魔王の側近ですが最弱勇者を鍛えて魔王と戦います

姫之尊

第1話 魔王とか神様とかもううんざりだ

 この世界に新たな魔王が君臨して早5年、世界は私達魔物と人間の間で、なんだかんだいい感じに均衡を保ちながら時が流れた。

 しかし、今その均衡が崩れ去ろうとしている。


「さあ、早く行こうシュナク」


 世界の均衡を守るため、今目の前にいる人間達の希望である勇者と、何故か魔王の側近である私は魔王討伐を目指して旅をすることになった。


「もうお家に帰りたい」


 ────


 この世界には人間界、我々魔物の暮らす魔界、そして神々の住まう神界が存在する。


 ネルヴィス、ザヌス、マカライポ、この世界に君臨する最高神。三神と呼ばれる神々だが、別に名前を覚える必要も、崇め奉る必要も無い。


 おそらく、ほとんどの人間と魔物も、まともに存在を認知している者は少ない。

 なぜならこの三神は基本寝ているか、3人で遊んでいるからだ。

 この三神の良いところは、生まれてから数千年、仲が良すぎて1度も仲違いを起こしたことがないということだけだ。

 よくおとぎ話や神話なんかにある、神々の壮大な喧嘩に一般人が巻き込まれるなんてことは無く、そこだけはありがたいと思う。


 とにかく、三神によって現在の魔王は選ばれた。

 前魔王は特に何か成し遂げたわけでも、やらかしたわけでもなく、ただただ滞りなく業務をこなし、人間たちに存在が認識されているのかも分からないまま高齢化により職を辞した。俗に言う定年だ。


 噂では、退職した魔王様は田舎に家を買ったらしいが、奥さんは不満げらしい。


 まあそんなこんなで5年前に現在の魔王様、私の古くからの知人で、全魔王の息子であるメルスが君臨した。

 メルスは前魔王と同様、地味ながらコツコツと仕事をこなした。

 人間に魔物が襲われれば、部下を交渉に向かわせ、逆に魔物がいたずらに人間を襲えば、部下に叱責させ、罰を与えさせた。

 しかし1年前、ある日メルスは仕事終わりに、魔王用の城で禍々しい髑髏が装飾された専用の椅子に座り言った。


「俺、別にいらないよな」


 私の胸を突風が吹き抜けた。

 まるでその風は爽やかに、厳かに、私の胸を抉った。


 確かに彼の言う通りだった。

 職務は別に魔王でなければならないということは無い。

 むしろベテランの魔物たちの方が余程仕事は出来るし、別に魔王という存在は我々魔物の精神的支柱という訳でもない。


 魔王の仕事は、私や他の者が彼に確認を取り、それを形式上念の為彼が了承し、指示を出す。というだけのお飾り業務しかない。


 早い話、人間界と我々の住む魔界との均衡を維持するのに魔王なんて必要ないのである。

 代わりはいくらでもいるし、なんなら代わりもいらない。合議制でいい。

 魔物と人間が大きくぶつかり合うことなんてまず有り得ない。

 実際数百年発生していない。

 時々起きる摩擦も、精々が小さな小競り合い程度だ。


 ではなぜ魔王が存在するかと言うと、それは三神達の趣味だ。

 何となく魔物の象徴的な存在がいたら格好良いから、というくだらない理由で魔王という役職は創られた。

 深い理由や、我々一般の魔物には到底辿り着くことが出来ない深謀遠慮しんぼうえんりょがあるわけでもない。


 そう、馬鹿なのだ。三神は力を持った馬鹿なのだ。


 最初は使命感からなのか、魔王に任命されたことへの喜びからか、メルスもやる気に満ち溢れ、必要程度に職務をこなしていた。

 しかし三日坊主というのか、その姿はあっという間に崩れ去り、徐々に働かなくなり、ついには仕事を放棄した。

 

 働かなくなったメルスは常に周りに女を侍らせ、享楽に走った。

 まあそれほど散財する訳でもなく、財政を圧迫するわけでも醜態を晒すわけでもなかったので、放っておかれた。


 私個人としては、メルスの堕落した姿を見るのは辛いものもあった。


「魔王様、どうか政務にお戻りください」


 何度もメルスを説得しようと足を運んだが、ある日、メルスは言った。


「やだよ。よく考えてみろ。本当に俺に戻ってきてほしいか。正直いないほうが手間も省けていいんじゃないか。気を使う必要も無いし。仮に俺が戻ったところで面倒が増えるだけ、そうだろう?」


 なんとも情けない、魔王とは思えないセリフを彼は言い切った。

 しかし実際そう言われると言葉が詰まり、半ばメルスを立ち直らせるのを諦めた。

 自分の力のなさが情けなく、自分を殴りたくなった。

 しかし目の前で女を纏わせて自らを慰めるメルスを見ていると、怒りの矛先はそっちに向いた。

 メルスの頬に拳をぶつけたい衝動を抑え、彼の前を後にした。


 その日以降、メルスを目にすることは無かった。

 私は魔物たちと協力し、政務に当たった。

 現場に赴き、悪さを行う魔物を罰し、税金を誤魔化すものに対してはしっかりと取り立てた。

 勝手な建設物や兵器の開発は摘発し、その都度無効にした。

 魔王様の側近の年寄達から、魔王様の代理と囃し立てられた私は、何とかその職務を全うしようとそれまで以上に精を出したが、別に仕事量は増えなかった。

 考えてみれば元々重労働だったのだ。



「お疲れ様です。シュナク様」


 ある日、数ヶ月ぶりの休みということで家の庭で休んでいると、紅茶を入れたカップをふたつ持った妻のリディアが目の前に座った。


「ありがとうリディア」


 白いテーブルを挟み、久しぶりに妻と面と向かって会った気がした。

 リディアは背中に生えた白い羽を震わせながら、紅茶を啜った。

 彼女は熱いものを口にする時、いつも羽を震わせている。

 私にも黒い羽が生えているが、熱いものを口にしても震わせたりしない。

 ただ背中が痒くなると、自然に震えた。

 

 目の前に置かれたティーカップを手に取り、紅茶を啜った。

 野性味溢れる香草の香りが、鼻腔をくすぐる。

 別に熱くはなかった。というか少しぬるい。


「ふぅ。美味しいですねシュナク様」


 紅茶を飲みながら、リディアは満面の笑みを浮かべた。

 リディアの年齢は私とそれほど変わらないか、年よりかなり若く見られることが多い。

 だからといって兄妹に間違えられるとか、親子に間違えられるとか、そういうことはなかった。


 元々長い銀色の髪が、いつの間にかさらに伸びている。

 それほどまでに長い時間顔を合わせていなかったのかと、驚きと申し訳なさが溢れた。


「こうして2人で共に過ごすのもいつ以来でしょうか」


 リディアはティーカップを置き、両手でカップを包むように持ちながら言った。


「ごめん。最近忙しくて」


「シュナク様が謝る必要は⋯⋯私達のためにお働きくださっているのですから」


「そう言って貰えると助かる⋯⋯」


 事実、リディアの言葉でだいぶ気が楽になった。


 結婚して2年、特に喧嘩もなく上手くやっている。

 私は良い夫婦だと思っているが、彼女の心の内はどうなのだろう。


 私は自分に面白みがないことは自覚しているつもりだ。

 勉強も運動もそこそこ、魔法だって人並み程度、子供の魔物に戦いを挑まれると、善戦するどころか苦戦する。

 だがある意味敵を作りにくいその能力と、性格が功を奏し、若手ながらメルスに側近として任命された。


 側近というふわふわした地位には満足していた。奉行とでも言えばいいのだろうか。

 まあとにかく、生活するのに支障がない給料は貰えるし、今は特に過激派の魔物や人間がいる訳でもないのでそこまでの苦労はない。

 庭付きの小さい家もあるし、大好きな奥さんもいる。


 今の生活は十分ありがたいが、すこし夫婦の時間というものが欲しい。


「今から2人で出かけないか」

 

 彼女に向かって提案すると、彼女の表情が明るくなった。


「本当ですか。では久しぶりに湖になんてどうでしょう」


「いいよ。じゃあ準備しよっか」


 私達は庭から離れ、出かける準備を始めた。

 私は仕事でもプライベートでも、いつも白い襟付きのシャツに黒いズボンという質素で簡易な服装でいた。


 彼女を待っていると、彼女も水色のワンピース1枚という簡単な服装でいた。

 下手におめかしされるより気を使わなくていいから助かる。


 私達は手を繋ぎ、近くの湖を目標に歩き出した。

 途中、街に立ち並ぶ店を覗いては、リディアが私を引っ張ったが、特に欲しいものはなかった。

 強いて言うなら尊敬できる上司が欲しい。


 街を抜けて森の中を少し歩くと、湖があった。

 何人も魔物たちが釣りをしたり泳いだり、それぞれの憩いの場となっている。


「やっぱり湖はいいですね。心が落ち着きます」

 

