公爵令嬢は戦女神(人型ロボ)に夢中で婚約者の王太子はヤキモキしっぱなし

はるゆめ

第一話 国境反攻作戦

「レイテア嬢。君との婚約は本日を持って解消となる」


 そう宣言なさったのはこのラーヤミド王国王太子であるダロシウ様。

 凛々しいお顔にはやや疲れが見えます。

 こればかりは致し方ありません。

 隣国ダラド帝国による侵攻が半年ほど続き、国境の守りマヤオ砦が今まさに陥落しようかという危機です。

 王妃候補たる者が最前線に行くのは許されることではないでしょう。


「承知致しました」

「ではマヤオ砦にて反攻作戦に加わり、必ず使命を果たせ」

「行ってまいります」


 私、公爵令嬢レイテア・ミーオ・ルスタフは最上級の礼をして、殿下の執務室を後にして、王宮内を早足で歩きます。


 私の頭の中にいらっしゃるもう一人の方が、思念で話しかけてきました。


『レイテアちゃん。さあ出撃だ』 

(マヤオ砦が心配です)


 やり取りしている方は私の頭の中にいる御使さま。

 ご本人は『ただのおっさんだから』とそう呼ばれることを頑なに拒んでらっしゃいます。

 ある日私の心に話しかけてくださった存在。

 今、私が出撃できるのも、全ておじさまがくださった助言のおかげ。


 おじさまには感謝でいっぱいです。おじさまが一緒だから、怖くはありません。


 この気持ちはお父さまに対する思慕にも似ていますね。


 


 私は王城に隣接する巨大なゴーレム格納庫へ急ぎます。


「レイテアお嬢さまぁ!いつでもいけますぜ」

「ガードさん!すぐに出立しますわ」


 整備をやってくださるガードさん。 

 工房街で一番大きな工房の長です。筋肉質で上背も大きな頼れる鍛治師。

 私はガードさんに手振りながら、更衣室へ駆け込みます。


 ドレスをはしたなく脱ぎ捨て、操縦専用の戦衣装に着替えます。

 身体に隙間なく張り付き、白一色で表面は滑らか。


 おじさまの『戦場に行くわけだから何があるかわからない。機体を捨てて脱出する場合もある。そんな時に引っかかったり、身を隠すのにヒラヒラした服は命取りなんだよ』という助言に従いました。


 更衣室から搭乗デッキへ向かいます。


 そこに跪く大型ゴーレム。

 名は『アテナ』。

 私とおじさまが作り上げたラーヤミド王国唯一の、そして私専用のゴーレム。

 おじさまの世界におわす女神様。その御名を頂きました。なんて美しい響きでしょう。


 まるで白鳥が羽根を広げたような意匠の白い装甲。

 それが女性らしい曲線で構成された体躯を覆い、鎧姿の騎士を思わせます。

 頭を半分だけ覆う兜から流れるようにブロンドヘアがなびいて、まるで女神像という印象のアテナ。

 顔が私そのものなのは致し方ないですけど。


 胸部にある操縦席へ乗り込むと、すぐに私を認識した“考えるスライム”が私の全身を包み込み、意識の同調を始めます。


 “考えるスライム”は精神感応が出来る人のみが意思疎通できる希少生物。

 それがこのアテナの感覚器官と筋肉組織を形作っていて、意識を接続した私がアテナを自分の身体のように動かすのに欠かせない存在です。


 胸部ハッチが閉まり、アテナの目を通した位置が高い視点に切り替わります。

 頭の上、背後、足の下全てが同時に見えます。おじさまによると『全天球視界』というのだそうです。

 最初は苦労もありましたが、すぐに慣れました。


 ガードさんや職人さん、公爵領の騎士達が格納庫の扉を開けてくれます。


「お嬢様ぁ!障害なし!出撃いけますぜ!」


 ガードさんの合図に従い、私はアテナをゆっくりと立ち上がらせます。感覚としては私自身が立ち上がるのと変わりはありません。


 ゆっくり歩いて格納庫の外へ。

 目の前に広がるラーヤミドの王都。

 様々な建物が見渡す限り埋め尽くしていますが、私が進む方向は王城裏手の森。


 今この時、ラーヤミド王国を呑み込もうと国境へ侵略してきた隣国ダラド帝国へ反撃します。

 いざマヤオ砦へ!


