痛くて、重くて、苦しくて、悲しくて

梅ノ木桜良

痛くて、重くて、苦しくて、悲しくて

 三年間付き合っていた彼氏と、別れた。




 三年。中学校や高校に入学してから卒業するまでと同じ時間。大学なら入学してから就活を本格的に始めているような時期まで。バイトならベテランになり、職場でもちょっと先輩らしさが出てくる頃。




 それくらいの時間を私は彼とともに過ごしていた。




 それなのに。そのはずなのに。




 別れはあまりにもあっけなかった。




 彼からかけられた最後の言葉はたった一言。




「別れたい」




 ただそれだけ。




 その一言だけなのに、誰にも何にも有無を言わせないような重みと威圧感があった。




 私は何も言えず、ただ頷くことしか出来なかった。




 私が首を縦に振るのを見た彼は、テーブルにコーヒーの代金だけ置いていくと身を翻して去っていった。




 この後、家に帰るまでの道のりは今までで一番長かった。




 彼に呼び出されたことに浮かれて着たとっておきのワンピースも。去年の誕生日に彼にプレゼントされたネックレスも。最近買って今日初めて履いたヒールも。




 こうして見ると全てが滑稽だった。




 何に浮かれているのだろう。




 何を一人ではしゃいでいるのだろう。




 なんで今がこれからも続くと錯覚していたのだろう。




 何を信じて来たのだろう。




 なんで彼を好きになってしまったのだろう。




 この三年という年月が恋愛において長いのか短いのか、私には分からない。




 ただ、少なくとも、彼と私の三年間は濃くて甘い幸せなものだったはずだ。




 私はそう思っていた。




 彼と別れるなんて考えてもいなかった。それどころか、将来について真剣に考え始めたところだった。




 それなのに。




 暖かくて優しい世界がここまで脆かったとは。




 一言で、一瞬で、終わってしまった。




 たったの一突きで壊れてしまった。




 私たちの関係は、二人でこれまで紡いできた時間は、彼にとってはその程度のものだったのだろうか。




 もしそうなのだとしたら。




 こんな関係、初めからなければよかった。




 彼のことなんか好きにならなければよかった。




 こうなると初めからわかっていたならば、恋なんてしなかったのに。




 …………………………。




 ……いや、違う。




 私はきっと、こうなる未来が視えていたとしても、彼を好きになっていたのだろう。




 私にとって彼は、運命の相手に等しい人だった。




 一緒にいるだけで楽しくて、幸せで、癒されて。




 もしこの世の全てが崩壊したとしても、彼さえいてくれれば何もいらなかった。




 そう、思っていた。どうやら彼は違っていたみたいだが。




 どうして彼と別れることになってしまったのだろう。




 せめて、なぜ別れたいのか理由くらい教えてほしかった。




 理不尽でも、納得出来なくても、何も分からないよりは教えてもらえていたら。




 少しは別れた事実を飲み込めたかもしれないのに。




 心に穴が空いたような、という表現がある。




 しかし、今の私は心がそっくりそのまま無くなってしまったかのようだ。




 私の心はこの三年間、ほとんど彼で埋め尽くされていた。




 その彼が目の前からいなくなったのだ。




 私には、何も無くなってしまった。




 空っぽの「私」という人形だけがここに残っている。




 恋がこんなに辛いものだなんて、二十七年生きてきているのにこれまで知らなかった。




 痛い。




 苦しい。




 重い。




 悲しい。




 どうしようもなく、ただただ彼に会いたい。




 隣にいたい。




 なのに。




 求めている彼は、もういない。




 もう「彼」ではない。




「元彼」なのだ。




 ………………ああ。




 やっぱり。




 こうなるくらいなら、恋なんてしなければよかった。




 はじめから彼のことを好きになるんじゃなかった。




 恋なんてしなければよかった。




 もう、恋なんて――。

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