第4話

 柔らかいソファにレッスン終わりの疲れた体を沈める。

 事務所の机にスマホを置き、ぼうSNSのプロフィール編集画面をじっと睨みつけた。

 入力欄は空白のままだ。


 百合営業ハーレム――そんなぶっ飛んだコンセプトを掲げたグループに加入して一週間が経った。


 グループ加入したからといって、息つく暇もなくステージや撮影に大忙しというわけではない。

 ありがたいことに、売り出すための準備にスケジュールの調整……そういったものを事務所が進めてくれているらしい。


 そんなわけで、今のあたしの仕事は地道なレッスンとデビューに向けてのSNSでのアピール。

 その第一歩がSNSアカウントの作成、及びプロフィールの設定というわけだ。


「馬鹿正直に百合ハーレムのセンターとは……書きたくないわね」


 前のグループでは個人でSNSの運用することはなかった。

 グループの公式アカウントがあって、告知やらオフショットが投稿されるだけ。


 あたし個人としても、こういったものとは無縁だったから、どんなプロフィールにすればいいか見当もつかない。


「詩喜ちゃん! なーにやってんのっ?」


 頭上から弾むような声が降ってきた。

 顔を上げると、ソファの背もたれから金髪のお団子頭が身を乗り出していた。


「あれっ、アカウント作ったんだね! フォローするからIDみーせて!」

「……いいけど。少し待ってて」


 平日の昼間だから高校生の彩芭はお休み。ルリも姿をみないけど、同じく学校だろう。


 雲英がソファを軽く飛び越えてシュタッと隣に座り込む。キラキラとした眼差しがスマホの画面に向けられた。


「プロフィール設定中?」

「まあそんな感じね」

「じゃあ、雲英が考えてあげるよ! こういうの得意なんだよね!」


 意気揚々と胸を張る雲英。

 正直、この暴走機関車から、まともな案が出るとは思えないんだけど。


「……聞くだけ聞こうかしら」

「任せてよ!」


《ルミナフラワープロダクション所属の19歳。『百合色ブロッサム』センター》

《百合ハーレムグループの絶対的女王!》


「却下」


 即答すると雲英は「えぇー!?」と肩を落とした。


 ……どんな傲慢ごうまんプロフィールだ。

 前半はともかく後半が最悪。

 《百合ハーレムグループの絶対的女王!》じゃないわよ。


 その後も、雲英は性懲りもなく暴走気味な案を繰り出す。


「《花畑に咲く一輪の百合の花》はどう?」

「詩的すぎて聞いてるだけでムズムズするわね」

「《彼女候補→》って書いて、矢印の先に雲英たちのアカウントを並べるのは?」

「イカれてんの?」

「じゃあ――」

「一旦落ち着きなさい……」


 素早く手を伸ばして雲英の口を塞ぐ。

 彼女の声が「んんー!!」とくぐもった音になり、なんだか悪いことでもしてるような気分だ。


 知り合ってまだ数日だが、このの暴走を止めるには、多少の強引さが必要そうだ。物理的に封じる以外に、静かにさせる方法が思いつかない。

 

