囁きのオウムアムア
大隅 スミヲ
第1話
2017年10月、ハワイ・マウイ島の天文台で観測された一つの天体が、天文学界を揺るがした。
その恒星間天体は『オウムアムア』と名付けられた。ハワイ語で「遠方から来た斥候」という意味を持つその名が示す通り、それは太陽系外から飛来した史上初の天体であった。奇妙な軌道、信じがたい形状、そして未解明の特性。それは地球上の科学者たちを興奮させたが、その存在は徐々に人々の記憶から薄れていってしまった。
2024年12月、渋谷ハチ公前――。
東京という場所は人が多いというが、この渋谷という街は人だらけだった。特に若い男女の姿を多く見かけ、駅前のスクランブル交差点の信号が青になると、人々が一斉に横断歩道を渡りはじめる姿は圧巻ともいえる光景だった。
中央にハチ公像が鎮座する待ち合わせスポットには多くの人が居て、おしゃべりをしたり、スマートフォンの画面とにらめっこしたりしている。
その中にひときわ目立つ女性がいた。赤いスタジアムジャンパーを着た、青い髪の少女だ。五分ほど前から、ハチ公像の真正面に腰を下ろし、じっとハチ公像を眺めている。歳は十代後半から二十代前半といったところだろうか。顔立ちは幼くはないが、大人っぽい化粧をしているというわけでもない。青い髪は後ろで束ねるように結んでおり、足元はショートジーンズにタイツ、靴は星のマークのハイカットスニーカーだった。
あの
「ねえ、お姉さん。いま、ちょっとお時間ある?」
彼女へ近づこうとした佐藤の視界を遮るかのように、金髪頭の若い男が彼女の前に立った。刈り上げたマッシュルームカットで耳にはいくつものピアスがつけられている。服装は黒のセットアップでチャラチャラした印象があった。
少し様子を見るか。佐藤は近くの植え込みに腰を下ろし、彼女と男の様子を見守ることにした。
「お姉さんさ、ずっとここに座っているよね。もしかして、待ち合わせしてて、すっぽかされちゃった系?」
「……」
「実はさ、おれも約束をすっぽかされちゃったんだよね。すっぽかされちゃった者同士、仲良くしようよ。そうだ、カラオケでも行かない?」
「……」
彼女は何か珍しいものでも見るかのように男の顔をじっとみつめている。
男は彼女が喋らないでいるのをいいことに、ずっとひとりで喋り続けていた。
「ね、いいでしょ。お願い。一生のお願い」
両手を合わせて、彼女に対して拝むようなポーズを取って見せる。
そのポーズがよほど滑稽に見えたのか、彼女は吹き出すようにして笑った。
すると男は、何を勘違いしたのか嬉しそうな顔をして、彼女の手を取って立ち上がらせた。
「よし、じゃあ行こう」
ふたりが歩きはじめたことを確認すると、佐藤も腰をあげて、ふたりの数歩後ろをついていく。
男は彼女の手を引いてカラオケ店のあるビルの中へと入って行った。
佐藤ももちろん同じようにそのビルに入り、何喰わぬ顔をしてエレベーターホールでエレベーターが来るのをふたりと一緒に待った。
エレベーターが来ると彼女たちと同じ箱に佐藤も乗り込む。
カラオケ店は2階が受付であり、3階もカラオケ店のスペースとなっている。4階には居酒屋が入っていたが、男は2階のボタンを押していた。
佐藤はボタンを押さない。ふたりと同じ2階で降りるつもりだった。
50近いおっさんが、ひとりでカラオケをするのはおかしいだろうか。ふとそんな疑問が脳裏をよぎったが、気にしないことにした。
2階につくと、受付は順番待ちの客でごった返していた。週末ということもあり、店は繁盛しているようである。エレベーターを先に降りた佐藤は受付の待ちの列に並んだが、男はこの店の常連客なのか、片手をあげて店員に挨拶をすると、順番待ちの客を無視するかのように開いている部屋へと案内されていった。
佐藤が彼女と若い男から目を離したのは、自分の受付が終わるまでの数分間だけのことだった。
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