不幸を辿る二人旅 ~人々から忌み嫌われ「鬼」と呼ばれた男は、不幸を望む奴隷少女と旅を共にする~

さばサンバ

第1話「幸せな奴隷少女」

生活は決して楽と言い難い、少数の民が生活している村。

小さな…小さな村。人々が逞しく支え合い、日々を送る。


男は野を駆け肉を得、命をつなぐ。骨太な体を持つ者も、華奢な体躯の者も

誰もが同じように汗を流し、獲物を引きずる。

女は家事に勤しみ、炊事や洗濯、子供たちの世話をして

村の生活が滞りなく回るように働いていた。

時には、男の慰め者になることもあるが疲労を癒す為と、誰もがその身を捧げる。



一つの命が生まれた



人手の少ないこの場所では、子供は村全体で育てる。

数年の時を経て、肉体の成熟した男は

性格とは裏腹に、誰もが恐れるような体格と顔立ちをしていた。

鬼と対する世界、この世では、近しいというだけで虐げられるのか。あるいは恐れか。

幼子であるというのに、小石が体を掠める日も、少なからずあったのだろう。

罵詈雑言は増していき迫害を受けていたにもかかわらず

母も父も、誰もが手を差し伸べなかった。


…反して、男は皆を愛していた。

筋力も、悲劇を目の当たりにした憎しみも

年相応を逸脱していたに違いない。

人は、憎き相手を理解することが難しい。男も、その点は皆と同じだった。


両親の愛は変わらず、無に等しい日々。

小さき村で幸せな日々を願っていた、そんな最中。

一人の娘と男の出会いが運命を変える。

男とは違い、清く皆から愛される娘。男はその娘に恋をした。


目を遮る程の美しい金髪。

花を愛でる様に心優しく、陽だまりのような娘だった。

誰もが娘を愛し、相応に愛も高みへと昇っていく。

遠目に見るだけでは心の鳴りは収まらず

男は娘に声を掛けた。彼女に愛を抱くことは必然であり、決して他者に譲ることはない。

「好きだ」たったの一言が伝えたかっただけなのに。


愛した娘も、男から目を背けた。

当然だ、村を危険に晒すと謳われる存在など、誰が愛そうものか。

男は一人になった。誰も彼もが男を恐れ、疎み、拒絶した。

そうして、ある晩、男は逃げる様に人里離れた森へと逃げ込んだのである――――――


「くそっ…なんだか良くない夢を見ていた気がする…」


太陽の煌めき、心地よい野の音に反して、気分は曇っていた。

気持ちを晴らす為と言い聞かせ水浴びをする。

人里に赴く以外、清潔にする必要が無い為、肌触りの悪い布が、湿った体から垢見せる。

髪を拭く、朝食を食べる、一連の行いは日々にとって、面倒くささが募る。


「行ってきます」誰に見せる訳でも語り掛ける訳でも無い。

適当な衣服を身に着け日の光を浴びる。


「今日は暖炉にくべる牧でも割ろうか。

…あ、そうだ。調味料を切らしていたんだったな」

零れる溜息も、嫌気のさす道行きも、日の光によって打ち消される。


そうして、今日という一日が始まるのだ。


足元で枯葉が音を立てる。

両側に広がる木々の間から、地面に向かって斑点模様を色付ける。

道は決して広くはないが、その狭さが人っ子一人居ないこの場にとっては丁度良い。

苔むした岩、所々には小さな草花が顔を出す。


…毎日同じような感想を抱くのも飽きてしまうな。


「せっかくだ、日常を思い返してみよう」


普段は山で獲物を狩り、山菜収集で自給自足を行っている。

近頃小物を作っては、森の抜けた先にある「ティアスティア」

という街に住まう商人たちを目的とした出稼ぎを行っている。

景気が良いと多少の懐が温まる時があるが

俺には、一つの目標がある為、無駄遣いを

削減して、堅実に貯蓄をしているのが現在の状況下である。


「人と関わらないで一人生きていく」

それが、掲げる志。この体と面、人の目を憚む程、俺は世の中に嫌われている。


ふと、歩みを止めてしまった。辺りを見渡しても自分以外誰も居ないというのに。


もし、自ら他人を拒絶しているだけだとしたら。

それ程までに自分は他人を恐れているのだろうか。

いや、そんな筈は無い。恐れる必要など、無いはずだ。

心の不安を掻き消そうと、頭を横に振るが、答えは出てこない。


なんてったって、俺は、自分が大嫌いなのだから。

自問自答を繰り返し、聞いてるだけでも心が沈む様な回答をしたところで

人の声や騒音が耳に鳴り渡る。

視覚の焦点が足元を指していたが、その音で徐々に視界が上向きとなる。

見慣れたいつもの街並み、活気良く商売の盛んな街

人を蔑み、恐れを露わにする冷たい視線。

これが現実だ。この視線が俺を見る目なのだ。

視線を意に介さず、歩みを再開させる。


