星屑みたいな僕ら

千世 護民

終の始

 【本気になったことはあるか】

昔、部活の先輩に言われた一言がそれだった。はっきり言って衝撃だった。

たかが“部活”で?

未来に活かせるわけでもないこのジャンルで?

オツム足りなくてすまんかったな。

だがこのジャンルの大学に行く気はないんだよ。

【始めたきっかけを覚えているか】

中学生からだ。

面白そうだな…と思って入った

“合唱部”

中学生の頃はそこそこ面白かったぞ。

誰でもできるからこそ楽しさがあった。


今はない。


なにが和音だ。曲の考察だ。

ましてや調子に乗ってオペラまで歌わされて…

やりすぎはよくない。

基礎トレは良かった。毎日筋トレや音感トレも欠かさなかったおかげでこのバカでも少しは役立つ程度に成長した。ロングトーン、表現、声の厚み。どれをとってもこの活動内じゃトップ(笑)レベル。先輩からも一目置かれる存在に。時折ソロも任されるしそこそこ実力もあるほうだと自分でも自信になっている。


そのせいでおかしくなってしまったのかもしれない


部活内のレベルが上がり、おかしくなった。

みんなチューナーを持ち出して赤になった瞬間レギュラーから外された。

大会でもそこそこな成績を収めるようになり、毎年皆勤賞だった地域のイベントも辞退した。楽しみだったご老人もたくさんいたそうな。


そして先輩から冒頭の言葉を浴びた。

本気になんかなれなくなった。

先輩も顧問も鼻がのびのびしていて救いようがなかった。

物事が悪いほうに進むのはもう決定事項だ。


 そんな中で俺は部活を辞めた。

特待で入ったこの部活に未練はなかった。

ただ辛かった。いや、苦しくもあった。

俺が正式に辞めて数ヶ月。

先輩もそろそろ卒業だというのに、事件がやはり起きた。

顧問がお世話になっていてたびたび私たちにも講義をしてくれる大学の非常勤講師に対して俗に言う

“賄賂”

を渡していたらしい。

主に大学の不正入学。実技の得点を高くするとか大学入試の筆記の答えを無断で持ってきて生徒に見せるとか平気な顔でやっていた…らしい。それで入学内定した生徒も実際にいたとか。

音大は難しいと聞くが…そこまでしないと入れなかった先輩に脱帽。あっぱれ。

よって顧問のせいでその音大と我々合唱部がニュースで掘り下げられて一気に評価が下がった。しばらく高校で嫌がらせのメール電話ファックスなんかが続いたそうで。

そうそう。なんやかんやあって、俺の合唱部を辞めた経緯を説明すると今まで受けていた特待を継続してもらえることになった。合唱部は実質解体だが。まあ色々免除してもらえることになったからヨシ。




…なんて昔話をお酒の席で饒舌に話す元先輩。今は部下。なんだか気まずかったこの先も啖呵を切って話す様を見れば実に滑稽。

元々校舎があった、どこにでもある飲み屋の店主である矢口は結婚したものの浮気をしバツイチ。慰謝料、教育費という借金を背負いながら経営する元クラスメイト。得意料理はたこわさ。


なあ、しんじ。お前、毎日ここにいるけど大丈夫なんだろうな


なにが?矢口は俺にきて欲しいんじゃないのか?


いや、そうだけどさ。ほら…金銭的な面で


俺は矢口と違って独り身だから平気だよ


昔から変わんねぇなお前は


そういや先輩は?子どもいるの?


俺は妻だけだな


先輩…と呼んでいるが、実際は部下なのでタメ口を聞いている。でも当時の呼び名が抜けなくて職場でも通り名が先輩になった。ただ今だけは人間として先輩と呼ばざるを得ない…うう。


酒は進み終電…は過ぎたかな?多分。

とりあえずでろでろに酔っているので、仕方なーく泊めてもらうことにした。

店の片づけやら布団やらなんやらやってようやく寝た。泥のように眠る。体が重くて重くて仕方がない。足にも毛布をかけたいけど、バタバタしても毛布の端は見つからなかったのでやめた。


 カラスの鳴き声で目が覚める。現在時刻午前2時。こんな時間に彼らは鳴くのか。田舎のばあちゃんみたいだな。


___いや、鳴きすぎじゃないか?

そういやばあちゃんが言ってたな。

『多くのカラスが鳴くときは導きのとき』

ぎこちない操作で窓を開ける。


 電柱にこれでもかと並ぶカラス。天に向かって全身で鳴いている。

叫びにも近いカラスの声に圧倒されつつ、その声を聞いてもなお起きない雑魚寝2人の泥酔っぷりに感動した。それと同時に外に出て見たいと思った。

玄関を開ける。

ちょうど出迎えてくれた一匹のカラス。

真っ白な身体に真っ赤な瞳。アルビノだろう。

じっと赤い瞳に見つめられている。吸い込まれるような感覚に思わず立ちくらみすら覚える。


寝起きでぼやけた視界にそのカラスがひと鳴き。そこにいたカラスが全てこちらを向き、その様子をじっと見つめる。

次に赤い目玉は踵を返しチョンチョンと地面を蹴る。またこちらを見つめる。の繰り返し。


ついてきて欲しいのか?


また地面をチョンチョン蹴る。


どこまで行くんだ?


チョンチョンは歩くスピードよりも速い

早足でも追いつけないくらい


しばらく着いていくと流石に疲れたのかカラスが飛び立った。

樹にとまる。

視線が自然と上にいく。


この樹…お前、カラスか?


かあ


ここまで導く案内人ってことか?


…かあ


そんなことはどうだっていい。

そんなことより…この縄を…


縄を…どうしたいんだ?俺は…!

今縄を見てなにがしたいと思った?縄なんて使わないだろ。縛るときくらいにしか使わんだろ普通。なのになんで…?


白いカラスはじっとこちらを見つめる。何かを待っているようにも感じる。


縄…思い当たることはないな。この縄も端っこで千切れたところ以外変な様子はない。

腕を挙げる。

縄に触れようとする。


かあぁ!


鼓膜をつんざくような鳴き声に驚いて尻もちをついた。


な…なんだよ。触って欲しくないのか?

なんでじゃあここに連れてきたんだよ。


再び飛び上がるカラス今度は山の深くへと飛んでいく…その後ろを目で追うと山の木々が視界に映る。


樹に縄が…しかもこれ、自殺するための縄じゃないか

さっきのは先が切れてたけどこっちはちゃんと輪になってるし、枝が丈夫そうな樹にしかついてない。

ひとつやふたつじゃない。太い枝全部に縄がかかってる。茂っているおかげで上を見ない限り縄には気が付かないが、なんとなく嫌なニオイもしてきた気がする。カラスはずっと奥の方でかあ、とひと鳴き。急かされているようなので小走りで向かう。

気のせいだろうけど黒いモヤが視界を遮っている気がする。木の根っことかわかりづらくて転びそうなんだが。寝ぼけてるのかな。


…かあ


しばらく進むと頭上に白いカラス。気がつかなかった。

見渡すとここが山の奥で頂上らしい。昇りかけた朝日が見える。まぶしい。


バサッ…かあかあ


一本の樹に止まる白い者。くちばしには縄が。それを器用に樹にかけた。

樹は朝風にゆられて伸び伸びと木の葉を踊らせる。

縄に目をやる。同じくくねくねしている。


導かれるように腕を伸ばす。

さっき怒られたばかりなのに。

でも、これはただの縄だ。

輪があるわけでもない、千切れているわけでもない。

なんの変哲もないただの“縄”

手を伸ばす

白いやつは無言。こっちを見ているのだろうか。


全ての意識が縄に向く…


風が強いな…あ


風になびかれて指先が縄に触れた。


そのとき、なにかがフラッシュバックしてくる…!


白い…白…しろ




スーツを着こなす…


「皆さんの今後が幸せであることを願います」


風になびくスーツに…


卒業おめでとうと描かれた黒板



卒業式も終わり、ついに解散。別れを惜しむ生徒と別れの悲しみであふれかえる校舎。



「皆さんにひとつ。隠し事をしていました」


ざわつく教室。


「私は…」


息をのむ


「私はガン患者です」

悲鳴にも近い声が教室中に。…うるせー

あと、俺は前々から知ってたよ。明らかに変だったじゃん。


呼吸が荒いよ…シャツ、緩めればいいのに。

「先生はこの病気に気がついたとき、思いました“君たちを絶対全員卒業させてやる”と。」


そう。ガンは一度腫瘍を取っても血を巡って根を張ってしまう。二度目に根を張ったとき僕に「君が立派な医者になるまでの土台を作る」

って病院の医者の前で宣言してたっけ。抗がん剤ではなく痛みを和らげる治療を受けているんだとか。


しばらく思い空気に包まれた。


「でも、皆さんの卒業をこうしてお祝いできてよかった…」




そんな人生の分岐点を終え、俺はまた先生に呼び出された




ごめんなさい、君にお礼を言おうと思って…


もういいって。何回も聞いた


だから…


じゃあ、俺の話を聞いてよ…先生


なあに?ついに皆勤賞宣言?


