ボクハキミヲオボエテイル
石田空
私はなにも覚えてない
「これが大英帝国時代につくられた人形ですか」
「ええ、保存状態もいいですし、今もきちんと手入れされておりますからね。もっとも、百年以上経ちますとどうしても経年劣化のせいで動かす際には支障が生じますが」
「それでも……素晴らしい」
とあるデパートで大英帝国をモチーフにした展示会を開くことになった。
デパートは基本的にイベントごとは金を落とすためのもので、食べ物や服、ご当地限定アイテムなどが多く、あまり格式ばったものは売れない傾向にあるが。
19世紀の大英帝国贔屓の店長により、少々格式ばった展示会を開催する運びとなったのだ。
デパートの店員では当然ながらその手の展示品の扱いはわからず、デパートの面々はせいぜい博物館から派遣されてきたスタッフに指示やお願いをされたら、その都度台や照明の位置を変えることが精いっぱいだった。
その中でもコレクターの多いヴィクトリア人形に関しては、大々的に売買も行う予定らしく、こうして保存状態のいいものをガラスケースの中に鎮座するように置いた上で並べていた。
丸いガラス玉の瞳、百年以上前とは思えないほどつやつやとした栗色の巻き毛。ドレスも当時の流行を取り入れた素晴らしいもので、サテン地が遠くからでも目を引いた。
「あんな古い人形でも買い手が集まるんですかね。それに博物館からって……」
「今は博物館、どこも厳しいからね。きちんと買い取って面倒見てくれるコレクターのところに行ってくれたほうがまだ幸せだと思うよ」
「そうなんですか」
そう思って眺めていたら。一瞬背中がひやりとした。
展示された人形と目が合った気がしたのだ。
……気のせいだ。だって人形は人形。飾られているだけなのだから。
まさかオカルトブームだった時代からやってきて、人形に魂が宿るなんて、そんなことはあるはずがない。そう思って、考えるのをやめることにした。
****
19世紀の大英帝国時代というと、今ではシャーロック・ホームズやベアトリクス・ポターくらいしか一般的日本人が知っているものはない。
一応その時代の本は暇つぶしに入った本屋で何気なく手に取って面白かったからと、当時のオカルトブームについて詳細が書かれた新書を買って読みふけったことがある。
そのせいで、自分の19世紀大英帝国は、オカルトと蒸気と間違った科学の時代という印象が強く、その頃を題材にした映画やドラマを見るたびに「まあオカルトだしなあ」と思い込んでしまっていた。
そうこうしているうちに、私は家に帰り付いた。働いているデパートから近過ぎず遠過ぎずの場所にあるのが私の住んでいるアパートだった。
オートロックであり、近所付き合いもせいぜい朝のゴミ出しのときに挨拶する程度。そこで緩く歩いていたら、私の家の前に段ボール箱が置いてあることに気付いた。
「ええ……」
最近は置き配が存在している。面倒臭くなって置き配指定してなくてもされたんだろうか。そもそも最近は宅配便を使ってなかったんだけれど。
私はこわごわと段ボールを開けようとしたとき、異様に軽い上に、、蓋がされていないことに気付いた。その蓋を隙間から覗いて、心底後悔した。
そこには展示品のヴィクトリア人形が入っていたのだ。下手に触って壊したくなくて、人形はもっぱら博物館の人やバイヤーさん任せで全く触っていなかったのだから、私は部屋に入れるのに、へっぴり腰になってしまっていた。
「どうしよう……」
早朝にデパートに行って、こっそりと展示物のガラスケースの上に置いて逃げる以外に、返却方法が思いつかない。そもそもなんで段ボールに入っていたのか。
『ヤットアエタ』
「はい……?」
一瞬頭にビリッとなにかが走ったあと、舌ったらずな声が続いた。
「あなたがしゃべったの?」
おそるおそる人形に尋ねた。
『キミハボクヲオイテカッテニキョクトウにカエッテシマウンダカラ、ヒドイヨ。ズットサガシテイタ』
「……なにを言っているのかさっぱりわからないし。寝よう」
人形がしゃべっているように聞こえるだなんて。
普段からフランス展やらイタリア展やらバレンタインフェアやら。絶対に売れる展示会ばかりやっているのが一転。今回は売り上げがあるのかないのかわからない展示会の手伝いをさせられて、心身ともに参っていたんだろう。
私は目覚ましを普段より二時間早く設定し、さっさとお風呂に入って眠ることにした。
人形はこちらを見ていたような気がしたが、無視した。
****
まだ暦の上では秋のはずなのに、早朝は凍てつくほどに寒い。私は少し早いと思いながらも初冬用コートを羽織って、段ボールを持っていた。
まだ通勤ラッシュの時間帯には程遠く、電車内の人もまばらだ。
私は段ボールをぴっちりと閉めて、デパートへと急ぐ。
普段だったら制服に着替えてから展示会場に向かうのに、急ぎ過ぎて私服のまま段ボールを置くと、慎重に人形を出した。
『ヤダ。イカナイデ』
「さようなら、どこかで大事にされてね」
多分バイヤーさんや博物館関係者に叫ばれるんじゃないかと思ったけれど、今の私は一刻も早く人形から離れたくて仕方がなかった。
何食わぬ顔で制服に着替え、始業時刻からデパートの展示の準備をしていたら、博物館の人が「ああ、よかった。見つかって」と人形を手袋をはめてガラスケースにしまい込んでいた。
「どうしたんですか?」
「最近おとなしくなっていたのに、また勝手に動き出したのかと思ってね」
「……どういうことですか?」
「この人形、持ち主が気にくわないと判断したら、勝手に移動することで有名で。いつかも取引が決まったコレクターのところから自力で逃げ出してしまってね」
「……そんないわくつきの人形を売るつもりだったんですか?」
「逆ですよ。いわくつきだから売れるんです。特にこの人形。当時の大英帝国の秘密結社で管理されていた人形ですから」
いきなり19世紀のロマンスからオカルトに転向したなとぼんやりと思う。
「あの時代、オカルト関係者はタロットと自動人形の研究に勤しんでいましてね。留学していた日本人も、その秘密結社に参加していたとか、タロットづくりをしたとかいう話もあるんですよ」
「そうだったんですか……途方もありませんね。ところで自動人形とは?」
「オートマタとも言いますね。元々は宗教やオカルトの場所で置かれていた人形は勝手に動いたという話がありますけど……日本では市松人形の髪が勝手に伸びるとかもありますね」
「聞いたことありますが……」
「当時の秘密結社は神秘の探求のひとつとして、自動人形が意思を持って動く研究をしていたらしくて……まあ結果として、そんな人形を量産する術はありませんでしたし、今ではロボット開発の方が意義がある時代ですけどね。その名残として、勝手に動き回る人形には、その時代背景の価値を見出せるということで、コレクターたちから躍起になられているという次第です」
「はあ……」
途方もない話だった。でも。
あの人形がごちゃごちゃ言っていたことにも説明がつく。私に似た誰かが、自動人形づくりに参加していたのだとしたら。留学が終わったから、その秘密結社とも疎遠になってしまい、人形が置いて行かれてしまったとしたら。
探し回っているんじゃないだろうか。
「……まあ、私としてみれば迷惑なだけだけれどね」
さて、この人形の事情はわかってけれど、どうやって逃げるべきか。考えあぐねる羽目になってしまった。
<了>
ボクハキミヲオボエテイル 石田空 @soraisida
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます