットの跡を見ている。

「リスカ…早苗これどうしたの?」

「別にいいじゃん」

「クリニックとか行ってるの?」

「親に言われて実は行ってる。メンタルクリニック…」

私はベッドに座って漫画を読んでいるけど、頭に入らない。夏美が気になって集中できない。

「大丈夫だよ。早苗。ウチラ仲良しなんだから」

「雅也が好きなんでしょ?」

「雅也は関係無いでしょ今」

「夏美がこんな漫画読んでるから、こういう趣味あるのかな?って気になっただけ」

雅也は関係無い?私的にはめっちゃ関係あるのだが。二人の仲を引き裂いてやりたいのだけど、それは言えない。

「こういう趣味?よくわかんないけど刺激が欲しくてその漫画買った。だって面白いじゃん」

「私もこういう本持ってるよ」

「ふぅーん」

「それだけ?…」

「何が?」

「私、夏美みたいな女の子が好き」

「でも私は…」

「夏美って男子も女子も好きでしょう?知ってるよ。分かるもん」

「え?…」

「私と夏美の秘密作ろうよ」

「どんな?」

「ハグとかキスとか…」

「早苗ってバイセクシャル?」

「声大きい、シー。親いるんじゃないの?」

「あっ。うん。で、バイセクシャルってマジ?」

「そうだよ。剛の事も好きだし。夏美の事も好き」

「え〜…」

私がベッドに横たわり夏美の膝に頭を乗せて膝枕をさせてもらった。温かいぬくもりの中、目をつぶり呼吸していると心臓の脈打つ音が夏美に伝わり、手で頭を撫でてくれる。同時に夏美の片方の手は私の心臓の胸の辺りを触っている。鼓動が響く。

「早苗の胸、鼓動が早いね」

「だって緊張してるもん」

「緊張する?」

「胸大きいね。見ても良い?」

私は起き上がり制服を脱ごうとしたら、夏美が腕を掴んできた。

「うそ。嘘。冗談だって」

「え?そっか。なーんだつまんない」

私は起き上がり漫画の本棚を見つめる。さっきのレズビアンの漫画を手に取る。エッチな描写があって羨ましくなるが今の自分は好きな人と一緒にいるだけでも有り難い。この漫画のヒロインのように女同士愛し合う関係になれたらどれだけ幸せな事だろうか。仕事から帰ったら好きな人が家にいて一緒にご飯食べたり一緒にお風呂入ったり一緒に寝て。同じ景色を共有して同じ価値観の彼女と旅行したり寝る前のセックスはどんなに気持ち良いのか。まだ私はガキだから分かんないけど一歩づつ未来に向かって前進しているのを実感している。

「夏美、勉強頑張ってね」

「何?いきなり」

「私も東京行くからさ」

「あ〜早苗。風俗止めなよ。昼職にしな」

「私の事は大丈夫だから、勉強頑張りな。一人暮らし始まったらお互い自由に遊びに来れるし」

夏美は何故か寂しそうに頷いた。

「じゃ、今日はもう帰るね」

「もうちょっと居なよ」

「じゃあ御言葉に甘えて」

その日、夏美のお母さんが私に夕御飯をごちそうしてくれる事になり夏美の両親と4人で食事を頂いた。とっても美味しく頂いてお腹を満たして夏美の家を後にした。

雪解け水が路面に広がり歩く度ベチャベチャ音が響き暗い夜道一人で帰宅する。夜の地下鉄はいつもの放課後の車両内とは空気が違って心地良さを感じる。酔っぱらいや同じ高校生であろう人達も私服でキャーキャー騒いでいる。

自宅に着くといつものお父さん専用テレビにニュースが流れ台所ではお母さんが食器洗いをしている。

「夏美の家でご馳走になった」

「あら、ちゃんとお礼した?」

「うん」

テレビでは失踪事件についてアナウンサーが喋っている。

「事件の解決に繋がった防犯カメラの映像に西野さんが映っていたのです」

私もテレビに気を惹きつけられる。

「遺体のDNA鑑定と西野さんの友人関係から容疑者を割り出した警察は死体遺棄事件に切り替えて捜査を継続中です」

私もお父さんもお母さんも、へ〜という顔でニュースを見ていた。

「東京か。事件多いな。上京するなら治安の良い街にしなさいよ早苗」

「分かってるよ」

テレビは天気予報に変わりまだ寒さは続くとの事らしい。

「単位大丈夫か?早苗」

お父さんに言われ大丈夫と顔で頷く。一人暮らしに憧れを持つ人の気持ちが凄く分かる18歳という時期が私にも来たのかと感慨深くなっている。思えば義務教育の時から親や学校の規則など縛られた状態から社会に独り立ちするまでの時間は長かった。あと1年とカウントダウンを始めていた。

半年以上勉強、テストに追われてようやく私達は高校3年の冬を迎えていた。

受験には夏美も雅也も剛も合格して私まで東京行きが確定していた。


雪景色が果てしなくある中、学校に行けばまだ好きな彼女が教室という狭い世界にいる。

「早苗、卒業まで近いね。写真撮ろうよ」

「うん」

教室で携帯を手に夏美とツーショットを撮っていた。

学校の教室からは真っ白なグラウンドが見える。雪一面で何も無いし何も見えない。

放課後、私と夏美と雅也と剛はグラウンドに向かっていた。ブーツに雪が入ってきて冷たくなるほど雪が積もっている。剛が携帯で動画を撮影していた。

「剛〜こっち!撮って」

悪ふざけで私が夏美を突き飛ばして雪の中に倒れ込んで雪まみれになった夏美の姿をカメラが撮っていた。雅也は仕返しに私を持ち上げて突き落とし雪まみれにした。

「酷い!見た?今の。剛!?ねっ!?」

剛は携帯のカメラ撮影に没頭している。

夏美が爆笑していた。

「大丈夫!?早苗」

私は雅也を蹴っ飛ばした。

「こいつ!レスリングみたいな事しやがって」

私は逃げる雅也を捕まえて2割は冗談で8割は怒りの気分で殴ったり蹴ったりして暴れていた。

「誰か助けてー!」

私は雅也を掴んで雪の上に投げ飛ばした。

剛は笑っている。

「良いの撮れたよ!!」スマホのカメラを向けて走って寄って来る剛。

吹雪がきて寒くなってきたので私達は帰宅する事になった。

帰りにコンビニ寄ってフランクフルトやポテトを買って店の前で食べていた。

「早苗、おいひ〜ね」

「うん」

剛はおにぎりを食べている。

「早苗、卒業して就職する?」

「しない。夜のバイトする」

「東京でしょ?」

「勿論。みんなと離れたくないから」

雪がコンビニの前で降りそそぎ灯りに照らされ綺麗に光って見える。高校生活も残りわずかとなり今のうちに青春の記憶を残しておこうと皆が思っていたのだろう。


2月も終わる頃、学校から帰宅して親が食事を作っていて良い香りがするから、つまめるかなと思いキッチンに入った。

「お母さん、つまんで良い?ステーキでしょう」

「はい。熱いから気をつけて」

フライパンでグリルしたステーキを小皿に乗せフォークとナイフで取り食べていた。

「美味い」

「早苗、東京に行くのは皆大学とか就職だよね?早苗はアルバイトならこの家にいても良いんだよ」

「いや。夏美や剛と離れたくないから東京行くの。お母さん、我がままごめんね」

「良いんだけどね。早苗が決める事だから」

「お母さん、ご飯も食べたい」

お母さんがステーキとキャベツと味噌汁とご飯を用意してくれた。感謝しないといけないと最近思うようになったのは、この先一人暮らしが始まるからである。


一人暮らしのマンション決めないといけないからネットで賃貸物件を探していた。

東京都内のマンションで割と安めだけど審査が通りやすい物件に絞っていた。

仕事に関しては親にはキャバクラと言ってあるが、実は性風俗店で働く事にしている。

日本の新しい法律上18歳から新成人なので風俗店で雇ってもらえるのは有り難い。


卒業式が終わって数日経ち、4人でファーストフードでご飯食べた後、カラオケで盛り上がっていた。

「今日は家に泊まってく?」と夏美が言ってくれた。雅也が嫉妬して文句を言ってる。凄く邪魔くさい。

「何で早苗だけ夏見の家に泊まって良いんだよ」

「アンタは男子だから無理でしょ」私は言い返した。

雅也は憤りを隠せないようだった。

私は親に携帯で泊まる連絡をしてから夏美の家に行った。卒業して忙しくなるねという会話をしていた。

夏美がチョコを持って来て二人で食べる。テレビを付けたらお笑い芸人や学者が出ているバラエティ番組がやっていた。この人面白いよね〜と二人で笑って見ていたら時間はあっという間に過ぎていた。

