エースパイロットくんと、オペレーターちゃんと。

路地浦ロジ

第1話 エースパイロットくんと、おねだり。

『せーんぱいっ! お疲れさまですよー』


 広大な宇宙の片隅を横切るように駆ける巨大な人型ロボットが一機。

 そのコクピットの中に、届いた通信--場違いなほど明るい声が響いた。


『あれ? 返事がない。そろそろ通信が繋がる距離のはずなのに……。おーい、せんぱーい! 聞こえてます? 愛しのラブリー後輩オペレーター、リナンちゃんですよー』


 俺は、操縦桿を握り直しながら溜め息をついた。

 様々な機器で埋まったコクピットを見回し、仕方なく返事をすることにする。


「……こちら、ラグナ・サカグチ曹長。作戦は終了した。ただ今、F42基地に帰投中だ」


『あ、良かった。繋がってた! もー、先輩ってば返事が遅いですよー。むしろ先輩の方から通信してくるべきなんですからね。あたし待ってたんですよ』


「相変わらずうるさいな、お前は。こっちは戦闘を終えた直後なんだ。静かにしてくれ」


『先輩がつめたーい。あたしと先輩の仲なんだから、もうちょっと優しくして下さいよー』


「……ただのパイロットとオペレーターの関係だ」


『ひっどーい! 軍学校の頃から先輩を想い続けて、配属先まで追いかけてくる可愛い後輩にそんなこと言うんだー』


「配属は偶然だ。話を盛るな」


『えー、そっちの方がっぽくて素敵じゃないですか。それに、先輩だってまんざらじゃないでしょ。これでもあたし、部隊の内外で評判なんですよ「リナンちゃん超可愛い」とか。「俺もあんな爆乳美少女にオペレートされてえ」とか』


「ば、おまっ! じ、自分でば……、爆乳とか言うんじゃ、ない。お前には恥じらいってものが無いのか」


『あー、先輩照れてるー。今あたしのおっぱい想像しちゃった? エッチな想像しちゃいました? やーだー。先輩ってば、ムッツリなんだからー』


「……っ!」


 声だけしか聞こえなくても、このクソムカつくオペレーターがインカム越しにニヤニヤ笑っているのが想像できる。


 リナンと俺は学生の頃から先輩後輩の腐れ縁だ。

 軍に正式配属された後も搭乗機兵ウォーアーマーパイロットと、その担当オペレーターとして関係が続いているが、あくまでただの先輩後輩であり、ただの同僚。

 二人の間には恋愛感情など一切無いのだが、仕事の都合で一緒にいることが多いため、やたら周りから冷やかされる。

 しかも、リナン自身が俺をこんな調子でからかってくるものだから、余計である。

 俺はどちらかといえば一人の時間が好きなのに、作戦終了から帰投までの時間、こうやって彼女と通信のやり取りをするのが恒例になっているのも困ったものだ。

 作戦後に一息つく暇もない。


『それはそうと、今日も大戦果でしたね先輩っ!』


「ん? ああ、このくらい普通だ」


『いやいや、なに言ってるんですか。基地から三光年離れた敵艦隊に単機で突っ込んで全部撃沈させるとか、普通じゃないんで』


「そうか?」


『これを奇襲作戦と言い張る作戦本部も大概ですけど、あっさり作戦成功させる先輩もアホですよね。ぶっちゃけ信じられないです』


「お前、俺が上官だって理解して喋ってるか? おい」


『先輩、敵兵になんて呼ばれてるか知ってます? 【連合の死神】ですよ。死神……しにがみ……ぷっ、ぷぷっ! 隠キャだった学生時代のあだ名と一緒とか、超ウケる』


「……お前、帰ったら絶対にしばくからな」


『もー、先輩ってば。怒っちゃやーですよ。ちょっとしたお茶目じゃないですか。それにあたしは嬉しいんですよ。二つ名が付くほど先輩が認められてきたって感じがして』


 むふーっ、と興奮した鼻息が聞こえる。

 俺が認められて、何でリナンが嬉しいのか意味が分からない。

 そもそもこいつは、劣等生だった俺にずっと付きまとってくる変な奴だったので、意味が分からないのも当然か。


「あの頃の俺からすれば、考えられない状況ではあるな」


『ただの軍学生だった先輩が、新兵器のテストパイロットに選ばれて、あれよあれよという間に戦果をあげてエースパイロットですもんねー。まるでアニメかよって。先輩、主人公補正ついてるんじゃないですか』


 主人公補正ってなんだ。

 そんなもの、あるわけがない。

 俺がエースパイロットになれたのは、新型搭乗機兵の操縦適正がたまたま高かっただけに過ぎない。


 搭乗機兵ウォーアーマー--そう、呼ばれる巨大人型ロボット兵器の登場は、戦争の常識を一変させた。

 人型による汎用性と拡張性は、既存の兵器を蹂躙するほど強力だったのだ。

 特に障害物が多く、状況の読み辛い宇宙空間が主戦場となった現代、戦闘機や戦車は時代遅れになりつつある。


『……ところで、せんぱぁい。相談なんですけどね』


 リナンの声色が三割増しで甘くなる。

 こういう時はたいていろくでも無い話に違いないので牽制しておく。


「晩飯なら奢らんぞ」


『ぎくぅ! べ、別に奢ってもらおうなんて思ってないです……よ?』


「じゃあ、相談ってなんだよ」


『……こ、今回大戦果を挙げた先輩の祝勝会をしたいなーなんて思っておりまして』


「ほう、それは殊勝だな。店はどこにする予定だ?」


『二番区画のペッシェミシュンとか良いんじゃないかなーって……』


「高級店じゃないか。そんなところを予約できる甲斐性がお前にあったなんて驚きだな」


『そんなの先輩の報奨金が出るから余裕で……あ』


「やっぱり奢らせる気じゃないか」


『だって、カーミちゃんが自慢してくるんですよぅ。彼氏にペッシェミシュンに連れてってもらったってー』


「知ったことじゃない」


『やーだー。あたしもペッシェミシュンにいーきーたーいー』


「うるさい。彼氏とでも行ってくればいいだろう」


『先輩が意地悪だー。あたしに彼氏いないの知っててそういうこと言うー』


 リナンの泣き声と連動して、後ろから微かにざわめきが聞こえる。

 おそらくリナンの近くにいる同僚が『サカグチ曹長、またリナンちゃん泣かしてる』だの『リナンちゃん、かわいそう』だの言ってるに違いない。

 なんて風評被害だ。


「おい、泣くな。他のオペレーターに誤解されるだろうが」


『えーん、所詮あたしなんて、レストランにすら連れてって貰えない都合の良い女なんだー』


「更に誤解を招くようなことを言うな!」


 オペレーター室のざわめきが大きくなる。

 くっそ、どうして俺が!


「分かった! 分かったから泣きやめ!」


『……ペッシェミシュンに連れてってくれる?』


「ああ、連れてってやる」


『一番良いコース予約してもいい?』


「ああ、かまわない」


『その後はもちろんドライブデートですよ?』


「ああ、分かっ……ん? ドライブ? デート?」


『はい、決まり! 今夜はペッシェミシュンでディナーと、夜景を見にドライブデートです。わー、なに着ていこっかなー』


「いや、待て。待て待て。最後のはなんだ」


『じゃあ、あたし準備があるんで通信切りますね。楽しみにしてまーっす』


 さっきまで泣いていたとは思えない陽気な声と、ブチンと無情な切断音。

 やられた……。

 俺は先程より心なしか重くなった気がする操縦桿を握ってため息をつくのだった。

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