「……落ち着いた?」


 じっと目を合わせながら問いかけると、渋々といった様子で頷く。

 ゆっくりと手を離す。


「ぷは~っ!!」


 解放された瞬間に、深海まで素潜りでもしてきたかのように大きく息を吸う。相変わらずのオーバーリアクション。


「詩喜ちゃん。ひどいよ~!」

「文句を言われる筋合いはないわ」


 雲英が机を指でトントンと叩く。

 言葉とは裏腹に、どこか楽しそうな雰囲気すら漂わせている。


「じゃあさ、詩喜ちゃんはどんなプロフィールにしたいの?」

「そうね……」


 あたしはスマホを操作して《ルミナフラワープロダクション所属。19歳。アイドルグループ『百合色ブロッサム』》と入力する。


「これでいいんじゃない?」


 必要最低限。余計な装飾は一切しない。

 誰かさんの滅茶苦茶なプロフィール案のおかげで、無難ぶなんがいかに素晴らしいものか再認識できた。


「えー!? せっかく百合ハーレムグループなんだから、モテモテなアピールしていこうよ!」

「嫌よ。そもそもなんでアンタは百合営業にそんなに乗り気なのよ?」

「んー、百合とかはよく分かんないけど、詩喜ちゃんみたいな信頼できそうな人だったらオールオッケーかなって」


 返ってくるのは呆れるほど能天気な返事。

 親指と人差し指の先端をくっつけて丸マーク。

 出会って数日の人間をここまで信頼するなんて、将来が不安になってくる。


「……最近怪しい壺とか買ってないわよね?」

「なにそれ!? ちゃんと詩喜ちゃんなら信用できるって根拠があるから信頼してるんだよ!?」 

「根拠? そんなものがどこに――」


 ピリンッ。

 スマホが軽い振動とともに通知を表示する。

 画面を見下ろすと、そこには《檜垣彩芭ひがきさやは♡さんにフォローされました》の文字。


「……うわ」


 低い声が漏れる。

 彩芭のアカウントも開設されたばかりのようで、ほぼ投稿もない。

 何をどうしてあたしのアカウントに辿り着いたのだろうか。


「ええっ!? 雲英が一番にフォローするつもりだったのに!」


 スマホを覗き込んでいた雲英が、悔しそうに頬を膨らまさせる。


 ピリンッ。

 お馴染みの通知音が鳴り、今度は《☆星々雲英★さんにフォローされました》の文字。

 

「これで雲英がフォロワー第二号だね!」

「順番なんてどうでもいいでしょ」


 嬉しそうな雲英を適当にあしらう。

 SNSフォローを返そうとして――あることに気づいた。


 雲英のフォロワー数がおかしい。

 一、二、三、四……五桁。


 一般的なフォロワーの数は知らないけど、これが少なくないことはくらいは分かる。


「雲英、アンタ……フォロワー多くない?」

「昔からやってたからね! ネットの人たち、すっごい優しくて好き!」


 投稿をざっと見てみると、友達と遊んでいる写真やダンスを踊る動画が並んでいる。

 特別ネット上で目立つような投稿をしている様子もない。

 画面越しでも伝わるような天真爛漫さと、華やかで目を惹く容姿が、人を惹きつけているのだろうか。


「アカウント開設記念でツーショットしようよ!」

「……は?」

「フォロワーのみんなに、雲英たちのセンターの姿をお披露目したいし!」


 すでに雲英はスマホを掲げて画角を調整。

 普段から自撮りをしているやつの手際の良さだ。


 新グループで再スタートするからには、多くの人の目に映るのもいいのかもしれない。

 それにSNSでの発信活動も仕事の一つだ。


「なるほどね……分かったわ」

「じゃあ、もっと寄って寄って! ほら、ぎゅーっと!」


 あたしが動くまでもなく雲英の方から肩を寄せてくる。

 頬が触れるほどの超絶至近距離。

 香水か、それともシャンプーか。柔らかくてフルーティな香りが鼻をかすめる。


「笑ってね! はい、チーズ!」


 シャッター音が鳴る。

 写真を確認してみると、雲英はいつも通りの眩しい笑顔。あたしは僅かに口角を上げた穏やかな笑顔をしていた。


 緊張していたわけではないが、硬い表情になっていなくて一安心だ。


「後は雲英のアカウントで投稿するだけだね! バズらせちゃうよー!」

「バズらせなくていいわ。アイドルなんだから実力で評価してもらうから」

「ええ!? なにそれ、かっこいい!」


 雲英が目を輝かせながら、早速スマホを操作し始める。


 あたしよりもSNS慣れしているだろうし任せて大丈夫だろう。

 そう思い、深く気にしないことにした。

 

 ――だが、それが甘かった


◇◆◇◆


 あたしが雲英の投稿を確認したのは、その日の夜のこと。

 SNSを確認する習慣なんてなかったから、ベッドに入る直前に思い出したのだ。


 アプリを開くと、すぐに例の投稿が飛び込んできた。


《新グループ『百合色ブロッサム』のセンターの詩喜ちゃんとツーショット☆ クールでかっこかわいい!》

《イチャイチャ百合ハーレムのヒロインになれるように頑張っちゃうぞー☆》


 額に手を当てて、深く息を吐く。


 ざっと見た感じは、雲英の一部フォロワーが肯定的な反応を見せているだけだ。

 けれど……。

 百合ハーレムアイドル――世間で同性愛への理解が広がってきているとはいえ、すべての人が肯定的に見てくれるわけではないはずだ。


 雲英はそのことを理解しているのだろうか。


 スマホの電源を切って、ベッドのわきに置く。

 布団を引き寄せながら、雲英の眩しい笑顔を思い出した。



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