「夜遅いけど、早苗、薬飲まなくて大丈夫?」

「そうだね。飲む」

夏美が水を持ってきてくれた。

「ありがとう、気を使ってくれて」

この部屋から夏美がもう少しでいなくなるのかと思うと感慨深くなる。

いつも持ち歩いているクリニックの薬を飲み夏美のベッドの横に敷いてある布団で寝る事になった。

「おやすみ夏美」

私はベッドに寝る夏美の頬にキスした。

電気を暗くした。

「おやすみ早苗」

「おやすみ夏美」


そうやって私達は東京の地に着いて新たな独り立ちが始まっていた。

借りたマンションの一室でデリバリーヘルスの求人情報を携帯で見ていた。

給料の記載ある店舗の平均の日給額が4万円くらいらしい。どこの店舗に電話するか迷う。

とりあえず無難そうな店に電話して面接の日程を決めた。

面接が合格した最初の店に入る事になり、Webサイトにも写真を掲載する為にモデルのように撮影があった。

東京に来て2週目には、働く事になった。講習で練習した通りのサービス提供を出来ていたと思い自信を持っていたのでリピート指名もしてくれるお客さんが出来た。


東京に引っ越してから4人は高校生の時とは違って新しい人間関係がある為に中々会う機会が無くなった。

夏美と剛は東京の私立大学。雅也は専門学校。私だけ夜の仕事。

風俗嬢になった私は、デリバリーヘルスという略してデリヘルの派遣型の性サービスを行う店に属し、ドライバーさんに連れられてホテルやお客様の家に行く。

大抵、おじさんが多い。

ホテルに着くと予約のお客様の部屋番号に行きインターフォンを鳴らし部屋に入る。

お客さんが私を見てよく言う言葉は、君何歳?

私は20歳だよと答える。

「一緒にシャワー入るか」

お客さんの身体に触れてお互いの身体を舐めたりしながら、お客さんがフィニッシュを迎えたら終わる。またシャワーを浴びる。お客さんによっては連絡先を交換する事もある。

このようにしばらく仕事を続けて結構大変だけどやり甲斐を感じでいた。


暇な時間が出来たので久しぶりに夏見に連絡を入れた。

「ランチ行かない?夏美」

「ごめん。雅也が早苗と会うなって言ってて」

「え?何で?雅也に何言ったの?」

「早苗と私、恋愛感情がある事は雅也に言った。そしたら雅也が怒って。もう早苗とは会えない」

私はムカついて電話をブチッと切った。

雅也って奴、私と夏見の関係を知って縁切るとか許せない。殺意が湧いてくる。

雅也に電話する事にした。

「もしもし、雅也。何で私と夏見が会ったら駄目って言ってるわけ?意味分かんない」

「面倒くせーな。関係無いじゃん俺達の事」

「いつから雅也そんな感じ悪くなったの?」

「だってお前、夏美の事を変な目で見てるだろ」

「変って何?」

「キスとかしたんだろ?正直キモイ。お前無理だから」

「はぁ?夏美は私の事好きなんだよ。お前が邪魔なんだよ」

雅也は携帯を切った。

落ち着けない。雅也と夏美から拒否されている事に何の為に東京まで来たのかと自問自答した。

私は苛立ちを隠せず剛に半泣きで電話していた。

「剛、雅也と喧嘩しちゃって。夏美にも無視されてる」

「よく分かんないけど、何があったの?」

「とにかく今日会える?」

「夏美の取り合いしてるんでしょ?俺は関係無いから、結構です。会わない」

「私の事好きじゃないの?」

「高校の時はね、今彼女いるから。もう切って良い?」

「分かった…」

剛まで彼女がいたなんて信じられない。皆東京来て変わってしまった事がショックだ。


精神的に病んできてまた自傷行為のリストカットをしてしまった。

それで、メンタルクリニックで薬を増やしてもらうように医者にお願いしに行く事にした。

東京都内某メンタルクリニックで受付を済ませ、待機していた。名前を呼ばれて院長の部屋に入って座った。

「先生、地元のクリニックで頂いていた薬は高校生だから効いていたけど、東京に来て働くようになって効かなくなってしまったようで、薬の調整をして貰えますか?因みに鬱っぽい状態や感情のコントロールが効かないようです」

「不安障害があると思うので。じゃあ、以前の薬にプラス抗鬱剤とベンゾジアゼピン系の薬を出しておきます」

「ありがとうございます」

安心して帰れる。家に帰宅して直ぐに頓服の薬を飲んだら効いているような気がした。その後、ぐっすり眠ってしまった。


数週間経ったある日、携帯の着信で目が覚めた。

夏見だった。テンションが馬鹿みたいに上がり電話に出た。

「もしもし。夏見?どうした!?久しぶりじゃない?」

「大丈夫早苗?この前はごめん。雅也に文句言われたんでしょ?私も実は早苗に会いたいのが本音。雅也が怖くて早苗の事拒否してた。本当にごめん」

「ホント!?会おうよ」

「雅也には秘密って約束できる?早苗」

「うん。勿論!約束する」

夜20時を過ぎた頃、私と夏見は歓楽街の焼肉屋にいた。牛カルビやロース、サガリ、ホルモンなどでご飯をいっぱい食べていた。

「夏見、大学どう?」

「楽しいよ。早苗ってデリヘルでしょ?どうなの?」

「結構、大変だけど。割と楽しいかな」

「怖いお客さんとかいるんじゃないの?」

「まぁそういうのは、スルーするの慣れたかな」

「へ〜早苗、まだ私の事好きなの?」

「当たり前じゃん。雅也に文句言ったら喧嘩になったよ」

「雅也とは関わらないで早苗」

「分かった。夏見、それ焼けてるよ」

私達は黙々と焼肉を楽しんでいた。

その後、夏美のマンションに行く事になった。

エントランスが綺麗で夏見はオートロックを解錠する。

部屋では二人共くつろいでソファーに座る。レザーのソファーで触るとひんやりしている。

「夏美?禁煙だよね?」

「電子タバコは良いよ」

「ありがとう」

風俗の客の話題で話しながら電子タバコを吸っていた。タバコを吸い終えると夏美はシャワーに行ったので、様子を伺う為に付いて行った。

石鹸の匂いがする周りには洗濯機とシャンプードレッサーに洗剤やドライヤーが置いてある。

「夏美!?」

大きな声で呼んだ。

「何!?」

「一緒に入って良い?」

「良いよ」 

私は服を脱いで裸になった。鏡で確認するといつも見ない間に痩せた気がした。焼肉食べて良かったなぁと思った。まぁ良いや。夏美と一緒にシャワー浴びたいから私はそっと扉を開けて中に入る。

