風鈴の音は
華幸 まほろ
人は見かけに、よらぬもの
魔法騎士団には、一つの噂がある。戦いに出る治癒士がいるというのだ。初めてその噂を聞いた時、ジーリッシュたちは一笑に付した。しかし、何事にも例外は存在するものだ。実際に今、ブロンドの髪に翡翠の瞳を持つ、いかにもお淑やかな貴族の女性然とした少女が自己紹介をしている。が、とても戦えそうにない。
「はじめまして。私は、オリビア=シュートルンと申します。風属性の治癒士ですわ。」
庶民ばかりの中で浮いていたオリビアがジーリッシュの属する第五分隊に馴染むのは、意外にも早かった。人懐っこくてよく気が利き、くるくるとよく働く彼女は何かと可愛がられていた。
「あと十分で魔物がここまで到達するらしいわ。」
治癒士としての仕事だけでなく情報の伝達もしているオリビアは、小さな部隊の中で重宝されていた。彼女の微笑みで、士気が上がった。
「オリビアは後衛だから、魔物が行かないように頑張ろうぜ!」
女子とほぼ面識がないために今回で一番士気が上がっているペステも、ジーリッシュの背中を叩いて拳を突き上げた。皆いつもよりも早く準備を整え、あたたかな眼差しで彼女を見て目を剥いた。治癒士であり戦わないはずのオリビアが、槍を装備していたのだ。穂先が長くて、全体ではオリビアの身長の二倍くらいはありそうな程大きい。どうやって振り回すのだろうか。
「槍ってお前…」
重いので女性に人気がない槍、しかも重い部類のものをわざわざ装備するという暴挙に出たオリビアを、ジーリッシュは呆れた目で見た。
「えぇ。治癒士ですもの。」
当たり前でしょう、と続いた言葉に、ジーリッシュは諦めて前を向いた。きっと槍と治癒に何か関係があるのだろう。魔法による馬は出せない歩兵、つまり魔法騎士団の末端であるため、きっと知らないのだ。
「お前、本当に戦いに出るのか…後ろで待っとけ!お前がやられたら意味がない!」
隊長のルークが呆れたように呟き、鋭く命じた。治癒士なので、普通の配置はもちろん後衛である。前衛に出てこようとしているように見え、他の人たちからすればものすごく怖い。
「本隊に向かわせるな!弱い魔物をできるだけ倒せ!」
「おう!」
ルークの命令に、隊員全員が頷いた。魔力が少ない彼らは、本隊の人々のように戦うことはできない。だからこそ、彼らの負担をできるだけ減らすために端の方の弱い魔物が多いところで戦う。
遠くの方に、いくつかの影が見えた。浮いているが鳥の大きさではない。魔物である。さらに、土埃も立っていた。飛ぶ魔物だけでなく、地上を走る魔物もいるらしい。
「来たぞ!戦闘用意!」
ルークが命を下す。チャキッと剣を構える音が響いた。一体一体の見分けがつくようになり、続いてその姿の詳細がわかるようになった。
「戦闘開始!」
ルークの声が響くと同時に、全員が飛び出した。そう、その場にいた全員が。
「えい!」
可愛らしい声が聞こえると共に、何頭もの魔物が吹き飛んだ。遠くまで吹っ飛んでいった魔物たちは、歯茎を剥き出しにして舞い戻ってきた。
「本隊に行かせるなー!」
ルークが声を張り上げる。目では見えないが、すぐそばには本隊がいる。彼らの方に弱い魔物を行かせないことが、第五分隊の誇りだ。今まで任務に失敗したことはない。
「おう!」
「わかりましたわ!」
男たちの野太い声に、可愛らしい声が混じる。それを聞き流そうとして、ジーリッシュは失敗した。
「…あれ?」
戦いの中、ジーリッシュがチラリと隣を見ると、オリビアが先ほど装備していた槍を大きく振り回していた。唖然として、その風切り音つきの見事な槍捌きを見る。
「そちらに二匹向かいましたわー!」
「おう!…え?」
オリビアの自然な声かけに元気よく反応した他の隊士たちも、ギョッとしてオリビアを見る。
「おい!治癒士が戦ってるぞ!」
「は!?」
「なんでだ!?」
「治癒士は戦わないんじゃなかったのか!?」
鍛錬の賜物で、叫びながらもなんとか魔物を足止めし、倒す。しかし相手の数が多すぎる。隊員たちの体にどんどん傷が増えていき、動きが鈍くなっていく。
「癒しの風よ、彼の元に!アウライ・アネモス!」
オリビアの澄んだ声が響いた。それと同時に、傷が少しだけ回復する。少なくとも止血がなされていることが確認されて痛みは減り、第五分隊の士気は上がった。
「いくぞー!」
「おー!」
「はーい!」
いい子の返事が聞こえてきたが、第五分隊はもう気にしないことにした。これを現実逃避という。
「いや、おかしいだろ!」
ジーリッシュの声は、魔物の断末魔にかき消されて誰にも届かなかった。そして目の前では、オリビアの槍によって大量の魔物が吹っ飛んでいった。
「シュートルン!そっち行ったぞ!」
「わかりましたわ!」
もう治癒士としてではなく、普通の隊士として扱われているオリビアはそれを当然のものとみなして槍を振り回していた。たまに、ぶおんと風切音が鳴っているがそれはジーリッシュの聞き間違いで、魔物の腕が振られている音が遅れて聞こえているだけなのだ。きっと、いや絶対そうだ。ジーリッシュは心の中で何度も何度もつぶやいた。
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