ちがうよ…癖ついてるから俺は無理。

…。


話しづらくなっちゃったね…じゃあ…


いや、今話さなきゃいけないんだ。


(軽く深呼吸。先生の細くなった腕をそっとつかむ。もう、近いんだね。もう、時間が…)


先生…えっと…

ずっと前から好きでした。受け取ってください


先生のネクタイが揺れる。いや、ふるえているのか?なけなしのバイト代で買った……しょぼいけどこれくらいしか…


…じゃあ先生からもひとつ。

あのとき君が病院を勧めてくれなかったら今頃先生は病院にいることになっていた。君の卒業を迎えることもできなかっただろうし、自分の命さえ…

ありがとう…本当に。


そのまま俺が差し出したそれ指輪を手に取り頬に近づけた。そしてくしゃっと微笑む。



『僕も、生徒であり僕を慕ってくれる君のことが好きだよ』



“ピンポーン 職員会議へ参加の先生は速やかに集合お願いします”


あ、行かなきゃ


先生…


もう先生って呼ばなくてもいいんだよ


俺が呼びたいだけ

先生はこのあとどうなるの


教師を辞めて、ホスピスに行くんだ。

将来有望な医者見習いの君なら先生がどういう状況かわかるね?


ホスピス…はあ、ほんとに…時間がないんだね


そういうことだ。先生は残りの時間を謳歌するよ。






そう、言ってたじゃん。なんで……こんな寂しいところでさ…?

ねえ!なんで俺があげた指輪大事にはめてるんだよ…!















白い。それは先生のネクタイの柄だった。いつも何かしら白い柄がついたネクタイ。ワイシャツをしっかりインして。服装には厳しかったな。


風が強くなってきた

木の葉も擦れて笑い合っているように聞こえる。


なあ、全部、思い出した


かあ…


先生のアレを見たあとぼーっと道を歩いていて、何か強い衝撃が頭にあった。そこから記憶に穴が開いていくつか思い出せない記憶があった。

…でも全部、思い出したんだ。


アルビノ…お前…

言いかけたときぶわっと強く風が吹く。


『もう大丈夫だ。お前ならきっといい医者になれる。先生が保証する。じゃあ。』


シャツがなびく。ネクタイがなびく

…ように、アルビノのカラスが風に乗って飛んでいった。


アルビノとは皮膚組織がメラニン色素を作り出せなくなる異常によって、皮膚が白くなり目が特徴的な赤を帯びる。

その白が先生がよく着ていたシャツと一致する。

その赤は、先生が持っていたまるつけペンの色。


シャツがなびく様子は先生の最期もそう。

あろうことか、彼は自宅に生えていた柿の木に縄をかけ首を吊った。

…俺が見つけたのはすでに何時間か経ち、首に鬱血の跡がはっきり残った状態だった。首の骨も折れ、ほぼ即死。細くなった首や手首には何度もリストカットをした痕があった。

首だけでゆらゆら揺れる先生の体。

体の痛みは薬で取れても、こころの痛みは取れない。だから、自分が壊れてしまわないように教師をしていたんだと思う。


でもそんなのどうだっていい。俺の先生がここまで苦しんでいたことに気づかなかった。

そんなことまで頭の回らない自分に腹が立つ。



今まさに、医者としてすでに二年が経とうとしていた。

正直そろそろやめどきかな、と悩んでいたころでもあった。


アルビノが飛ぶ直前に聞こえたあのセリフ…



どうやら俺はまだ頑張ったほうがいいらしい

せっかくかわいい後輩(先輩)もいることだし。













ただ、俺が唯一許していないのは




“先生はホスピスなんか行く予定はなかった”




ことだよ。

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