黒秘書さんとの出会い-4

「では教えてくれる? どんな家庭で育ったの?」

 家族のことを聞くのは人となりがよく分かるからだと聞いたことがある。アリーは素直に答える。

「うち、母子家庭だったんです。物心ついた頃に父は亡くなったと聞いています。母は働いていて、お金に困っている様子はなかったですね。働いている母の姿を見て、自分もしっかり働かないとと思って、私、思い込んだら一途なところがあって、ずーっと勉強漬けで、気が付いたらMBAとってました。自分でも不思議です」

「そんなことあるんでしょうか?」

 黒秘書さんは信じがたいという一方で呆けたような顔をした。

「私、それほど頭のいい方だとは自分では思いません。でも努力でカバーはできるので。やっていたらそのうち楽しくなったんです」

「お得な性格ですね」

 黒秘書さんは呆れたように笑った。

「高校生の時に母が亡くなって、これからどうしようかと考えていたときに、母の遺産の管財人になったという大叔父がいろいろアドバイスしてくれて、ここまで来られました。この会社も大叔父のアドバイスがあって知ったんです」

「大叔父さんですか……どんなお方なんですか?」

「実はお会いしたことがなくて。しかも連絡はいつもお手紙なんです。このご時世に」

「よくそんな人を信用しましたね……」

「母から頼るよう言われてましたから」

「それはそうですね。そうでないと不用心ですものね」

「自分でもガードが甘い認識はありますが、なんとかやってこられました……きっと悪い男からは騙されるようには見えないんです。地味顔なのも利点があるってことです」

「君が地味顔だとは思いませんよ。しかし、やはりガードは固い方がいいでしょうね」

「自分の身は自分で守らないといけませんからね」

 地味顔でないと言ってもらえたのは嬉しい。これから社会人なのだからと気合いを入れて化粧を研究した甲斐があった。

「その通りですよ。若い独身社員が大勢いるから気を付けないといけませんね」

「ブラッドレイさんだってお若いでしょう。私とそんなに変わらない」

「来年は30歳です。4歳差はずいぶん違うと思いますよ」

「そうですか?」

「ああ。そうでした。だいぶ話をしてくれたのに、私が話さないのは不公平ですね。私は子どもの頃、学校にもいかずに街をぶらついているときにここの社長に『遊んでいるんだったら手に職をつけるんだ』と声を掛けられてショコラティエの修業を始めて、それからあっという間に会社が大きくなって現場から離れて、社長の秘書になって、独学で秘書のスキルを身につけて、今に至っています」

「学校には行かなかったんですか?」

「結局、修行しつつも義務教育はいかされましたね。義務教育の内容を知らないと社会に出てから会話に困るものだと言われまして」

「そうかもしれませんね」

 大学院まで知識を詰め込んだアリーとしてはその辺は分からない感覚だ。

「現場に戻りたいとは思わないんですか?」

 たたき上げだからこその筆頭秘書なのだろう。彼はよほど社長に気に入られているに違いないとアリーは判断する。

「社長が元気なときは毎日のように工房に入り浸って研究を続けていたので……今でも時間ができたら工房に入りますので、現役と言えば現役なんですよ。このフロアにも工房があるので」

「そうなんですね。こんな大きな会社なのに。いえ。こんな大きな会社だからこそ、でしょうか。でも社長は体調がよろしくないんですよね……」

 その話は新入社員のアリーでも聞いている。もう何ヶ月も入院して、退院の目処が立たないということで、入社式のときも挨拶は副社長だった。

「必ず回復してくれると願っているんですが……それに……」

 黒秘書さんは何かを言いかけたが、アリーを見た後、黙ってしまった。その先を聞きたく思ったが、アリーはすぐにその考えを消した。きっと言いにくいことなのだ。

「一代でこの会社をここまで大きくした社長の神レシピ、私も是非、見てみたいです。ブラッドレイさんは開発助手でいらしたんですから、もちろん見たことがあるんですよね」

「ところが肝心なところは内緒なのです。師匠は、ああ、いえ、社長は見て盗めっていうタイプだったので。しかし『神レシピノート』は実在するんですよ。社長は単に『ノート』って言っていますが」

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