バーバリアンランナード
芸州天邪鬼久時
第1話 プロローグ
異様な光景だった。
周囲は血の海。
真ん中には神父がいて肉を焼いている。
その焼かれている肉は人間の太ももだ。
神父はギラギラと目を輝かせながら燃える肉の匂いを胸いっぱいに吸い込み味わい尽くすようにゆっくりと息を吐いた。
神父はこうなる前に私に言った。
「大丈夫だガリウス。君に食べさせてやる部分は何もないから」
私の心配そうな顔をよそに神父マーサがそう言った。
女のような名前をしているが男だ。
出会ったときに本名ではないということをほのめかしていたがその時私は彼の本名など気になったりはしなかった。
しかし、今の彼を見たら世の人々は口をそろえてこういうだろう。
悪魔
まごうことなき人食いの悪魔がそこにいる。
眉目秀麗のどこか異国の顔立ちをし、高級神父の恰好をした、人間の血と肉に飢えた悪魔がそこにいた。
「うん、そろそろ、いいだろう」
そうして人間の肉を刺した串を火の中から取り出して人肉にかぶりついた。
「うん、やはり何度食っても豚みたいな味がする」
と、言いながらも神父マーサは人間の太ももを頬張った。
常人の神経ならこの場で食事など不可能だし胆力の低い者なら食事を終えたものでなくても胃液を吐き出してしまいかねない光景だ。
しかし私もどうやら毒されてしまったようで、こんな光景の中でも山賊が村から奪ってきたパンを食べることができた。
こんな光景が私たちの日常になっていった。
山賊や盗賊や海賊を殺し続けるたびに、この神父はその者たちの肉を食らい続けた。
私は彼に助けられ、彼から弓と短剣の使い方を学びながら二人で各地の悪党たちを斃し続けた。
彼は圧倒的な力を持っていた。
全てにおいて長い剣のようなものを振るい、時にはそれを投げて獲物を仕留めた。
そんな彼はどうやら人間ではないらしい。
彼自身はゴーストと言っている。
だとするなら随分と俗なゴーストだ。
民謡を愛し、踊りを愛し、ワインを愛し、そしてなぜか聖書を読むことを欠かさない。
ただ見ていて面白いのは女にモテるくせに、女が苦手なようで、この間も町を一つ助けた際にジプシーに言い寄られていたが、どこか顔をこわばらせながら目を泳がせ助けを求めるように私を見つめていた。
人間嫌いなのかと思ったがどうやら子供や年寄りには親身になって話を聞くところは私の見た神父の中では一番の神父らしい人物ともいえる。
もはやこれは亡霊というよりは形容詞が服を歩いていると言っても過言ではないだろう。
これだけのものを見ても私はどうにもこの男の一部しか見ていない気がするのは気のせいではないはずだ。
私にとってこの神父は私の師であり恩人であり戦いのパートナーでもある。
そして私はこの男の事について考えることをやめた。
分かることは残忍なくせに優しいということだけだ。
だから彼は私にパンを分けて彼は人間を食っているのである。
何も強制しないと言うのは彼の最大の美徳だ。
しかし彼は押し付けないにしろ、他人が何か判断をしているときに、その苦悩の表情を見るたびにその瞳の奥には何かよからぬ怪しげな光が漂っている。
悪人ではないことは確かだがたまに正義の度が過ぎることもある。
彼は悪に加担した全てを罰する。
領民から不当に税を巻き上げていた領主を殺害したときのことだ。
その妻も、息子も、娘も、執事も、メイドも、そして赤子すら手にかけた。
そしてその死体を晒し者にした後、こっそりとその死体をあとで食っていた。
なぜか私以外の前では死体を食べようとしない。
狂信者の集まりで形成されている教会のクルセイダーもこの一人の神父よりは狂っていないだろう。
さて、食事も終えた。
私たちは次の目的地へ向かうだろう。
盗賊たちの肉は全て彼が魔術でツボの中に冷凍保存をしている。
面白いのは通行税を払う際に門番にこの肉をせびられることがあるので彼はニヤニヤとしな「豚肉ですよ」と言って肉を渡すことがあるのだ。
彼は言う。
「業突く張りには病と不潔と死と呪いを。謙虚な民にはパンとワインを」
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