「早苗、細いね」

「そうかな。ボディーソープ借りるよ」

私は身体と髪の毛を丁寧に洗っていたら夏見が私のお尻を触ってきた。

「いや」

「ハハハ」

「私は出るよ。バスタオル置いておくから使ってね」

「ありがとう夏美」

私もシャワーから出てドライヤーで乾かしていた。

夏美はベッドで横になっている。

「私もそっち行って良い?」

「良いよ。おいで早苗」

二人で横になる。私も夏美も下着しか付けていない。

夏美の後ろから抱きついた。

ゆっくりと首に腕を回し拘束するように首をそっと締めていた。もう片方の手は夏美の股間に持っていった。首には私の口をつけて軽く歯で噛んでいた。夏美の鳥肌が凄かった。

「いや…」と夏美が喘ぎ声を出した。

夏美の耳に口を付けて愛撫する。私の吐息が夏見の耳に入る。この時をどれだけ待ち望んだか分からない程、激しいディープキスをしていた。夏美の口は何も匂いがしなくて、ただ爽やかな息だった。舌をお互い絡めていく。

そっと囁いた。

「ずっと愛してるよ夏美の事…」

「私も愛してるよ早苗」

「死ぬまで一緒だよ。夏美。約束する?」

「うん。ずっと早苗の事愛してる」

「ホントに?」私は微笑した。

「本当だよ」夏美も微笑んだ。

私達はさらに深いディープキスを続けた。

眠りから目が覚めて、現実だと分かり幸せを噛み締めた。朝日が窓に差し込んでいる。夏美の素敵な寝顔を見ながら頬にキスをした。

夏美は目を覚ますと、ご飯作るねと言ってキッチンに向かった。

「卵焼きと目玉焼き、どっちが良い?」

「卵焼き。お願いします」

「分かったよ」

朝食がテーブルに乗せられ二人で手を合わせた。鮭と卵焼きとご飯と味噌汁。

「早苗、雅也とは別れるから」

「ホントに!?」

「上手くいくかは分からないけど、本当の気持ちを素直に伝えてみる」

「無理だと思うよ、雅也の性格上。喧嘩になって大変だと思う」

「でも言わなきゃ」

「何かあったら私が守るから安心して」

私は鮭とご飯を口に運んで言った。

「おいしーね」

「ね」

「東京来て良かったな〜。あっ今日、学校だよね?」

「うん」

「私も仕事」

「休んで夏美といたいな」

私は夏美の膝元に頭を乗せて寝転がって駄々こねる子供のように我がままを言っていた。

「夏美と一緒にいたーい」

夏美は私の頭を撫でるしかなかった。

しばらく甘えてから、私は玄関に行った。夏美の邪魔はできないから。

「じゃあね。また来るから。私の家にも来てね。愛してる夏美」

「私も愛してる早苗。じゃあね」

エレベーターに乗り1階に降りた。エントランスに向かってる時に誰かとすれ違ってお互いに顔を確認したら、雅也だった。

「早苗、何しに来たの?」

「え?夏美と会ってただけだよ」

「だから俺と夏美の邪魔すんなよ」

「邪魔?こっちの台詞だけど」

「はぁ?何だお前?夏美にストーキングしてんじゃねーぞ!殺すぞ早苗!二度と家に来るな!」

雅也は私の肩を掴んで突き飛ばした。

倒れそうになった私は泣きそうになりながら追い出された。外は雨が降っていてぐしゃぐしゃになって、タクシーに乗った。

家に着いて我に返り恐ろしくなってきていた。夏美の奪い合いで雅也に対して殺意を覚え、これから殺し合いが始まる予感で身震いした。


一方で雅也は夏美の部屋のスペアキーで中に入っていて夏美を威嚇していた。

「何で早苗と会ってる!?」

雅也は夏美の顔を殴った。そして夏美を掴んで威圧する。

夏美は泣きながら抵抗する。

「雅也とは別れる」

「何言ってるんだ!?将来結婚すると言っただろ!」

「早苗と約束したの。ずっと早苗と一緒にいるって。それに雅也の事はもう愛してない」

「てめーら。レズかよ!?死ねや」

雅也は夏美をビンタして唾をかける。

「気持ちわりー。クソ女。セックス依存症だもんなお前。また俺が可愛がってやるから」

雅也は夏美の服を脱がせてビンタする。

「ご主人様宜しくお願いしますって言えよ」

「やめて…」

雅也は携帯でカメラを夏美に向けて撮影している。

「ご主人様だろ!?」

「いやだ…」

雅也は強引に夏美を裸にしようと脱がせて下着を取り上げる。

雅也は夏美を撮影しながら耳や顔を愛撫している。

「早苗より俺の方が良いだろ?」

反応が薄い夏美に怒る雅也は夏美を何発もビンタしては、キスを繰り返した。そのうち夏美は濡れてきて「ご主人様お願いします」と口にした。雅也はズボンを脱ぎ撮影しながら夏美とセックスを始めた。

「俺と別れたら動画をネットにアップロードしてやるからな。気を付けろ夏美」

夏美も興奮を隠せずセックスに快楽を感じでいた。

その頃、私はお客さんとホテルにいた。

客から5万円手渡され本番行為のセックスを要望され断れず応じた。身体中を触られ舐め回されお客さんの性器を舐めさせられ、その性器を私の性器に挿入されて、激しく突かれお客さんは快楽の絶頂に達した。

終わってからタバコを一服するお客さんに気を使いながらホテルから出て行く時に罪悪感を感じでいた。

こんな生活続けて良いのか不安になる。何より夏美にこういう事は言わないし言えない。

ある日、雅也から連絡が来てこの前の喧嘩は申し訳なかったとの事。そして夏美の事で大事な話があるから会わないかと言われた。

正々堂々と夏美の件は決着をつけたく会うことにした。

私の家に雅也が来るという事でできる限り優しく対応しようと思う。

雅也と待ち合わせの駅の近くの喫茶店でコーヒーを飲みながらお互いの近況を話した。雅也は専門学校を充実しているらしい。

「この前、夏美のマンションで怒鳴って悪かった。本当にごめんね」

「あぁ。大丈夫」

私は仕事の風俗の話を少しだけして大変だけど頑張っていると言った。その後私のマンションに雅也を連れて行った。

「良いマンションじゃん、早苗」

「ありがとう」

部屋に入ると雅也は豹変した。

「夏美と俺は結婚するんだよ。分かるか!?」

「私は夏美と愛し合ってる」

「お前さ〜レズ?バイセクシャルか?だったら俺が相手してやるから、夏美に近づくなよ」

「はぁ?何それ」

雅也が私に接近して掴んできた。

「やめて!」

「ベッドに行けよ」

私は引っ張られベッドに押し倒された。

「雅也!」

「バイなんだろ!?夏美じゃなくても俺で良いだろ!」

雅也は私にキスを迫る。強引にキスされ服を脱がされ下着の中に手を入れられた。私は手で雅也を殴ったが逆に何発もビンタされて抵抗出来なくなった。力が凄くて逃げる事は不可能だった。お尻を叩かれたり髪の毛を引っ張ってきたりされて私は泣いてしまった。そのまま雅也の性器が私の局部に当たり中に入ってしまうとガンガン腰を突かれて興奮どころか恐怖を感じて終わる事を願っても終わらない。雅也は焦らしたりして終わる気配が無くて段々セックスに私まで感じてきて、濡れるくらい犯されてしまった。雅也はオーガズムに達すると、しばらくベッドに横たわる私を抱き締めた。