立ち並ぶ建物は、今まで見た覚えのある物ばかり。

市場の一角、奥まった通りにひっそりと佇む一軒の店。

外装は木製で、年月を感じさせる古びた建物に見える。

独特な気配が立ち込め、見る者によっては、その煙が調味料の香りに感じられるかもしれない。

戸の開く音で掛けられた呼び鈴が鳴り響き、ひとときの音の余韻が心に染み込む。


「親父、いつものをくれ」

「はいよ、いつもの塩、砂糖、醤油…最低限の物で良いんだな。

それと栄養は摂りな。体ぶっ壊すよ」

静寂の流れる中、慣れた手付きで注文を行うと親父が商品を手渡してくれる。

もう何年の付き合いになるか。口調は多少なりとも気を遣うつもりだが、前提として人との関わりを絶っていた自分なら、きっと治ることはないだろう。

関わりを嫌う俺にとっての唯一の交流の場であり、月に一度の杞憂な日でもある。

親父は歳のせいもあるのか、足腰が弱いものの、人の好く雰囲気を纏う店主。

俺にも分け隔てなく接してくれる数少ない人物だ。


「まいどあり、えぇとぉ…そろそろ名前くらい教えてくれや。

分かんねぇから呼び方に悩むんだよ」

「…親父、俺なんて気にしなくていいって言っただろ」

「そうは言うがな、あんたは常連さんだ。

少しくらい、その気持ちを汲み取らせてくれよ」


全く、強情者だ。返答はせず、無言のまま店を出る。

お互い一言も交わさず、寂しげな背から視線を逸らして俺は帰路へと歩みを進めた。

最近になって、親父は俺に気を遣うようになってきた。

以前から姿で差別を受けているのを察してのことなのか

配慮の言葉を投げかけてくることもあったが、最近になって日増しに増加している。


俺と関わる所を他者に目撃されたら、あの老人がどんな悲劇が巻き起こるか。

この店に通うのも、そろそろ潮時なのかもしれないな。

人通りの多い道を避け、木々が生茂る中を突き進む。

この道は人が滅多に通らない為、俺にとって絶好の場所である。


…が、今日はそうも行かないようだ。辺りをけたたましい騒音が包み込む。

争いや暴動が原因で、騒ぎが起こることは珍しくないが

今回は一際場の盛り上がりが異常に激しいことを感じる。

それは、普段人通りの少ない場からも騒ぎを聞きつけて集まってくる程。

雪崩のように崩れ混む人々、袋で顔を隠匿しながら目立たぬよう周囲に溶け込む。

散々な日に居合わせてしまったと思考を巡らせるが一向に納得の行く答えを導き出せずにいた。


やがて皆の目指す場に着くと、中央には人がいた、一人の女だ。


誰が見ても見目麗しいと口を揃えて言うだろう。

腰まで伸びる金髪の髪は輝きを見せ、服は白色を基調とした物だ。

下は薄紅のスカートを身に着け、首からぶら下げる奴隷の証である首輪がより一層存在感を放つ。


隣には身なりの良い、上質な生地に身を包む男。

奴隷商人の風貌に近しい。反して、女の身なりは、それこそ貴族と言えるが

痩せ細っている手足は、身体共に栄養不足であることを知らしめるには充分だろう。


群衆は気にも留めず、卑猥な視線を浴びせる。

世の中、本当に腐っているなと再確認をするが

関わる気は毛頭無いのでさっさと抜け出そうと思った矢先にそれは起こった。

男が隣にいる女に歩み寄ったと思えば

腰に携えていた短剣を鞘から抜き放ち、女の首元へと突き立てたのだ。


場の盛り上がりは、異常と言っても良い。

卑猥な視線は、進行形で、短剣によって破かれる衣服へと向けられていた。


途端、男は笑みを浮かべ歓喜に打ち震えたのか声を張り上げる。

女は抵抗する素振りを一切見せなかった。何が起こったのか理解していない様子だったが、生きる活力を失ったかのように光を失った瞳は、声に出さずとも主従関係を叩きこまれたのが直ぐに理解出来た。


「お前は今、幸せか?」


声が漏れてしまう、どこか似ているから。

…きっと、俺と君は同じ人生を歩んでいく訳ではないだろう。

けど、君にそれを言う資格はないし、君は俺の事なんて何も知らない。


俺は君に何も話せていない。だから、俺に君は縛れない。

君の枷にはなれない。君の人生に俺は必要ないんだ。


せめて、この思いが、伝わって欲しい。


だから、俺は君の目の前まで走っていたんだ。


「大丈夫です、私は、このままでも充分幸せですので。

悲しい顔をしないで、どうか笑ってください」


運命って奴は卑怯だ。また、言いたくもない声が、涙と共に溢れ出して止まらない。


「じゃあ、俺が不幸せにしてあげるよ」

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