第17話 綾子との出会い

 焼け落ちてしまった家の代わりを探していたが、為恭が八条はちじょうきょうの家が空き家になっているのを見つけてきた。烏丸通からすまどおり下長者町しもちょうじゃまちに移る。


「なんとか絵も無事やったな」

「お借りしていたものをお返しできてほっとしましたよ」


 綾野は為恭にうなずいて言った。

 あれから復興も進み始めた。公家の屋敷もだが特に御所は急ぎ建て直している。

 

「皆様、お怪我もなく本当によかったですね」


 綾野が改めて無事を喜ぶと、本当にと同居人もうなずいた。


「帝もご無事でなによりでしたね、ひと安心です」


 この屋敷では阿部あべ忠彦ただひこ夫婦と同居することになった。人柄の柔らかい男で宮中の楽人がくじんである。


「皆様よろしゅうお願いします」


 そう言った忠彦に言葉を返す間もなく、若い女の声が聞こえてきた。


「ごめんくださいまし、阿部様はこちらにいらっしゃいますか」


 これはめいの声だと忠彦の顔が明るくなる。火事見舞いに来たのだろう。気を利かせた下男が案内してくれたらしく急ぐ足音が聞こえてきた。


「ああ、おふたりともご無事でよろしゅうございましたわ」


 美しい女だった。

 忠彦の妻を見た途端、手を取り合って涙する。

 忠彦も気に入りの姪なのだろう。見舞いに対してだけではない嬉しさが言葉に滲む。


「わざわざ来てくれてすまないね。そちらの家は無事だったようでよかったよ」

「はい、おかげさまで。皆、無事でいます。おふたりともお元気な様子でほっとしましたわ」

「失礼ですが……どちらの方か伺ってもよろしやろか」


 為恭の問いに忠彦が相好そうこうを崩す。


「妻のめいでして新善法寺しんぜんぽうじ家の綾子あやこといいます」


 石清水いわしみず八幡はちまん祠官しかんを務める新善法寺家は、足利将軍の頃からの古い家柄で家格が高い。綾子はいかにも良家の娘といった雰囲気の女だった。


「ええお名前やねえ、美しい方にようお似合いや」


 蕩けたような顔で為恭が綾子を見た。


「まあ」


 綾子も頬を赤らめ、にこりと笑う。褒められて素直に嬉しがるところなどは、常にそういう立場にいるだろうことを思わせる。

 目の前にいる為恭が狩衣かりぎぬを着ていたからか、ふと気づいたように綾子が首をかしげた。


「ああ、これ、ええですやろ」

「よくお似合いですわね」


 綾野は失礼ながらと口を挟んだ。


「絵を描く時の参考に着たものなんです。こういうもの以外の着物は焼けてしまいましたので、しばらくはこれです」

「なるほど絵所えどころも大変ですなあ」


 忠彦は同情を寄せてくれた。だが実は焼けてしまったのも確かだが、まさか師匠の趣味でとは中々言えない。

 これを潮に綾野は引き上げようと為恭をつつく。


「ほな、私はこれで。絵の整理をせなあきまへん。またゆっくりお話させてください」


 画室へ向かう為恭が美しい娘だと例によって妙な声で笑った。


「あのむすめともっと話したいなあ」

「その笑い方じゃ怖がられますって」

「……なあ綾野、あの娘やったら十二単じゅうにひとえも似合うやろな」


 描いてみたいとまた笑う。

 本人に興味があるのか絵を描きたいだけなのか、どうにも判別しがたい。


「そもそも新善法寺といったら格の高いお家柄でしょう。お会いする機会はあまりないのではありませんか」

「せやなあ」


 そう言ったきり今度は興味を失った風で絵巻を眺め始めた。

 綾野としては、あまり綾子に好感を持てなかったので正直ほっとしたところもある。それを自分でも不思議に思ったが、今後は関わることもないだろうとその姿を頭から追いやった。

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