「好きだよ早苗」

私は何も言えなかった。

「私に関わらないで!後、夏美にもこんな事してるの?」

「まぁ、それは秘密だな」

「最低…」

私は起き上がり服を来て雅也の服も手に取り雅也に渡して帰ってもらうように促した。

「帰って。もう来ないで」

「何でだよ。俺の女になれよ」

「帰れよ!」

私は雅也を掴んで追い出した。 

私は夏美に雅也がヤバいって事を伝える為に電話する事にした。

「夏美?私だけど、今大丈夫?」

「うん」

「夏美、雅也に何されてるの?アイツ、ヤバ過ぎでしょう」

「早苗こそ何があったの?」

「強制性交された」

「マジで言ってるの?アイツ許せない…私にもレイプ紛いな事いっつもしてくるけど、早苗に手を出したならマジで別れなきゃ」

「警察に被害届出す?」

「出しても良いけど、アイツ私の家のスペアキー持ってるから怖い。それに強制性交とかレイプって実証が難しいというか証拠も無ければ同意の元って解釈される可能性あるし」

「強制性交の証明が難しいんだ」

「そういう事!逆恨みされたら何されるか分からないから」

「どうする?夏美。剛を利用するとか」

「どうやって?」

「夏美がDVされてるから助けて。とか」

「それ本当の事だよ。早苗知ってたの?」

「何となく」

「じゃあ。剛に早苗から言ってくれる?」

「分かった」

そういう事で剛の力を借りる事になり電話する事にした。

「もしもし、剛」

「何?」

「相談あるんだけど、今大丈夫?」

「うん。ちょっとなら」

「夏美の彼氏の雅也なんだけど、DVしてるらしい。で、私も無理矢理、強制性交されて二人共困ってるんだけど助けてくれない?」

「俺を巻き込まないで、勉強とバイトで忙しいからさ。因みに俺が助けるって何が出来るの?警察に言いなよ」

「じゃあもう良いよ。さようなら」

私が何故警察に関わらないでいるか。実は私自身知っている。この時点で既にある計画を練っていた。雅也を殺して夏美と二人っきりになる計画だ。先ずは、睡眠薬を大量に集めて粉状にする事。薬は私が通院してるメンタルクリニックから多めに貰っているからいつでも準備万端だ。この事は夏美にも言わない。誰も巻き込まず単独の方が都合が良い。セックスアピールで雅也を引き寄せて仕留める。


私は出勤の準備をしていた。雅也を殺した後は夏美と逃げて暮らす資金を貯める為に風俗で稼ぐしかない。現代は、性風俗も海外で出稼ぎする人が増えているので最悪、海外に逃げて働くかもしれない。

ただ問題はメンタルの悪化で薬が手放せなくなった事だ。海外で暮らす際に薬の入手に手間がかかりそうだ。そもそも外国に行かずに済む殺人の方法を考えなければならない。ネットで知ったところ死体が見つからなければ警察は事件として動かないというのがポイントだ。

山や川や海で殺すのが必須条件だ。だが雅也を山などに連れて行くのは厳しいだろう。では自宅で殺した場合を考えると警察に捕まる確率が断然上がってしまう。どうすれば良い?

私にあるアイディアが思いついた。自殺に見せかける。睡眠薬で眠らせたところ、首を拘束して窒息死させる。首にロープを巻いて引っ張り窒息死させた後にクローゼットの棒部分にロープを巻いて宙吊りにさせれば良いだろう。大体これで間違いなく殺せる自信があった。

ネット通販でSMクラブで使う拘束用のロープを買った。

後、メンタルクリニックで眠れないと嘘をついて、きつい睡眠薬を多めに処方された。

雅也に媚を売って誘惑する事にしたので早速電話営業でもするしかない。

「雅也?この前はごめんなさい」

「何だよ?何があった?」

「雅也、俺の女になれよって言ったじゃん?」

「それで?」

「追い出したりしてごめん」

「いや。別に気にしてねー。俺と遊びたいの?」

「うん…夏美に秘密だよ。約束出来る?」

「大丈夫。絶対言わない。じゃあ、今来るか?俺の家に」

「本当?行きたい。東京来てから雅也の家に行った事無いし。行きたい」

「タクシー代あるか?」

「あるよ。大丈夫」

「じゃあ、21時に来て」

「分かった。今から準備するね」

それから、私はメイクを始めて着替えてタクシーを呼んだ。

タクシーであっという間に雅也のマンションの近辺まで来て降りた。

エントランスでインターフォンを押したら、オートロックを解錠してくれた。

エレベーターで上がり雅也の部屋に入った。雅也は笑顔で機嫌が良かった。この人をいつか殺すのかと頭を過ると私の脳はその邪念をシャットアウトした。

今は恋人気分を味わう為に遊んでいるのだと集中する。

「座りなよ。今お茶持ってくる」

「ありがとう」

私はソファに座った。

「やっぱり俺達、高校の仲間だもな。仲良くしよーぜ」

「うん」

雅也がお茶をコップに入れてテーブルに置いた。

「俺は結構早苗好きだよ」

「私は夏美の事…」直ぐに話を雅也が遮断した。

「その話はタブー。俺の家だよ。夏美の事は忘れて」

正直ムカついていたけど我慢した。顔に怒りが出てしまっているのが雅也に伝わってるのが分かるから誤魔化す為の言葉を考えた。

「雅也はカッコいいからセックスできる」

「ハハ」二人共笑ってしまった。

「早苗も美人じゃん。あっ可愛い系か」

「ありがとう」

「早苗、夕ご飯食べた?」

「いや。不規則なんだよね」

「風俗嬢だもな。何か食う?」

「うん」

「ピザ注文する?」

「うん」

雅也は携帯でオンラインの出前注文をした。

暇つぶしにテレビを見ていた。格闘技の番組を雅也は見ている。

つまらない。私に強制性交した夏美のDV男の家にいる自分が可哀想になってくる。仕方なく格闘技のテレビに夢中な雅也に気を配るしかないか。

「この人有名人?」

「あぁ。日本で一番強いんじゃない」

「へぇ〜そうなんだ」

しばらくテレビを見ていたら、インターフォンが鳴って雅也がピザを受け取りに玄関に行き、テーブルに出来立てのピザが置かれた。

「食おうぜ、早苗」

「頂きます!」

雅也は、忘れ物を取りに行くかのように冷蔵庫を漁っていた。

ビールがテーブルに置かれる。

「ビール飲むよな?」

「うん。ありがとう」

二人でビールとピザを食べ飲みしていた。

「照り焼きピザ美味いね」

「こっちはじゃがバター」

二つのピザを堪能して気分が良くなってくる。ビールでほろ酔いになってくる。

「雅也、専門学校ってプログラミングとか?」

「そうだよ」

「友達出来た?」

「まぁね」

「早苗、風俗嬢稼げるか?」

「そうだね。頑張れば稼げるよ」

「どういうプレイか俺に教えてくれよ」

「良いよ。後でね」

「見なよテレビ。格闘技嫌い?」

「いや。別に。こういう締めたりするの何て言うんだっけ?」

「グラップリング」

「あっそれそれ。プレイで、SMとかなら絞め技あるよ。私は興味無いけど」

「あ〜そっち系?お前好きだろ早苗」

「お前って言った…」

「駄目?」

「いや…」

私は先にシャワーに入る事になり、歯磨きしてシャワーを浴びていた。すると雅也が裸で入って来た。

「ビックリした〜」

「俺が洗ってあげるよ」

雅也が私の局部に泡を手にヌルヌル洗ってくれてるというよりはふざけてイタズラ感覚なのだろうけど気持ち良いから嬉しい。

「くすぐったいっ!」

「動くな。洗えないだろう」

雅也は丁寧に私の体を泡まみれにして洗ってくれているのでじっとしていた。

キスをしてきた雅也に媚を売る為に舌を絡めてキスを繰り返した。

「雅也…と早くしたい…」

シャワーから二人共上がるとタオルを使い裸のままベッドに行った。

雅也が私を横にさせ覆いかぶさるように私の体の上に来た。そのままキスを始めた。私の口の中に雅也の舌が挿入され歯までペロペロされて息が粗くなる。私の乳房に雅也が口を付けて吸い出す。喘ぎ声を我慢していたら、雅也はより一層速く乳首を舐めたり軽く噛んだりを繰り返し私の声と吐息は漏れていた。下の方も雅也が手で触っていると濡れた音が響いた。

