チョコレート会社の社長令嬢と黒秘書さんの、チョコよりも甘いショコラティエ・コンペティション
八幡ヒビキ
第1話 黒秘書さんとの出会い
黒秘書さんとの出会い-1
ハイパーメガロポリス――ここがどこの国かはこのお話にはあまり関係がない――の一角に世界的に名を馳せつつある
名を“ショコラトル”という。古代アステカの言葉で“苦い水”という意味だ。カカオを粉末にして水に溶かしたものは単に苦い。チョコレート《ショコラトル》が甘くなったのはヨーロッパで砂糖を混ぜるようになってからだ。
なるほど。さすがに高級チョコレート業界で世界シェアを目指している新興ブランドだけある。やっぱり甘くはないぞ。
入社10日目、新入社員研修の最終日を終えたばかりのアリー・レインは教官室の扉の前で両の拳を握り固め、力を込める。
今どき新入社員研修なんてと思われるかもしれない。だが、ここの社長は世界的権威のあるショコラティエコンクールで優勝し、小さなチョコレート工房から一代でここまで会社を大きくした人物で、創業当時からやり方を変えていないとのことだった。2週間をかけて、事務職だろうと総合職だろうと、中途入社の見事な経歴を持った本物のショコラティエだろうと、みんなが一緒になって“ショコラトル”のチョコの作り方を学ぶ。25階建てのビルの半分にこの会社が入っているが、そのうちの1フロアがまるまるチョコレート工房になっており、そこが研修会場にしているという気合いの入れようである。なお社長は日本人なので、日本の風習も反映しているらしい。
この研修で、ホワイトカラーは現場がどんな仕事をしているのかを身体で理解し、ひよっこのショコラティエと言えるだけの技能を身につける。職人は職人で、この会社のやり方を覚える。また、20人もいる同期が一緒に苦労したことで同期が一体感をもつこともできる。有意義な研修だった、と最終課題のチョコレートを作り終え、アリーはある種の感慨を覚えた。
最終日の研修担当官はこれまでも幾度か研修担当官を務めた、この会社の筆頭秘書、ブラッドレイ・ミルスという若い男性だ。ブラッドレイは黒髪短髪、細身なのに、パテェシエ・ユニフォームの上からでも分かる筋肉質の身体をもつ、うっとりするような美形だ。女性のような、いや、彫刻のような顔立ちをしている。まるで日本のRPGのムービーで出てくるような現実離れした美形だ。初めて彼を見たとき、アリーは目の保養だなと思いはしたが、それ以上ではなかった。なにしろこれまでの人生で、美形の男子と――いや、男子と関わり合いになったことのないアリーには、目の保養以上にはならないと経験則上、分かっていたからである。
しかし彼女の予想に反して、ブラッドレイが最終課題の出来具合を確認しに来たとき、彼は驚いたように言った。
「この作品を作ったのはどなたですか?」
ブラッドレイはオレンジピールを使ったチョコを指さし、恐る恐るアリーが手を挙げた。
「は、はい。私です。何かしくじりましたでしょうか……」
ブラッドレイはアリーの顔を見て少し驚いたような顔をした後、コホンと咳払いをして、アリーから目をそらした。
「君ですか……研修が終了したら、教官室に来てください」
「は、はい……」
どうやらアリーはチョコ作りに失敗したらしい。
“ショコラトル”の社名の通り、やっぱり甘くないぞ。
こうしてアリーが自分にそう言い聞かせる冒頭に戻るのである。
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