餅太郎の恐怖箱
坂本餅太郎
001.相談がある
prrrr……
仕事からの帰り道、唐突に電話がなった。ディスプレイを見ると、高校時代の同級生のタクミからであった。
特別親しかった訳では無いが、同じサッカー部であったためそこそこ仲は良かった。そんな彼からの電話に少し疑問を抱いた。
噂では、彼は現在精神を患っており、自宅療養中であったはずだ。そんな彼が自分になんの用だろうか。
そう考えるも、電話に出ない理由は見つからないので、俺は電話に出た。
「どうした、久しぶりだな」
「うん。久しぶり、ごめんね急に」
「ああ、別にいいよ。何か用か?」
タクミの声に元気はなかった。やはり、精神を患っているという噂は本当だったのだろうか。
「あの、相談があるんだ。今晩会えないかな」
タクミはかなり深刻そうな声音でそう言った。特に予定もないし、断ることもないだろうと思い、俺は了承した。
「ありがとう。それじゃあ、20:00にうちの近くの居酒屋でいいかな」
「ああ、わかった。またあとでな」
電話を切り、帰路に着く。しばらく会っていなかったタクミと会うのを少し楽しみにしていた。
ところ変わって、タクミの指定した居酒屋前である。しかし、時間になってもタクミは来ていない。どうしたものかと考えていると、前からタクミが走ってきた。
「遅くなってごめん」
開口一番そう言うと、タクミは頭を下げる。昔はこんなやつじゃなかったと思うが、時が経って変わったのだろうと勝手に納得した。
「別に平気だよ。とりあえず中に入ろうか」
「うん」
居酒屋に入り、適当な席に腰をかけて注文をする。暫くして品物が運ばれてくると、タクミは口を開いた。
「あの、相談なんだけどさ……」
タクミは少し怯えた感じで話し始めた。
話を要約すると、近頃どこにいても耳元で女の囁く声が聞こえるということだった。
それでは今もなのか? と問うと、人と話している時には聞こえないのだと言う。精神を患っているという彼なので、そういった類のものであると思うのだが、俺にはどうすることも出来ない。
せめて、タクミが落ち着けるよう、話を続けることが俺のやるべき事だと思った。
その後数時間話し、解散となった。タクミは話を聞いてくれてありがとうと言って、元来た道を歩いて行った。
ある程度はよくなったかな、と俺は多少の満足感とともに居酒屋を後にした。
時刻は1:20。着信音で目が覚めた。こんな時間に誰だよ、と少々イライラしつつ、電話を手に取る。
「はい、どちら様ですか」
ぶっきらぼうにそう言うが、向こうから返事はない。耳を済ませると、水が流れる音と、ボソボソと女性が喋っている声がする。
「切りますよ」
そう言っても、未だに水の流れる音とボソボソとした声がしている。
意識が覚醒してくると、急に不気味に思えてきた。何も躊躇わずに通話を切り、ベッドに潜り込む。
どのくらい時間が経ったか。まだ数分しか経っていないのかもしれない。意識が覚醒した俺は寝付けなかった。
そんな時、インターフォンがなった。
こんな真夜中に訪ねてくるような友人はいない。
宅配やなんかが真夜中に来るはずもない。
何かがおかしい。怖い。だが興味も湧いていた。
その興味が怖さに打ち勝ち、玄関の方へと足を向けた。どことなくいつもの自宅と違う雰囲気がする。いや、何かが違うのだ。いつもの玄関ではない。
何かがいる。
玄関の横、傘立ての横に何かが佇んでいる。暗くてよく見えないが、それは人のようなモノである。明らかに人ではないことは分かる。こんな時間に忍び込むような奴、それもただ玄関に佇むようなやつは人間ではない。
逃げなければ、そう思ってはいるのだが体は言うことを聞かない。目はその何かから離せず、その何かに怯えることしか出来ない。
コンコン
そんな時、背後にあるはずの窓ガラスが叩かれた。誰だろうか。そう思うと共に体は動き始める。しかし、極度の緊張の糸が切れてしまったからなのか、窓を確認する前に俺は深い眠りについた。