私も起き上がり雅也の胸に口を持っていき乳首を舐める。雅也の耳元にキスをしたりアソコを手でピストン運動させて、やがてフェラチオをしていた。

「あぁ、あんまり速くするとイキそうになるから…」

「そう?」

私は股を開きセックスアピールをした。雅也が迫って来る。快楽に溺れた情けない男のアレはガチガチに立っていて私のアソコに当ててビクビクさせて焦らしている。

「あっ…はい、入っちゃった」

「あ〜生で入ってる…」

雅也が正常位で腰を振るたびにパンパンと響く。雅也の体に圧迫されキスをされて腰から下はヌルヌルにされてしまった。

今度は雅也が仰向けで寝て私が股間にまたがり騎乗位の体勢でセックスしていた。

いきなり雅也が「イキそう」と言ったので、腰振りを止めた。

「早いよ〜雅也」

「あっ大丈夫。治まった」

また私がパンパン腰を立てに振って雅也を独り占めにする優越感に浸る。

「夏美と私、どっちが好き?」

「はぁ…早苗だよ」

「ホント?」

私はアソコを強く奥に到達するように腰の体勢を曲げてズボズボ押し付けお尻をパンパンした。雅也が私のお尻を掴み上下に振ってもてあそぶと私もイキそうになる。

「あっ…いっちゃう」

雅也は自身の腰を強く私のアソコに打ち付ける。

「あっいく」

私のアソコから雅也はアレを取り出して射精していた。

「あ~いっちゃったね。私もいった」

「シャワー浴びない?」

「良いよ。一緒に?」

「あぁ」

雅也の背中とお尻を見ながらお風呂場へ歩いていた。

風呂場に入り胸から下をボディソープで埋め尽くす。それをシャワーで一気に洗い落とす。雅也は下半身だけボディソープで洗っていた。

そのまま夜が明けるまでは眠っていた。不規則な生活のせいか4時半頃に目を覚ました。雅也は隣で眠っている。薄暗い部屋の中で電子タバコを吸っていた。自分のバッグの中身を確認していた。雅也に対して嫌疑の目を向けている事は確かに自分の心にある。信用問題以前にこの男にされた強制性交や夏美にDVしている事は忘れるわけがない。昨日のセックスは最高かもしれないのはこの先、楽観視できる未来が見通せる優越感かもしれない。

雅也の部屋をチェックしていた。現場となるクローゼットの棒部分に手をやり耐久性を確認したが強度で十分人が首吊り自殺できる事が想像できた。私がフラフラ歩いていたら、雅也が目を覚ました。

「あっ起きた?」

「おはよう。何時?」

「5時くらい」

「まだ寝るわ」

「じゃあ私、先に帰って良い?」

「良いよ、あっ鍵閉めるから玄関まで行くわ」

私はバッグを持って玄関まで行った。

「今日はありがとう。昨日のピザごちそうさま」

「うん。じゃあな」

手を振って雅也の部屋を後にした。エレベーターで降りてエントランスを出てまだ薄暗い外を歩きながら国道に出る。タクシーは直ぐに見つかった。手を上げて乗り込む。

家に帰り罪悪感を感じでいた。というのも夏美の彼氏と楽しんだという事に付け加えその男を騙してハニートラップのような事をしているからだ。とりあえず安定剤と眠剤で眠って仕事も休む事にしよう。変な夢を見た。夏美が泣いているけど私は笑っている夢だ。目の前に雅也の死体があるから夏美は大泣きしているけど私は笑いを堪えてお腹が痛そうにしている。目が覚めたら夕方だった。何か食べたいと思い冷蔵庫辺りを見渡す。たまにはカップラーメンでも食べるかと思い湯を沸かしていた。夏美からメールが来ていた。剛に雅也のDVの事相談してどうなったか進展を教えて欲しいとの事だった。私は剛に相手にされなかったとメール返信した。もう雅也の事は無視しようとメールしたが雅也はスペアキーを持っているから、二人でルームシェアできる安全な物件を探して引っ越そうとメールした。それに対して夏美も同意してくれた。

賃貸マンションの不動産屋の店に夏美と私はいて、担当のスタッフの方が説明をしてくれている。

「2LDKでオートロックにエアコン、鉄筋コンクリート、エレベーター、近くにスーパーやコンビニだと、この資料渡します」

「ありがとうございます」

「因みにこれから物件の内覧ご希望ですか?」

「はい。行きたいです」

「では、車の方準備しますね。ついて来てください」

私達は店から出て近くのパーキングに停められている不動産屋のスタッフの車に乗り込んだ。

内覧物件のマンションに着き近くに車を停めてエントランスに入った。

「10階建ての最上階ですね」

「最上階なの?ラッキーだね。早苗」

「うん。来て良かった」

エレベーターに乗り3人共黙っていた。でも部屋の鍵を開け中に入ると私も夏美もテンションが上がりトイレやバスルームを見て回っていた。

「綺麗!」

夏美は納得しているらしい。間取りも良いし部屋は綺麗で外の景色も良い。

「新築ではないですよね?」

「はい。築7年です」

「でも全然良いよ。ねぇ夏美?」

「うん。気に入った」

エアコンを作動させてみた。

「エアコンは新品ですよ」

「そうなんですか?良かった〜」

近所にはスーパーやコンビニがあり便利な立地である。電車の駅までも徒歩10分圏内。

「この物件申込みしたいんですけど」

「分かりました。こちらが申込み用紙です」

私達はその場で申込み用紙を記入して不動産屋のお兄さんに渡した。

申込み物件の管理会社の審査は通り、直ぐに引っ越しの準備が始まっていた。これまで夏美と私が住んでいたマンションは契約解除になり新しいマンションの契約が結ばれた。引っ越し業者に私達は同行して新しいマンションを出入りしていた。

電気ガスの契約も済んでいた。

家具家電や段ボールが山積みになった部屋で引っ越し業者はいなくなり夏美と二人っきりになって出前の弁当を食べていた。

「今日からルームシェア宜しくお願いします」

「こちらこそ」

二人共微笑して唐揚げ弁当を食べていた。

夕方になり段ボールの中身の整理が進み家具家電も設置して一段落ついた。

「汗かいてきちゃった」

「シャワー入って良いよ。後はやっておくから」

「ありがとう、早苗。いやまだ頑張る。私の私物だから。自分でしなきゃ」

「偉いっ」

一日かけて引っ越しの整理は片付いた。古いマンションの掃除も終わらせて区役所の住民票関係も手続きは終わらせた。

朝起きて、先ず夏美がいるという違和感がとても幸せに感じた。

夏美は女子大生だから今が一番可愛いというか美人なお姉さんだ。

「あっ。起きた?」

夏美が目をかすめてこちらを伺って時計の方に目を向ける。新品の時計の針は8時15分を指している。

「朝か〜変な夢見た」

「どんな?」

「高校の…忘れた」

朝食はテーブルに置かれ私と夏美は椅子に座る。目玉焼きとトーストにコーヒー。

「はぁ~美味しい」

「ねっ」

「今日は学校だ」

「私も仕事だった」

夏美が学校に行って私一人の部屋に虚無感を覚える。

いつからだろう。正直死にたいと思うようになったのは。高校生の時は清々しいマインドで毎日が楽しかった。メンタルクリニックの医者にも死にたくなる事は伝えて自傷行為の事も理解されている。

