クラリスとおばあちゃんの迷宮-マリスタニア王国史外巻之壱-

月狐-つきのきつね-

第1話 仕掛け

「クラリス、ちょっと話があるんだ。僕たちの生家の事なんだけど」


 そう切り出したのは、兄のロランである。


 いつも冷静で思慮しりょ深く知性に満ち、武勇にも優れた挙句、端正たんせいな顔に高身長と、神の寵愛ちょうあいを全力で詰め込んだかのような美丈夫ハンサムである。

 マリスタニア王国第一歩兵大隊隊長であったロランは、現在ロレーヌ家私設騎士団団長という肩書きを得て、騎士爵として妹クラリスと共に暮らしている。


 彼が歩くと宮中の女官が仕事の手を止めてうっとりと見惚みとれる光景が見られるが、同時に歯軋はぎしりの聞こえそうな男性陣からの嫉妬しっとの視線にさらされる様も見られる。そして、最も重要な情報は、重度のシスコンであるということである。


「どうしたの?それってロレーヌのお屋敷のこと?」


 こくりと頷くロランの目は真剣そのもので、何事かが起きたのは間違いなさそうだった。

 ロレーヌのお屋敷とは、ロランとクラリスの生家で、貴族であるロレーヌ家の本宅のことである。

 とはいえ、現在ロレーヌ家はクラリスとロランの二人だけであり、生家の方は空き家のようになって久しい。


 現在、交易都市に屋敷を構えて生活する二人には、郷愁ノスタルジーを感じさせるほどの話題である。


「この前さ、人を連れて荷物の整理をしに行ったんだよ。当然、そこそこ荒れ放題だったんだけどさ、その時に持って帰ってきた荷物におばあちゃんの日記が入っててさ。これなんだけど」


 そう言って渡された一冊の本は、鍵のかかる頑丈な作りで、銀縁を基調に革の装丁の高価そうな見た目をしていた。同時に鍵も渡されたので、クラリスはその鍵穴に差し込んでみる。


「読んじゃってもいいのかな?」


「僕もそう思ったけど、気になって読んだんだ。そしたら地下室のことが書いてあってさ」


「地下室?」


 クラリスの記憶に地下室の記憶はない。十年以上の歳月が記憶を薄れさせたとしても、全く心当たりない事には少し違和感がある。


「そうなるよね、僕も思った。そんなのあったっけ・・・・・・・・・?って」


 どこまで記憶を辿っても、そんな記憶は出てこない。


「だから、もう一度行って、その日記に書いてある場所を調べてみたんだ。そしたらさ」


「何?何?何の話?!私も聞きたい!」


 隣の部屋から音もなく、アーリアが現れて話に加わった。腕の中には白いモフモフした小さな生き物が抱かれている。


 アーリアは、ロレーヌ騎士団に所属する弓士である。現在、前の指揮兵の後を継いで、副団長という地位でロランと共に騎士団を指揮している。


「そうだな、アーリアも聞いてくれ。これなんだけど」


 そう言って出された羊皮紙には、謎々のような問いとその絵が描かれていた。


「階段下のスペースにこんなのが置いてあってさ。文字の書かれたプレートがあった。絨毯も切れ目があってさ、開きそうなんだよね」


「そのプレートに書いてある金貨の袋っていうのはあったの?」


 アーリアが自分の最も興味深い箇所に斬り込んでいく。


「いや、無かった。ただ、近くの机の上に布袋が五つ置いてあって、同じ大きさの石がぎっしり詰まっていたよ。多分、金貨を表しているんだと思う」


 プレートには以下のように書かれていた。


【四つの袋には本物の金貨が、一つの袋には偽物の金貨が入っている。本物の袋に入った金貨は全て本物であり、偽物の袋に入った金貨は全て偽物である。本物の金貨一枚を秤に乗せると1と表示される。偽物の金貨を秤に乗せると0.9と表示される。像の右手に偽物をつかませよ。本物を奪われた者に道は開かない。秤は太陽の熱を魔力に変えて蓄えている。一度使うと次に使用できるのは四月後よつきごとなる。像に金貨を捧げるたびに袋の中身は入れ替わる】


「像っていうのは?」


 アーリアが問うとそれにはクラリスが答えた。


「二階に上がる階段が左右にあって、その真ん中にある像だと思う」


「うん、右手の肘に稼働部があったから多分間違いない」


 ロランが現地で見てきたことを付け加えると、三人と一匹の目が輝きを増していく。


「ちょっと、なんかすんごいワクワクしてきたんだけど」

「あーちゃんも?私もだよ!」

「僕もだ。なぁ、みんなでさ」

「行ってみるのし!」


 アーリアの胸元の白いモフモフが床にぴょんと飛び降りて三人を見上げる。


 この白いモフモフは、森の神獣フェンリルである。その名前をラフィンという。

 特徴を挙げるなら、よく喋る。

 ただ、何故か語尾が「のし」と付いてしまう為に、犬のふりをしても「わんのし!」とバレバレとなる。

 可愛いことが仕事のような存在ではあるが、実際にはかなりの戦闘力と、秘密の能力を隠している。


 そしてロレーヌ家当主、クラリス・ロレーヌ。

ロランの妹でアーリアの雇い主、ラフィンの飼い主である。

 セイレーンという魔物の先祖返りで、呪歌を操るこの少女は、魔物によって攻め込まれた交易都市を奪還し、その実力で父母の代で絶えていたロレーヌ家を復興した。

 特徴を挙げるなら、モフモフしたものに目がない。


「だったら、あの人は呼ばないとね」

「あいつ、来るかな」

「クラリスがいるんだもん、来るわよ。きっと」


「で、みんなしてここに来たと。えっと、まあまあ忙しい訳ですが、拒否権は……」


「ないよ」

「ないな」

「ないわね」

「お腹減ったのし」


 やれやれといった雰囲気で、手にしていた書類を机に置き、ロランから仕掛けの写しを受け取ると一度ため息をつく。


「君、この白いモフモフに何か食べ物を。あと、皆さんにお茶をお願いします。はぁ、まあ、分かりました。有給も溜まっていますし、ここらで一回消化しておきます」


「えへへー。モリアスさんとならどんな謎があってもすぐに解決だね」


 そう言ってクラリスが、モリアスの腕にしがみつく。


 クラリスがモリアスと呼んだ男は、マリスタニア王国における初代軍師である。

 このモリアスが現れるまでは、この国に軍師という職業は存在しなかった。

 国難に立ち向かい、その知略ひとつで乗り切ってみせた功績を讃えられて、そのポストが用意されたのである。


「クラリス、ちょっと近い。ロラン団長が抜刀しそうになってるから!私、今剣持ってないから!」


 ロランの抜刀をすんでのところで躱し、素手で刀身を挟み込んで刀を押さえたモリアスに、我に返ったロランがそのままの体制で話しかけた。


「明日、日の出までにうちに集合な。用がなければ今晩、泊まりに来てもいいからさ」

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2024年12月14日 19:55

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