 私達は腰を下ろし、リディアは草原に寝転がった。

 私は手を地面につき、空を見上げた。

 よく晴れていて雲の流れがわかりやすい。


「本当、いい日だね」


 自然の中にいると、開放感が全身に満ちてくる。

 開放感で満ちれば逆に窮屈なのでは、とか考えてしまう私はきっと愚かなのだ。


 私はリディアの頬にキスをし、赤くなっている彼女の横に寝転んだ。

 彼女の頬に生気を吸い取られたのか、疲れがどっと押し寄せ、睡魔に襲われる。

 薄れる意識の中、リディアが自分の膝を叩いていたので、私は好意に甘え、彼女の膝に頭を乗せ眠りについた。


 妻の柔らかな太ももの感触が、私を暖かい夢にいざなった。


 この時、まさか後で馬鹿達からとんでもないことを告げられるとは思ってもいなかった。



 ──


「ごめんリディア。やっぱり睡魔は怖いものだ」

 

 湖からの帰り道、夕方まで寝てしまった自分を恥ながら、帰り道を歩いた。


「いえいえ、シュナク様もお疲れなのですから。少しは休めたようでよかったです」


 彼女は天使のような笑顔でそう言った。

 大天使とは彼女のことを言うのだろう。

 いや、大天使どころではなく神だ。

 彼女が新たな最高神になるというのなら、私は喜んでその命を捧げるだろう。

 

 

 家にまで戻ると、家の前に誰か立っていた。

 黒く大きい羽を纏ったその誰かは、魔王城で働く仲間の男だった。

 名前は分からない。いちいち覚えてない。

 

 リディアをその場に留めて、その客人へ近づいた。

 近づくと男は頭を下げたので、こちらも頭を下げた。


「なにか御用で」


 男の前に立つと、男は内ポケットの中を探り始めた。


「これを。魔王様から渡すように指示されました」


 男は丸めた紙を取り出し、手渡してきた。


「ではこれで」


 用を終えたのか、男は飛び上がり、自慢の羽でどこかへ飛んでいった。


「シュナク様、今の方は」


 後ろから駆け寄ってきたリディアに耳を傾けつつ、紙を眺めた。

 棒状に丸められた紙から、なにか凄まじい魔力を感じる。


「さあ、これを受け取ったら帰ったよ」


 私達はとりあえず家に入り、私は夕食の支度をするリディアの側で、紙を開いた。

 髪には不気味に描き連ねられたミミズのような文字が並び、非常に読みづらかった。


「ええっと⋯⋯。メルスの友人であり、側近であるシュナクに申す。明日、我らの待つカンドラの山の麓へ1人で来い。この世界に関わる大切な話をしよう。ネルヴィス、ザヌス、マカライポ」


 不穏な3人の名前を読み終え、手紙を勢いよく丸め、壁に向かって投げつけた。

 すると紙はひとりでに動きだし、綺麗に開いて私の顔に張り付いてきた。

 口と鼻を塞がれ、慌てて髪を引き剥がす。


「なんなんだ一体」

 

