百合色ブロッサム

ナナミダ

第1話

「……イメージと随分違うわね」


 郊外の駅から歩いて数分。

 人影もまばらな静かな住宅街を抜けた先。

 スマホを頼りに辿り着いたのは、白と黒のコントラストが特徴的なシックな雰囲気の二階建てだった。


 建物の前は芝生が広がり、緑が外観に柔らかな印象を与えている。

 芝生の上にウッドデッキのテラスがせり出ていて、ガーデンチェアとテーブルが並んでいる。


 これがカフェやイベントスペースと言われれば違和感はない。でも、これがだというのだから驚きだ。

 手元の住所を書かれた紙を改めて確認するけど、ここで間違えなさそう。


「もっと雑居ビルみたいなのを想像してたんだけど……」


 新鋭の事務所らしいから、これが最先端のデザインなのかもしれない。

 入口横まで来てみれば、シルバープレートに『ルミナフラワープロダクション』と事務所名が刻まれていた。


 アンティークなドアハンドルに手をかける。

 ……緊張はない。むしろ自信があるくらいだ。


 ゆっくりと力を込めると、ドアは軋む音を立てながら開いていく。温かみのある照明の光があたしを出迎える。


 ――それと同時に事務所内から明るい声が飛び出してきた。


「いえーいっ! サプラーイズっ!!」

「っ!?」


 鋭く乾いた破裂音が空気を震わせる。次の瞬間に巨大なクラッカーから放たれたカラフルな紙吹雪が視界を覆いつくした。

 紙片は宙をひらりと舞い、まるで雪のようにゆっくりと降り注ぐ。芳香剤の爽やかな匂いが微かに香る。


 ようやく晴れた視界には一人の少女が、満面の笑みで立っていた。


 お団子二つにまとめた金髪に、星のようにキラキラと輝く瞳。

 宇宙を彷彿とさせるド派手な衣装は、奇抜なデザインながら彼女が着ていると違和感がない。

 金髪少女はピースサインを作って、満を持しての決めポーズ。


「こんキラ! ルミプロの超新星アイドル、星々星ほしぼしせいからやってきた星々雲英ほしぼしきらだよ!」


 子供向けのアニメから飛び出してきたかのような強烈な自己紹介だ。


 ルミプロというのは、『ルミナフラワープロダクション』の略称だろう。

名乗り通り、この子は事務所の所属アイドルで間違いなさそうだけど……何というか……色物すぎる。


「ちょっと待っててね。紙吹雪片付けるから!」


 あまりの勢いに呆然としていると、彼女は慣れた手つきで散らばった紙吹雪を片付けて、あたしの方へ向き直る。


「えっと、あたしは――」

「今日からうちに入る駒嵐こまあらし詩喜しきちゃんでしょ。よろしくね!」

「……ええ。よろしく」


 早押しクイズのように言葉を被せて、星々雲英はあたしの名前を言い当てた。

 事前にあたしが来ることを知らされていたのだろう。話が早くて助かるけど、何だかペースが狂わされる。


 半ば強引に握手を求められ、大繩かのようにブンブンと腕を回される。


「あのさ、担当してくれるマネージャーさんはどこに――」

「同い年らしいし詩喜ちゃんって呼んでいい? 雲英のことも名前で呼んでいいからさ!」

「好きにしてくれていいわ。それでマネ――」

「やった、詩喜ちゃんっていい名前だね!」


 再び言葉を被せられる。

 ……まあ、元気なのはアイドルとして悪いことではないわね。


「詩喜ちゃんは何の食べ物が好き?」

「食べ物? それよりマ――」

「雲英は甘いものが大好きだよ! 事務所の近くにたい焼き屋さんがあってね、カスタードが濃厚なの!」

「たい焼きもいいけど――」

「今度一緒に行こう! 雲英が奢るよ!」

「いや、あた――」

「何なら明日行っちゃおうか!」

「い――」

「やったー! 決まりだね、詩喜ちゃんとは仲良くなれそう!」


 あたしは仲良くなれるか不安になってきたぐらいだ。

 そんな本音を飲み込んで、目の前で繰り広げられる一方的なマシンガントークを半ば諦めながら聞き流す。


 放っておけば話題が尽きるだろうと思ったけど、雲英は喋る喋る喋る喋り続ける。

 無人島に行くなら何を持っていくかとか、近頃の女子小学生の流行りだとか、最近見たテレビ番組だとか。

 そんな脈絡のない話が絶え間なく続く。


「それで、昨日でっかいカブトムシの背中に乗って旅する夢を見てね!」

「へえ」

「角の一振りで東京タワーでもバラバラにできちゃうんだよ!」

「……へえ」

「カブトムシと言えば、詩喜ちゃんは別の事務所から引き抜かれて来たんだよね!」


 もはや脈絡がないとかそういう次元ではなくなってきた。

 カブトムシから何を連想すれば、あたしの引き抜きの話になるのだろうか。


「引き抜き……というか、前の事務所が破産して――」

「破産!? ちょー、大変じゃん!?」

「……まあね」


 星のように輝く瞳から、驚きと心配が見え隠れしている。

 アイドル事務所の破産なんて珍しい話でもないから、そこまで大袈裟に驚かれるとは思ってもなかった。


「だからこそ、好待遇であたしを拾ってくれたこの事務所には感謝してるわ」

「それ雲英知ってるよ! 詩喜ちゃんの好待遇ってあれでしょ! 即グループ加入でセンター確約ってやつでしょ!」

「知ってたの……!?」


 思わず声を上げてしまう。


 雲英の言う通り、引き抜きされた時に事務所側から提示されたのは、即グループ加入に全曲センター確約の二つ。

 上澄みのアイドルならともかく、あたしを引き抜くのに出す条件としては誰が見ても破格のものだ。


 特に無名になんて、事務所内から反発の声が出てもおかしくないような超ド級の特別待遇。

 常識的に考えて事務所側が漏らすわけがない。


 だとすると……もしかして雲英は……。

 

「その話、どこで――」

「あ! そういえば、他のメンバーと詩喜ちゃんの歓迎会を企画してるんだよ!」

「……他のメンバー?」

「雲英についてきて! みんな待ってるから!」

「ちょ、待ちなさい!」


 問いただす暇もなく、跳ねまわる金髪を追う。

 雲英は、待ちきれない子供のように先へ先へと階段を駆け上がり、振り返って満面の笑みを見せる。


 案内されたのは二階にある小さな一室。心の準備をする暇もなく雲英は扉を開け放った。


「みんな! 詩喜ちゃんが来たよー!」


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