『マヤオ砦まで馬車で二日の距離だったよな?』

(そうです)

『アテネなら一刻もかからない。全力疾走でいこうか』

(はい)


 アテナを走らせます、最初は軽く跳ねるように、大股で。

 すぐに全力疾走に移ります。


 おじさまによると『アテナの全力疾走は、新幹線って速い乗り物と同じぐらいの速さだよ』とのこと。


 森へ続く街道を踏まぬようにその横を走り抜け、人々の誘導のために配置された騎士たち、農家、森の木々があっという間に後ろへ流れていくのがアテネの目を通していきます。

 皆さんアテナの姿を見て驚いてるようですね。

 無理もありませんね。


 “考えるスライム”に包まれているおかげで振動は全くありません。


 目の前には我が国一の大河、ローヌ川が迫って来ます。


『跳び越そう』

(はい)


 手前の岸に力強く足を叩きつけ、向こう岸を目がけ跳躍。

 身体がふわりとする感覚。

 初めて体験した時は落ち着かなかったですね。


 着地。

 そのまま走り続け森の中へ。

 なるべく大きな木は倒さないように進路を見極め、森を抜けます。

 おじさまの助言『森は死んだら元に戻すのは大変だから、なるべく大切に』、これに従います。


 もうすぐ一刻ですね。

 マヤオ砦が見えて来ました。


 黒煙が砦の至る所から立ち上っているのが見えます。

 帝国の攻城ゴーレムが三体。攻城兵器が複数。

 その足元に展開している帝国の騎兵や兵士達。


 思ったより被害は大きく、砦は半壊。

 たくさんの……王国兵士や騎士の遺体が地面を埋め尽くすように折り重なって……。


 ここに駐屯していた第七軍は総勢三千名の精鋭でした。

 その彼らがたった三体の帝国ゴーレムに蹂躙されたのです。


 砦から帝国兵に向けて時折り矢が放たれてますが、焼石に水。お返しにとばかりに砦へ放たれる敵の矢の数はその数十倍。


『レイテアちゃん、気持ちはわかるがまず落ち着いて!訓練通りに。いつものように!』

(分かりました。おじさま)


 私は、愚鈍な動きしか出来ない金属の塊、帝国のゴーレムに向かって走ります。


 まずは飛び上がり、今まさに砦の外壁を壊そうとしている敵ゴーレムに『どろっぷきっく』をお見舞いします。仰向けに倒れた一体目は起き上がれません。


 二体目のゴーレムがアテナに向かって動き始めます。

 ですが私はすぐに背後へ回り込み『すらいでぃんぐ』で『足払い』を仕掛けます。

 帝国のゴーレムはアテナの動きに全くついてこれません。

 バランスを崩し倒れた二体目のゴーレム。

 足をもぎ取り無力化します。


 こちらに向かう三体目。

 ようやく立ち上がるようになった幼子がよちよちと歩くように、です。


 もぎ取った足を三体目のゴーレム頭部へ振り抜きます。

 おじさまによると『野球のスイング』だそうで

 ゴーレムの頭は胴体を離れ、帝国の軍勢の方へ飛んでいきました。


『よっしゃ!ホームラン!』


 おじさまが時々おっしゃる異界用語。


 頭上から迫るゴーレムの頭を避けようと蜘蛛の子を散らすが如く、帝国兵が逃げ惑うのを見ながら、続いて胸へ『はいきっく』。


 頭を失った三体目は一体目のゴーレムの上に倒れ込み、どちらも立ち上がることはかなわず、その場で短い手足でもがくだけ。


 矢がアテナに降り注ぎますが、装甲に傷ひとつつけられません。ハルミヤ鋼は薄くても頑丈なのです。


 後は大きな車輪をつけた櫓、攻城兵器を次々に蹴飛ばしていき、敵の騎兵隊を飛び越え、本陣へ三歩で到達。  


 敵から見たら巨人が近寄ってくるわけですから、さぞや恐ろしいことでしょう。


「誰でもいい!あれを止めろぉっ!」


 仁王立ちで叫んでいる人物。一際派手な鎧が指揮官だと教えてくれます。


 アテナをしゃがませ、派手な鎧の人物へ手を伸ばしたところ、


「ひいぃぃっ」


 と、まるで女性のような悲鳴をあげました。

 そのまま派手な鎧姿の人物を潰さないように人差し指と親指で慎重に摘み上げます。


「化け物がっ!」


 この人物はアテナがゴーレムだと気付いてない様子。“考えるスライム”の再現はそれほどですから。


 さて砦へ戻りましょう。


『帝国の奴ら、散り散りに逃げてるぜ』

(彼らの剣も槍も矢もアテナには全く通用しないですものね)


 指揮官を失ったこと、アテナの戦いぶりを見たことによって帝国兵は完全に戦意を失ったようです。

 格闘の練習成果もあり、予想以上にうまくいきました。

 おじさま、感謝します。


 砦には生き残った兵士や騎士がアテナを歓迎しようと湧き立って、擁壁の上に鈴なりです。

 私は手を振りそれに応えます。


 こうして反攻作戦の初日は完全勝利に終わりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る