雅也を殺して夏美と一緒になる夢の果てには自殺という心の闇が見えている。私はそれを知っていて雅也を殺害し夏美まで巻き込もうとしているのは流石に罪が重いだろう。そんな事を考えていても今日を生きなくてはならない。本心は分からないが自殺願望なんか捨てて、私と夏美の未来の為にお金を稼がなければならない。


今日も私は化粧をしてお客様のおもてなしに精を出していた。

その方は良いお客様だった。 

地方から出張で東京に来ていてわざわざ私を指名する為に数日前から予約していた。地方のプレゼントを私に渡す為にホテルの部屋にお菓子が置いてあった。プレイをするのかと思ったら、只お話をするだけで良いとの事でそのお客様に優しさを感じた。

プレゼントは受け取り、風俗のサービス料金も受け取り私はお客様に何が出来ただろうと不安になったが、渡した名刺を喜んで受け取っていたので安心した。

今日の仕事は楽しかったしプレゼントまで貰えてラッキー。私が帰宅した時には夏美は既に家にいて落ち着かない様子で携帯を睨んでいた。どうかしたのかと思い尋ねてみた。

「夏美?何かあった?」

「雅也がどこにいるか教えろって」

「それで?」

「無視している」

「もう、あいつどうでも良いじゃん。どうせ見つけられないよ。ウチラの場所。てかマンションバレた所で入れないよ」

「最悪、探偵とか使いそう。雅也」

「大丈夫だよ、夏美の事は私が守るから。さっご飯食べよ」

「私がカレーライス作ったの。温めて食べよう早苗」

「おー夏美。やるじゃんカレーライス。私もねお客さんからプレゼント貰った。お菓子。夏美も食べてね」

「うん。ありがとう」

二人でカレーライスを食べていた。じゃがいも、牛肉、玉ねぎ、人参。シンプルだけど凄く美味しく感じるのは好きな人と一緒に同じ物を食べているからかな。

「二人っきりになれて嬉しい。私、高校生の時から夢見てたんだ。こういう風に夏美を奪えるみたいな」

「奪うって」と夏美は微笑した。

「夏美のカレーライス美味しいね」

「うん」

「私、思うんだけど雅也が邪魔してきたらって考えて。逃げるしかないじゃん。例えば海外とか?」

「海外は嫌だ」

「ストーカーだよアイツ。しかも刺されたりしたらどうする?」

「そういう話は結構です」

「ごめん。夏美。お代わり貰って良い?」

「どうぞ」

カレーの鍋を開けて皿に盛る。湯気が鼻に付き食欲をそそる。

ダイニングテーブルに皿を置き夏美と向き合ってカレーライスを口に運ぶ。

「じゃあさ、夏美はどうやって雅也と絶縁するの?」

「分かんない」

「もしかして、よりを戻すとか考えてないよね〜?」

「そんなわけないじゃん」

少し夏美が眉間にしわを寄せて怒り口調だったので私は優しく言った。

「ごめん」

私は食べ終わった皿を夏美の分も含めてキッチンに持って行き皿洗いをしていた。夏美はネットゲームをしている。どちらが皿洗いする当番かは決めてないけど雰囲気に任せて皿洗いを私か夏美のどちらかがする暗黙の了解がある。

この生活を続けているとたまにお互いムカつく事もあり、私が無視したり雅也の話題で夏美が私に暴言を吐く事もあった。理由は私には分かる。雅也の事をまだ引きずっている夏美がいた。忘れられないらしい。言葉にはしないものの雰囲気で分かる。

ある日、夏美の携帯をこっそり盗み見た。

雅也とメールしている事が分かった。かなりムカつくが問題は夏美が私と一緒に暮らしている事とマンションの住所を雅也に教えていた事だ。私が雅也に何をされてもおかしくない状況を夏美が作った事は許されない。携帯をこっそり盗み見た事は言えないが雅也を殺すという選択肢は確定となるだろう。

それから3日も経たず雅也から連絡が来た。会いたいとの一言とどこに引っ越したのかというメールだった。住所知っているくせに何で私にも聞いてくるのコイツと思ったが冷静に答えた。

「私は夏見と付き合ってるけど雅也の事も好きだから会っても良いよ」

とメールした。そう言えば、きっとコイツはバイセクシャルなお前をもて遊んでやるくらいのノリになるんじゃないかと期待した。案の定直ぐに会いたいと言われた。

「夏見とは会ってないの?」と確認してみた。

「あぁ。夏美は早苗と恋人関係だから俺とは会わないらしい」

ここで雅也とコンタクト取って、会っておけば雅也は夏美に手を出せなくなるかもしれない。チャンスを逃すな。いつ会うか聞いておこう。

「いつ会う?」

「今は?」

「ん〜良いよ」

急いでシャワーのお湯ボタンを押して部屋着を脱ぎソファーの上に部屋着を置いて歯磨きの準備も同時進行で行いお風呂場の横のシャンプードレッサーの前で必死に歯を磨く。それが終わると全裸でお風呂場に入りシャワーを全開にして一気にお湯を流すと私の髪から足の指まで温まるようにシャワーに当たる。そしてボディソープが付いた泡だらけのシャワータオルで全身を擦り、髪の毛にはシャンプーをたっぷり乗せてゴシゴシ洗う。最後にはシャワーで頭から足の爪先まで洗い落とす。

お風呂場から出て鏡の前で全裸の私は頭や体の水滴をバスタオルでゴシゴシ拭き取る。洗面台に置いてある化粧水と乳液を手に取り顔に塗る。その後はブラシで髪の毛をブラッシングして毛を滑らかに伸ばす。ドライヤーの温風の強弱を調節しながら頭に満遍なく当てながら乾かしていく。最後に冷風を浴びせて終わりだ。髪の毛を乾かしたらそのまま下着を着てリビングに歩いて行く。クローゼットから秋用の服を何着か手で触りどれにするかチェックして、これだと思ったデニムとパーカーを取りそれらを着る。テーブルに置かれたメイク用のスタンドミラーの前に座りコスメポーチを開けて手でオールインワンのBBクリームを取り顔全体に塗る。アイブロウやアイライナーを使い目元を綺麗にしていく。リップを塗ってメイクを終わらせた。

もう一度雅也に電話をしていた。

「雅也?今日泊まっちゃ駄目?」

「俺の家にか?ラブホとかは?」

「いや雅也の家が良い」

「分かった。良いよ」

「じゃあもう少ししたら行くね」

「はーい」

スーツケースを用意した。睡眠薬はいつでも使えるようにデニムのポケットに入れた。雅也を殺害するロープも洋服の中に丸め込みスーツケースの奥の方に隠し込んで入れた。後は自然に誤魔化す為に大人のおもちゃなどエログッズを入れたりすれば風俗嬢っぽくなるから雅也も喜ぶだろうと予測できる。

玄関から外に出て待たせているタクシーに乗る際にスーツケースはトランクに入れてもらい行き先を告げてシートベルトをした。失敗したらどうしようと頭を過るが絶対に殺害すると覚悟を決めていた。

