第2話
渋谷センター街には、複数のパトカーや救急車が殺到していた。
現場となったビルの一階入口付近にはブルーシートが貼られ、警備をするための制服警官が棒を持って立っている。
大勢の野次馬たちはスマートフォンをその現場へと向けながら写真や動画を撮ったりしているが、誰ひとり中で何が起きたのかといったことは知らなかった。
現場となったのは2階にあるカラオケボックスの個室だった。その個室はふたり客用であり、狭いスペースに椅子が二つと小さなテーブルがあるだけで、あとはカラオケの機械とモニターが場所の大半を占領している。
その個室の脇には青いプラスチック製のバケツと店の掃除用で使われるモップが置かれており、強烈な臭いがまだ残っていた。
「作業が終わったんで、どうぞ」
背中に警視庁と描かれたロゴ入りの作業着姿の男が外で待っていたスーツ姿の刑事たちに声を掛ける。彼らは警視庁第二機動捜査隊の捜査員たちであり、事件の初動捜査を行うのが仕事だった。
刑事たちは捜査員用の手袋とマスクを着用して個室へと入っていったが、すぐに若い男性刑事が個室から飛び出してきた。
飛び出してきた若い男性刑事はマスクを外すと、廊下に置かれていた青いバケツの中へと盛大に吐瀉物を撒き散らす。その後も、もう胃液しか出ないというのに、嗚咽をあげながら何度も何度もバケツに向かって吐くような真似をしていた。
「まったく情けねえな」
その様子を廊下の端から見ていた佐藤はぼそりと呟く。
佐藤は現場に入ることは許されていなかった。なぜなら警察関係者ではないからだ。ただ、第一発見者として簡単な事情聴取は受けていた。
「なあ、刑事さんよ。俺にも調べさせてくれないか」
「はあ? なに言ってんの、オジサン。おじさんは警察関係者じゃないでしょ」
「まあ、そうなんだけどさ。あんたたちよりも専門的に捜査ができると思うんだよ」
その佐藤の言葉に、事情聴取をしていた女刑事はやってられないといった顔をして見せる。
「こんなことを言ったらダメなんだけれどさ……。おじさん、頭、湧いてんの?」
うんざりしながら女刑事はそう言うと、座っていたシートから立ち上がった。
わたしだって、こんな訳のわからないおじさんの事情聴取をするんじゃなくて事件の捜査をしたいのに。彼女の顔にはそう書かれていた。
「あれ……。もしかして、佐藤さんじゃないですか」
事情聴取を終えて、順番待ち用のソファーに腰を下ろしながらスマートフォンを佐藤がいじっていると、佐藤は声を掛けられた。
「おお、やっと話がわかる奴が来てくれたか」
顔を上げた佐藤は目の前に立つ中年男の姿を見ると、嬉しそうに言った。
「中村隊長、このオジサ……この人のことをご存知なのですか?」
スリーピーススーツに身を包んだ中年男に女刑事が聞く。
この中年男は警視庁第二機動捜査隊の隊長で中村という男だった。
「ああ、知り合いだ。ここは私が受け持つから、君は現場の方を見てきてくれないか」
「わかりました」
やっと面倒くさい仕事から開放される。女刑事は嬉しそうに言うと、中村に敬礼をして現場となった個室の方へ走っていった。
中村と佐藤は女刑事が去っていったことを確認してからようやく口を開いた。
「どういうことなんですか、佐藤さん」
「これは俺のヤマなんだ、中村」
「今回の事件にはナイチョウが絡んでいるってことですか」
「まあ、そんなところだ」
「しかし、臓器が全部なくなった状態の死体とナイチョウってどんな組み合わせなんですか」
「それは知らないほうがいい。そうだろ、中村警部」
「しかし、部下たちを引き上げさせるのに、納得できる説明が……」
「黙って引き上げる。それだけで十分だろ。これは意地悪で言っているわけじゃないんだ。出来る限り、お前たちを巻き込みたくはない。それが俺の親心のようなものだ」
「わかりましたよ。現場はお渡しします」
中村はため息混じりにいうと、重い腰をあげた。
「悪かったな」
そう佐藤はいうと、中村の肩をポンと叩いて刑事たちが現場から引き上げていくのを待った。
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