 顔が少しヒリヒリした。

 おそらく紙に込められた魔力のせいだろう。


 手紙の内容から考えると、あまりいい予感はしない。

 それどころか、とても面倒なことに巻き込まれる気がしてならない。


「そちらには何と書かれていたんですか」


 後ろからリディアが私の肩をつかみながら顔をのぞかせた。


「うん⋯⋯三神が私のことを読んでいるみたいだ」


「え! あの最高神様たちが」


 よほど驚いたのか、大きな声でリディアは叫び、少し耳が痛くなった。


 余談だが、彼女のように三神の実態をあまり知らない、しかし存在だけは認知している者たちはたまにいる。

 最高神という肩書から、奴らに畏怖し、崇めているのだが、実態を知ればその信仰はどうなるのか少し興味がある。

 リディアの中に根を生やした三伸達へのイメージを破壊してやりたい。

 いや、それになんの意味がある。   


 いったい自分は何を考えているのかと自問しながら、私はリディアの手を握った。


「無視したらだめかな」


「いけませんよ。そんなことしたら罰が当たりますよ」


 リディアに肩を両手で何度も叩かれながら叱責された。


「やっぱり?」


「当然です。明日にでも向かうべきです」


 妻に言われるとどうしようもない。いかなかったとしても毎日このことを尋ねられるだけだ。

 それに、いかなかったときの三神からの報復も怖い。

 ふざけた奴らとはいえ、相手は最高神だ。

 私が全てを捨てて殴りかかったところで、指一本で防がれるのがオチだ。


「わかった。明日の朝に行くよ⋯⋯」


「それでいいんですよ」


 彼女はご機嫌そうに言い、台所へ向かった。


 鼻歌交じりで台所に立つ彼女の姿はとても可愛らしく、癒されるが、明日の朝のことを思う時が重くなり、思わずため息が溢れ出た。


 私が最高神に呼ばれたことを喜ばしいことだと思っているのだろう。

 しかし残念ながら、これ以上出世できるわけでもないし、内容もきっと碌なことではない。


 以前、三神に呼び出されたときは、とある集落が水不足で困っているから何とかしろと言われた。

 落石によって水が塞き止められ、さらに日照りで水が干上がってしまったという何とも不運な集落だった。

 確かに、そういうことを解決せず放っておくと、この世界の均衡と平和を乱す不安材料となる。

 だから私は三神に対して上申した。


「ならば神としての力であの地に雨を降らせてください。そして岩を消してください。それで解決するでしょう」


 しかし、三神達は聞き入れなかった。


「それでは面白くない。それに自らの手で救ってこその統治だろう」


 いわれてみればその通りかもしれないが、面白くないとはどういうことなのか。

 結局、その時は各地から術者を呼び寄せ、三日三晩の雨乞いの末雨を降らせ、数十日かけて水を塞き止めていた石を自分たちで撤去した。

                                          

 何も知らない者たちは、神が助けてくれたと舞い上がった。

 それから集落では、神への捧げ物として三日三晩に渡る祭りが行われたが、解決したのはその祭りに参加していた我々だと知るものは、誰一人いなかった。


 色々腑に落ちなかったがそれも無理はない。

 奴ら三神は、事態が解決した直後、我々魔物の手柄を自らの手柄として、人々に吹き込んだのだ。

 自分たちは神界で気楽に過ごし、世を謳歌しているというのに。

 腹立たしくて仕方がないが、最高神といわれるだけあってその辺の政治活動にも強い。

 だから心の中で愚痴を漏らすことくらいしかできないのだ。


 この日は最終的に眠りにつくまで気が重く、リディアには悪いが夕食の味も覚えていない。

 しかし不思議なもので、気が重くなりすぎたのか、眠りにつくのは早かった。


 ────


 翌朝、リディアに布団を剝ぎ取られ、叩き起こされてしまった。


「あれれぇ、なんか熱っぽいし喉が痛いぞぉ」


 わざと咳き込んでみたが、リディアの冷ややかな眼差しが心に突き刺さるだけだった。

 あまりにも辛いので異様に重く感じる体を起こし、彼女の用意してくれた朝食を食べた。


「ほら、しゃんとしてください」


 リディアに寝癖を梳いてもらいながら、好物のゆで卵の殻をむいた。

 殻を上手く剥がせず、朝からストレスが溜まった。

 ぽろぽろと机に散らばった殻を見て、腹が立った。


「これもあいつらのせいだ」


「何言ってるんですか。早く食べてください」


 私は無心でゆで卵を頬張った。

 こんな時でもやはり好物はおいしい。今はそれだけが救いだった。


「ではしっかりと、最高神様にお願いします」


 玄関でリディアに見送られ、抵抗しようとしたが半ば強引に、放り出された。


「仕方ない」


 腹をくくり、カンドラの山へ向かうことにした。

 足で向かっては時間がかかるので、背中に生えた羽を使うことにした。

 背中のあたりに力を籠めると、体が浮き、カンドラの山がある東の方角へ飛んだ。

 翅は小刻みに羽ばたきながら勢いを増している。


 しかし実際、我々が飛ぶのに翅は必要としていない。魔物の子供は幼少期に学校で飛び方を学ぶ。

 そこで教えられるのは魔力をうまく使い飛ぶ、ということだ。

 けして羽を使って飛ぶなんて教わらない。事実、羽がなくとも飛べる魔物は多い。

 ではなぜ私やリディア、その他の同族には羽があり、飛ぶときはそれらしく羽が羽ばたくのか、誰もいまいちわかってはいない。

 そもそも、羽で飛ぶには、私に生えた羽は貧弱すぎた。


 そんなことを考えていると、あっという間に魔物たちの住む街を超え、雄大な森とその先にカンドラの山が見えた。

 標高3千メートル以上あるであろうその岩山は、かつては活火山として周りに住む者たちを困らせたという。

 その名残か、時々溶岩と岩肌に咲く珍しい植物が目に映る。

 なぜそんな場所を指定したのかはわからないが、森を飛び越え、山の麓に立った。


 当然、こんな山の近くには誰もいない。

 昨日の役人も居なければ、案内役になりそうな者もいない。

 一体三神たちがどうやって姿を現すのか考えていると、脳内に声が響いた。


「来たか、入りたまえ」


 聞き覚えのある声がそう言うと、突然目の前には山ではなく、暗く重苦しい雰囲気の神界と、三神が現れた。

 瞬間移動でもしたのだろう。

 そこは大きな白い柱に囲まれた暗い空間で、三神は小さな机のようなものを挟みながら、座布団の上に尻をついて向かい合っている。

 なにか3人でしているようだが、こちらに気がついた。


「で、ご用件は」


 改めて思うが、やはり神と対面すると緊張する。


 

 



 


 

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