直ぐに雅也のマンション前にタクシーは止まり料金を支払いスーツケースを地面にゴロゴロ引きながらエントランスに入る。インターフォンを押すと雅也が出てオートロックが解錠され中に入る。エレベーターで上に上がり玄関前に着いてインターフォンを再度押す。雅也が出て来て私が扉を抜ける時、スーツケースを見て意外な表情の雅也はこんなに持って来て何日も泊まるのか?と聞いてきたので軽く会釈するように頷いた。

「泊まるのは良いけど、彼女かよお前」

「夏美に秘密だよ」

スーツケースはここに置いてとリビングの端に置かせてもらった。雅也はイケメンで良い女に目を付けられそうだから私が手を付けて管理しておくと言うと馬鹿じゃねーのお前と笑われた。

「スーツケースに何入ってるんだよ。見せろ」

私がスーツケースの鍵を開けて中身が見えるようにケースを開けると。

「アダルトグッズかよ。流石デリヘル嬢」

私はプロだからね〜任せて雅也と言い、その前にお腹空いて元気出ないとアピールして美味しい物食べさせてとお願いした。

「出前、オンラインで調べるから」

雅也は携帯で出前のサイトを見て中華、洋食、和食どれが良い?と聞いてくるので洋食と答えた。

「ビーフステーキ良いんじゃない」

私は雅也の携帯の画面に映るステーキの写真を見て良いね、これにしよ。と促した。

注文してから二人でイチャイチャが始まっていて雅也の膝に私は頭を乗せて手と手を握って遊んでいた。

「音楽かけて」

雅也は、携帯をいじり何が良い?と聞く。携帯のスピーカーからロックやポップミュージックが流れる。

「あっこれ聴く」

雅也は私の髪を撫でている。少し眠くなって黙っていたらインターフォンが鳴って雅也が出前を取りに行った。

テーブルに置かれたステーキ弁当を前によだれが出そうになり二人で頂きますと手を合わせた。

睡眠薬の粉末をどのタイミングで雅也のドリンクに入れるか集中して気を張り詰めていた。雅也のウーロン茶のコップを横目で見てトイレに行かないかな〜と待機しながらステーキを食べているとステーキをいつものように味わう事が出来ない。

二人共ご飯を食べ終えたが雅也がトイレに行く気配はないままリラックスしている。このままセックスに突入すると殺すチャンスを逃す可能性が高まる。

だがチャンスは来た!雅也がパンツ1枚になって洗面所に行き歯磨きしている。

ウーロン茶は残っていて私は緊張で胸が張り裂けそうになりながらポケットから出した小袋から粉末のフルニトラゼパムという睡眠薬を雅也のウーロン茶のコップに入れてストローでかき混ぜた。小袋はポケットにしまい何事も無かったようにテレビを付けた。電子タバコを吸いながら落ち着きを取り戻していた。

本当にこれが事件になってテレビで報道でもされたら一生後悔して刑務所から出てこれないかもしれないと頭を過る。だが無性に成功する自信が私にはあった。

雅也がシャワーを使い始めているのが分かる。水の音が強く伝わる。セックスする気満々なのだろう。これまで私への強姦や夏美に対してのDV、その罪の代償を払ってもらおう。

雅也がシャワーから出て来て早苗も入る?と聞いてきたので入る準備をした。私がシャワー入っている間にウーロン茶を飲んでもらう作戦だ。私は脱衣所で裸になり風呂場に入った。シャワーを体だけに当てて一応ボディソープで全身泡だらけにして洗い流す。今頃ウーロン茶を飲んでいるかなあと想像しながら風呂から出て脱衣所のバスタオルを手に取り体をふく。下着を付けてリビングに行くと誰もいない。

「雅也?」

寝室を見ると雅也がパンツ1枚でベッドで寝ていた。フルニトラゼパムが効きすぎているのが分かる。普段精神薬を飲まない人が飲むと意識を失うまで10分かからないのは身を持って知っている。私は雅也にキスしてみたが反応が無いから軽くビンタしてみたけれどやはり反応が無い。スーツケースを取りに行き寝室で中身を取り出してロープや鞭、大人の玩具をベッドに置いた。このロープで首を締めて殺し、クローゼットにロープを巻いて雅也を宙吊りまで持ち上げた死体にすれば、雅也は自殺として処理されると思う。そうしたら夏美との生活を誰にも妨害されず自由が手に入る喜びでテンションが上がる。

意識の無い雅也を殺す為に首にロープを巻こうと思った瞬間の出来事だった。

突然インターフォンが鳴った。ヤバい!

確認する為に玄関まで走った。モニターを見ると夏美が立っていた。嘘だろう!?これはヤバい事になったと焦っていたら玄関の鍵の解錠する音が響いた。スペアキーか!夏美が入ってきた。

「雅也ー!?」

私と夏美が対面した瞬間、冷や汗と憤りが二人の間で衝突するのが分かった。

「何で?早苗ここにいるの?」

「私は…ちょっと…」

言葉が出なかった。

夏美は私を無視すると同時に私の肩に肩をぶつけてリビングに入って行く。

「雅也!?」

寝室のベッドルームに夏美が確認に行くと大きな声を出した。私も寝室に駆け込んだ。

「雅也!大丈夫!?」

ロープやムチ、大人の玩具が散乱している中、雅也はパンツ1枚で意識が無い。夏美が雅也の胸や顔を叩き雅也は意識を戻し、はぁ!と目を覚ました。

「何だ?夏美?」

雅也が夏美を見て私にも視線を送る。

「早苗!どういう事!?これ」

夏美が怒って私を睨む。

「SMプレイだよ。ねぇ?雅也」

「SMプレイ?何だこのロープと玩具。…ムチ?早苗何した?」

雅也が眠そうに私を見る。

「だから、SMプレイだって。ロープはよくあるじゃん。拘束したり。鞭で叩いたり。玩具で雅也が気持ち良すぎて気絶したの」

「片付けろ早苗」と雅也が気まずそうに言った。

すると夏美が発狂して置いてあったムチを手に取り私を叩き出した。

「変態女!絶交だ。てめー」

「痛い!!痛い!!」

私が手で顔を覆いガードしてる状態でムチ打ちの刑になっていた。

「やめて!夏美!」

「早苗!土下座しろ!」と夏美が言う。

鞭打ちは止まらないので私は直ぐに土下座した。

すぐに鞭打ちの刑は終わり夏美はムチを放り投げ、落ち着きを取り戻した。

私はロープや鞭、大人の玩具をスーツケースに入れていく。終わったと確信した。もう雅也の部屋には来れないだろう。何故なら夏美は雅也の女として引き裂く事は出来なかったからだ。

夏美が雅也に怒り出した。

「何であんた早苗とセックスしてんだよ」

雅也は眠そうに頭をフラフラさせ聞いている。

「帰れ!!二人共。眠いんだよ」

「早苗と浮気してたの!?信じられない」

私が口を挟んだ。

「夏美と雅也は別れたって聞いたよ」

「別れたって一時的にだよ。人の彼氏奪っておいてよく言うね」

雅也が怒って言う。

「俺は誰とも付き合ってない。お前ら二人がカップルだろ」

私は泣いているフリをして夏美に抱きつくが跳ね返された。

「邪魔だよ早苗。もうアンタいらない。シェアハウスからも出て行ってね!雅也!私は雅也の彼女だから一緒にいよう」

夏美が雅也に抱きつきイチャイチャしているから私はスーツケースに自分の私物を入れて帰る準備が整うと夏美に罵倒された。

「早苗!二度と来るな!次来たらぶっ殺すから!」

私は泣きながらその場を後にし玄関まで歩いて行った。

雅也は半分寝ていて夏美が横でキスしていた。私はエレベーターでエントランスまで来て外に出た。涙を手で拭き取りスーツケースを引きずりながら街中を歩いていた。今回の件で、もう人とは関わりたくないと思う。タクシーすら利用しないで帰ろうと思う。ゴロゴロというスーツケースのタイヤの音が響き早朝の寒さに身を包みながら歩くとカラスが元気良く歩き回っているのが目に入る。雅也を殺さずに刑務所に入る事にならず終わったのは夏美に感謝だ。これから一人っきりのいつもの生活が待っている。もう夏美ともお別れだろうと思う理由は、さっき夏美が雅也とよりを戻している光景を見て夏美は私より雅也を取ったと分かったからだ。

