第25話 すれ違う火種

 為恭と綾野は京を出るのだが逆に上洛する者たちの姿も多い。深編笠ふかあみがさの侍と網代笠あじろがさの僧が歩いてくる。旅の道連れには珍しい組み合わせだ。

 すれ違った旅人は侍に出迎えられていた。


「お待ちしちょりました」


 出迎えの侍が旅人に腰を折り、為恭たちの後ろ姿には舌打ちを送った。


「騒がしい連中でありますな」

「京の者は和歌でもんどるだけじゃろと思うちょりましたわ」


 旅の侍も深編笠を少し上げて為恭の後ろ姿を追いながら応じる。侍たちは互いに戯れ言を受け取って軽く笑った。長州言葉だろうか。彼らの話しぶりからは京言葉とは違う舌鋒ぜっぽう鋭い印象を受ける。


月性げっしょう様、お疲れでありましょう。すぐに宿へご案内いたします」


 網代笠が月性の笑いにつれて揺れた。


「なんの、この程度。だが旅塵りょじんを落とせるのはありがたい。西本願寺に呼ばれておるし、梅田うめだ雲浜うんぴん殿ともお会いする予定だ。あまり見苦しくてはいかんからな」


 壮年の僧の言葉は力強い。旅の疲れも見せない様子に出迎えの侍も感嘆の声を上げ、こちらへと歩きだした。


 長州は国が海に接していることから異国船の出入りもその所業も早く伝わる。外からの刺激に敏感なのだ。それを脅威と感じ海防論が生じるのは自然なことであり、幕府のぐすぐずとした政策に不満を募らせる者が多い。


 国防の急を叫ぶ声は攘夷に結びつく。長州は今や尊王攘夷の急先鋒と言っていい。

 月性はその思想で藩論を統一することに力を尽くしていた。


「お話を伺うのが楽しみでありますね」

大楽だいらくさんも張り切っちょられますな」


 声をはずませた大楽は少し照れくさそうにうなずく。二十代半ばに見えるが興味深そうに辺りを見るところなど初めて国元を出たのだろうか。

 まずは宿へと侍が先を促す。いくつか辻を過ぎ、三条通りを曲がろうとした時だ。


「お嬢様、三条までというお約束ですよ」

「わかっているわ。林、急ぎましょう」


 角の向こうから声が聞こえ、華やかな着物が目の前に現れる。大楽は角を曲がりかけて足を止めた。


「あっ」


 急いでいたらしい女がつまずいて倒れ込んでくる。支える大楽に気づき、すぐに離れた。


「お武家様にご無礼を致しました。お許しくださいませ」

「怪我がなければよい。大事ないか」


 申し訳ないと女が頭を下げる。


「いや、かまわぬ。それより急ぎではないのか」

「ありがとうございます。それではお先に失礼させていただきます」


 女は裾をひるがえし急ぎ歩き出したが、立ち止まり微笑んで軽く辞儀をしてから踵を返した。


「京美人というやつか。伴を連れておるなら良い家の娘でありましょうなあ。最後の笑みは大楽さんに気がありそうな顔でしたな」


 侍が大楽をひやかした。その言葉に否定を返しながら、大楽も心の底では満更まんざらでもない。


「大楽殿もお若いのう」

「月性様まで何を言うちょられますか。俺は別に……」


 月性の笑顔に赤い顔でつっかかる。国学と海防、尊攘そんじょう一辺倒いっぺんとうの長州人なれば、存外に初心うぶなのもうなずける。

 大楽をいなした月性が年寄りくさい声を出してみせた。


「それよりも宿へ案内してくれんか。年寄りに立ちっぱなしは堪えるでのう」


 侍が恐縮して腰を折り、大楽はかぶりを振ってため息をついた。

 京はこれからさらに多くの火種を抱えることになる。


 月性の開いた清狂草堂せいきょうそうどうは、松下村塾しょうかそんじゅくと並び、多くの門人を輩出している。この僧の元で学んだ大楽だいらく源太郎げんたろう久坂くさか玄瑞げんずいは過激なほどの尊王攘夷思想を持っていた。

 この過激で初心な男の心もまた火種のひとつとなるのだ。

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