翌朝。いつも通りの朝であった。しかし、俺は少し気分が悪く、あんなことの後に仕事が手につくはずがないと思い会社を休んだ。
そして、一刻も早く誰かに昨夜のことを話したい。そう思い俺はタクミに電話をかけた。しかし、思いがけず電話に出たのは彼の父であった。酷く疲れた様子の声が聞こえてくる。
「どちら様ですか」
「タクミの友人です。今日会う予定だったのですが……」
「そうですか、良ければ、家に来てくれませんか」
「はあ、まあ。行きますけど……」
特に会う予定など無かったのだが、不審に思われまいと咄嗟に嘘をついた。
タクミの父との会話にどこか釈然としない中、俺はタクミの実家に向かった。
タクミの家に着くと、母親が出迎えてくれた、昔よりも少し老け、元気がないように見える。
俺は居間に通され、飲み物を受け取る。
「あの、タクミは……?」
俺の問に対する反応を見て、俺は悟った。彼のみに何かが起きたのだ。病気にでもなったか、精神が完全に参ってしまったか、それとも、死んだのか……
俺が思考をめぐらせていると、タクミの母は重い口を開いた。
「あの子は、自殺しました。今朝、あの子の部屋で血だらけになっていました」
想像できる最悪のパターンであったようだ。タクミはもう限界だったのだろうか。何とかしてやれなかっただろうか。どこに向ければいいのか分からない感情を抑え、ひとまずタクミの父に挨拶をしてから帰ろうと思った。
タクミの父がいるという部屋に向かう途中、扉が少しだけ開いた部屋があった。ここは見てはいけないと、頭では思っていても目は自然とその中へと向いていた。
見なければよかった。すぐにそう思った。部屋には血が飛び散っており、ここでタクミが自殺をしたのだと容易に想像がついた。
直ぐにここを立ち去ろうと思うも、どうしても目が離せなかった。そしてその時、部屋の中に奇妙なものが見えた。直感的にその奇妙なものは昨日自宅で見たモノだとわかった。何故か確信があったのだ。
ソレは昨日と違って姿がよく見えた。青いスカートを履いていて、黒い服を着た女だった。そしてソレは全身びしょ濡れで佇んでいた。
俺はそれをしっかりと視認してしまい、怖くなった。タクミの父への挨拶もそこそこに、足早に家に帰った。
それから数日して、タクミの葬式が執り行われた。いくつか知っている顔もあり、少し懐かしむと共に、改めてタクミが死んだことを知った。
昔特に仲が良かったわけではなかったが、それでも死ぬ前日に話していたとなると中々精神に来るものがある。
「なあ」
一人の男が声を掛けてきた。見覚えがあるが、思い出せない。
「どうした」
とりあえず要件を聞く。正直この時俺は精神的に参っており、誰かわからなくても話したいと思っていた。
「この後、時間あるか? 少し話がしたいんだが」
俺は了承し、葬式の後にそいつとファミレスに向かった。
そいつが言うには、タクミの親友であるらしかった。らしいと言うのは、その彼のことを俺は全く知らないし、連絡先も知らないので確かめられないからだ。
それはひとまず置いておいて、話というのはタクミのことであった。
「お前、あの女見ただろ?」
彼は俺に問いかけた。あの女、とはきっと【あれ】の事だろうが、なぜこの男がそれを知っていて、俺に聞くのかが分からない。しかし話を聞いていくうちに、俺に何を伝えたいのかがわかってきた。
曰く、彼は俺同様に女を見ている。
曰く、実害は出ていないがお祓いに行った方がいい。
曰く、あの女はたくみの交際相手であった。
女とタクミは入水自殺をしようとしていたらしい。しかしながら、女は死んだが、タクミは助かってしまったようだ。
タクミの精神がやられたのもこの事件のせいなのかもしれない。
後日、俺はお祓いに行きその後は特に何も起きていない。
ただ、今でもタクミを助けられなかったことを悔やんでいる。
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