雅也の家から歓楽街までは歩きで30分くらいか。スーツケースを引きずったまま歩いて歓楽街に差し掛かったら、ゴミが散乱してカラスが道ばたを歩いている光景が目に入る。カラスの餌は生ゴミで見ているだけで気持ち悪くなる。一応対策としてゴミ置き場全体にネットの網をかけているがカラスの方が頭が良いのかネットの網を退かして荒らしている。

私もカラスみたいな人生になりそうで恐いが自由気ままな人生なら良しとするだろう。

女一人で朝ご飯を何にするか考えていたら牛丼屋チェーン店の前で立っていた。

中に入ると椅子に座り店員さんがオーダーを取りに来たのでさり気なく言った。

「牛丼、並」

自分意外の客は男ばかりの中、直ぐに出来立ての牛丼が運ばれてテーブルに置かれる。牛丼のタレがご飯に染みて食欲をそそる。

この東京の街にいる意味を見出だせずに何となくフラフラ生きているのも辛くなってきたので仕事を辞めて地元の実家に帰ろうと思う。

牛丼屋から出てこの街とも最後になるであろうから記念に何かしたい。携帯で自撮りをするのに最適な場所を探していたが見つからないので、自宅に帰る事にして地下鉄に乗り込んだ。

車両にスーツケースを持っているのは私くらいでOLやサラリーマンが携帯に目をやりながら乗っている。私は車両の上にある広告の大学のオープンキャンパスに視線がいってぼんやり眺めていたら降りる駅に着きスーツケースを転がすように移動して下車した。改札を出て少し休みたくなりベンチの横にある自動販売機の前に立ち栄養ドリンクを買った。

時計を見るとまだ午前7時30分。ドリンクを飲みながら人の行き交う光景を目に入れていた。夏美との決別にまだ心が追いついて無くて放心状態が続いている。立ち上がって家に帰る道を歩いていた。

夏美とルームシェアしてる部屋に入り鍵を開けて中の電気を付ける。とりあえず部屋着に着替えてベッドに寝る。

変な夢が襲ってきて起きようと体が動いている感覚はあるものの起き上がれない。思い出すのは今日、雅也に対して睡眠薬を飲ませ殺人未遂の罪を犯したという罪の意識だった。神様ごめんなさいと心で謝罪したら体が動いて起き上がった。時計を見ると30分しか寝ていなかった。

無気力と虚無感に襲われるのが恐い。仕事にも行きたくない。人間社会から弾き飛ばされたような感覚だ。鬱病が悪化している。薬を飲まなくちゃ生きていけない。リストカットはもう止めたけど薬の軽いオーバードーズは再発しそうだ。クリニックに行った方が良いのか?いざという時薬を多めに飲めるように錠剤のストックを作る為に飲まないで保存してる薬がある。だからクリニックには薬のストックを作る為に行ってる意味もある。

それにしても鬱病は怖い。自分が一人取り残されている気分で何も考える事や行動が出来ない。思いついて直ぐに携帯を手に取る。店に鬱病が再発した事で地元に帰って休養を取る事で仕事を辞めたい旨を伝えたらすんなり、お大事にと言われ風俗の仕事を辞める事が出来た。

何かすっきりした気分になり親に連絡を入れようと思う。

携帯を手に取り電話した。

「お母さん?元気?」

「早苗。久しぶりだね。お母さんは元気だよ。早苗は?」

「私、ちょっと体調悪くて仕事辞めちゃった。で。実家に帰って良い?」

「大丈夫?実家にはいつでも帰って良いよ」

「ありがとう」

「メンタルクリニックには行ってる?」

「うん。でも地元のクリニックにまた行く事になると思う」

「そっか〜」

そういう訳で親と話をして地元に帰る事になった。

さっそく部屋の片付けを始めていた。引っ越し業者に段ボール貰わなきゃ。必要な物はそっとしておいて捨てる物をまとめていた。

そうしているうちに涙が溢れてきた。夏美を許せないと。

「夏美を許せない」

口から言葉が溢れた。涙がボロボロ出て抑えられない衝動に駆られ、台所に走り包丁を手に持ちリストカットをしてしまった。

手からは血が溢れる。

そして次に出た言葉は

「夏美を殺してやる」だった。

携帯でタクシー会社に電話していた。

「今から一台お願いします」

カバンに包丁と財布と携帯を入れてマンションのエントランスに向かった。

タクシーは既に待機していた。行き先は決まっている。まだ夏美がいるであろう雅也の自宅だ。

気づいたら雅也のマンションのエントランスにいた。

インターフォンを鳴らしたら、応答があった。「早苗、忘れ物取りに来た」

オートロックが解錠された。

玄関まで急いだ。

玄関のインターフォンを鳴らすと夏美が姿を見せた。

私は興奮してアソコが濡れてブルブル震えて声を出すのが精一杯だった。

「入って良い?」

「なーに?忘れ物って。面倒くさい女」

奥から雅也も出て来た。

「リップ忘れて」

「そんな物の為に何なんだよ!」と雅也が言った途端、私は玄関に入りカバンから包丁を取り出した。

雅也と夏美が慌てて「やめろー!」と言った。

だが、私の包丁は夏美の腕を切りつけていた。

「夏美!許さない!裏切り者!」

夏美と雅也はリビングに逃げた。

私は走って追いかける。

バタバタ暴れている3人が発狂していた。

夏美が転んだ瞬間、私は夏美の心臓に包丁を突き刺していた。

そこで雅也がマンションを飛び出して逃げて行くのを見ていた。

夏美は意識不明の状態で私が体を押さえつけて心臓を何回も包丁で刺していた。

「夏美。ごめんね。これで私の物になった」

私は夏美にディープキスをして夢中になっていた。

するとパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。もはや誰も怖くない。誰も邪魔できない。私と夏美の恋愛を誰にも妨害させない。だから警官が来るまでひたすらキスをした。

やがて部屋に警察官が入って来て、私は現行犯逮捕された。救急車も来ていて夏美は担架で運ばれて行った。もう助からないだろう。あの子の最後の記憶は私だ。

私は気づいたら留置所に監禁されていた。人生が終わるとはこういう事なんだなくらいにしか思っていない。

留置所の警官が私の檻の近くに来て話してきた。

「弁護士が来ている。出なさい」

私はまた手錠をされ連れて行かれる。本当の犯罪者として。

面会室には私と弁護士が対面していた。

弁護士は口を開く。

「精神鑑定をしましょう」

私は笑っていた。

「何がおかしいんです?」

「ハハハ。最近性欲が凄いんですよ。夏美を殺して、性に目覚めたんです。死体とキスするって凄く興奮するの」

弁護士が遮る。

「あのーちょっと待って君。精神科の薬飲んでるよね?留置所でも」

「ハハハ!うるせーハゲ!」

頭の毛が薄くハゲている弁護士が姿勢を崩し疲れた表情で私を見て落胆している中、私は笑いを堪えて足をジタバタさせていた。

留置所の鉄の壁で外界から閉ざされ塞がれた空間に私の笑い声がこだまして響き渡っていた。弁護士の目には悲しく哀れな女が異常者として映っていた。


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