(最終章)  龍さんの故郷

もうすぐ初夏になろうという頃。龍一郎と保奈美は、船のデッキから、青い海原に広がっていく白い波しぶきを眺めていた。

二人の乗っている船は豪華客船ではなく、地元の人が使う小型のフェリーだった。

「いい天気になりましたなぁ。保奈美さん、日差しが強くないですか?」

龍一郎が、眩しそうに目を細めている保奈美を気遣った。

「ええ、大丈夫。海風が心地いいわ。あの遠くに見える島が、そうなのかしら?」

彼女は、艶やかなピンクのスカーフをなびかせ、前方を指さした。こんもりとした緑の木々で覆われた島が浮かんでいる。

「そうです。すみませんなぁ。付き合わせてしまって……。森の中に神社の鳥居が、うっすらと見えてきましたな。小さな漁師町で、わしの母の故郷です。生きている内に来られるとは、夢のようですわ。母は父と結婚してから、結局一度も戻らないまま他界しました。幼い頃、母から『島の神社には七色の龍が住んでいて、その姿を見た者は幸せになる』と、何度も聞かされてましてな。未来ロボットとはかけ離れた話ですけど、子供の時から一度は行ってみたいと思ってたんですわ。それが叶って、夢のようです」

「ご一緒できて嬉しいわ。七色の龍、姿を現してくれるのかしら? 本当にあきらめないでよかった。私こそ、こんな日が来るなんて信じられない思いよ」

保奈美の目は、少し潤んでいた。

龍一郎は近づく島に視線を向けたまま、気になっていたことを聞いた。

「そういえば……。栞ちゃんが『二人で豪華客船に乗ってくればいいのに』と勧めてくれた時、なぜ保奈美さんは、『龍さん、他に行きたいところがあるんじゃないのかしら?』と、わしに聞いたんですか? 前から少し気になってましたけど……保奈美さん、人の思いが話す前から分かってるといいますか……。なんか、ヘンなことを聞くようですけど、そのぉ、不思議な能力でも持ってるんですか?」

「まさか。でも、そういう能力を持っている人と出会っていく内に、少しは勘が働くようにはなったかもしれないわね。でも、それだけですよ。本当にすべてが分かってしまったら、怖いわ。それに、人生が面白くないでしょう。だけど、近い未来、人もアンドロイドも進化して、すべてが見通せる時代が来るのかもしれないわねぇ」

保奈美は、少し遠い目をして答えた。

「そんな世の中、信じられませんけど……。でも、保奈美さんと再会して、その信じられない世界のことばかりで、天地がひっくり返ったようですわ。今回の旅も、わしそっくりのアンドロイドいうんですか、そのロボットが番台に上がってくれるということで……。そのお蔭で、遠出もさせてもらえて、ありがたいことです。まぁ、お客さんと話ができてるか、ちょっと心配は心配ですけどな」

「大丈夫ですよ。アンドロイドの『番台用・龍さん』を信頼しましょう。番台業務のデータと、常連のお客さんのデータもインプットしてあるから、心配いらないわ。お湯を沸かすのも自動だから、安心して旅を楽しみましょう。それに、海人君もいるから、なんとかなりますよ」

「生きている間にこんな世の中になっていくとは、便利になったもんです。海人も来月には、アメリカなんですなぁ。あいつ、やっていけるかな? 心配ですわ」

龍一郎は少し顔をしかめた。

「ほら、また心配して。彼の実力が最大限に活かせるように、向こうのスタッフが協力してくれるわよ。私達は見守るだけ。若い人達の力を信じましょう」

「あなたがそう言うなら、大丈夫ですな。ほら、もう近くに島が見えてきました。今日は、もう日が暮れかけてますから、明日の朝にでも、あの神社に行ってみようかと思ってます。少し山道ですけど、なんなら、わしがおぶっていきますんで……」

龍一郎は、身をかがめてみせた。

「あら、どうしましょう。ダイエットしとくんだったわ。でも……私、病気した後、ジムに通ったので足腰は丈夫ですのよ。昔の弱々しかった少女も、逞しいおばあさんになりました」と保奈美は、軽くガッツポーズをした。

まるで青春時代に戻ったように、龍一郎と保奈美は二人の時間を心から楽しんだ。

そして、少しずつ沈んでいく夕陽の中、船は静かに島に到着したのだった。


次の日の朝も、まばゆいばかりの晴天だった。

しっかりとした足取りで森の中を歩いていく保奈美の後を、「ちょっと待ってくださいよ。あぁ、しんどい」と、はぁはぁ言いながら、龍一郎は足を運んでいた。

「だから、私は大丈夫って言ったでしょう。ほら、龍さん、頑張って」

「参りました。わしがおぶってもらった方がよさそうですなぁ。それに、寝不足でして。保奈美さんが隣の部屋に寝てるかと思うと、目が冴えてしまいましてな」

龍一郎は少し話すだけでも、息を切らしていた。

「まぁ、隣の部屋まで、イビキ聞こえなかったでしょうね。私はよく眠れたわ。ほら、手を繋いで歩きましょうよ」

龍一郎と保奈美は手を取り合い、青々とした木々を眺めながら進んでいった。それから十五分ほど山道を歩くと、目の前が開けてきた。

古ぼけた赤い鳥居をくぐると、小さな拝殿があった。二人は参拝を済ませると、島を見渡せる高台に向かった。

「ここが『七色の龍』の伝説の場所です。素晴らしい眺めですなぁ。春になると、桜が綺麗なんです」

龍一郎は、いつものクセで頭に手をやりながら、感慨深げに言った。

「桜の季節にも来てみたいわ。ラストシーンにふさわしい場所ね。龍さんに話したすべてのシナリオのラスト。これで終わったのよねぇ。……いえ、違うわね。次の未来に向かってのスタートなんだわ。龍さんには協力していただいて、心から感謝しています。それに、こんな素敵な場所にまで連れて来てもらえるなんて」

「わしこそ、海人のことは感謝してもしきれないですわ。それにしても……。あんなにか弱いお嬢様だった、あなたが……。人生っていうもんは、最後まで分からんもんですなぁ」

二人が青い空を見上げていると、ムクムクと白い雲が出現し、少しずつ龍の姿へと変わっていった。そこに虹色の光が差し込み、みるみる内に「七色の龍」となった。

「あっ! あれは! 七色の龍!」

保奈美は思わず叫んだ。

「あぁ、ほんとに! これからの未来が明るいということですな」

龍一郎は、優しく保奈美の肩を抱いた。

天からは、惜しみなく虹色の光が地上に降り注いでいる。七色の龍は、二人を、この世のすべてを祝福するかのように、悠々と舞い続けたのだった。

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