第25話 再会する殺し屋

 エルザとフェルリートを部屋に送り届け、俺は宿を出た。


「ここら辺のはずだ」


 宿があるこの区画は高級商業地で、俺が王都で資金を預けた銀行の支店がある。

 十分な路銀は持っていたが、フェルリートの引き受けでほとんど使ってしまった。

 とはいえ、銀行にはまだ十分な蓄えがある。

 殺ししかして来なかったし、俺の殺しは特殊で金を使うことがない。


 通常の暗殺任務は金がかかる。

 一般的な暗殺で、報酬金の二割から三割を経費で使う。

 もちろん自腹だ。

 暗殺者ギルドの任務は危険だが報酬が低い。

 冒険者ギルドのクエスト報酬の方が高いほどだ。

 だが血の誓約で、やめたくてもやめることはできない。


 俺は受付で書類に記入し、金貨二十枚と銀貨百枚を引き出す。

 それを革袋に入れ銀行を出た。


「よお! ヴァン! 久しぶりだな!」


 銀行の扉を閉めると同時に、突然声をかけられた。


「お前は! マルヴェス!」


 中年の男が壁に寄りかかり、右手を挙げて笑顔を浮かべている。

 身長は俺と同じくらいで、引き締まった体、黒い短髪、右頬から顎にかけて長い裂傷痕を持つ。

 そして、幾人もの人を殺している圧倒的な空気を纏っていた。


「なんだよ。銀行で金を引き出したのか? じゃあ金持ってるだろ? 酒でも飲みに行こうぜ」

「お前、どうやってここまで来た?」

「あ? 同期が会いに来たんだ。もっと嬉しそうな顔をしろよ」


 マルヴェスは暗殺者ギルド所属の暗殺者だ。

 ギルドの育成機関で共に過ごし、十七年前の同じ年に暗殺者となった同期でもある。

 俺の同期はこのマルヴェスしかいない。

 他は全員、死んでいる。


 このマルヴェスも古い暗殺者で、体にはおぞましい傷があり味覚もない。


「ほら、行くぞ。奢れよ」

「ちっ」


 マルヴェスからは逃げられない。

 俺たちは一軒のバーに入った。


「一番きつい酒をボトルで二本。グラスは二つ。あとは俺たちに構わなくていい」


 マルヴェスが店員に告げ、店の奥のテーブル席に座る。

 店員がボトルを運ぶと、マルヴェスはすぐにコルクを抜きグラスに注ぐ。


「ほら、乾杯しようぜ」

「ちっ」

「三年ぶりの再会に」


 マルヴェスは満面の笑みを浮かべていた。


「くうう、うめーな」


 一気に酒を煽るマルヴェス。

 当然ながら俺たちは味を感じないし、酒にも酔わない。

 水を飲んでも、このきつい酒を飲んでも違いなんて分からない。


「お前さ、何やってんだよ。ギルドを裏切りやがって。マジでヤバいことになってんぞ」

「……成り行きでな」

「お前ほどの男が成り行き? っていうか、お前あの誓約をどうやって解除したんだよ」

「それも成り行きだ」

「ちっ。何も話せないのか?」

「そうだ」


 血の誓約を上書きされている俺は、エルザを裏切ると死ぬ。

 暗殺者ギルドにいた頃と状況は全く変わっていない。


「マルヴェスに依頼が来たのか?」

「ああ、そうだ。仲介人リヒターから依頼があった。話を聞いた時は驚いたぜ。まさかお前がギルドを裏切るとは思わなかったからな」


 マルヴェスに依頼するということは、リヒターも俺を庇いきれなくなっているのだろう。

 リヒターは恐らく、マルヴェスのこの性格を考慮して依頼している。

 マルヴェスなら、暗殺する前に必ず俺に接触すると読んだはずだ。

 そして、実際その通りになっている。


「で、殺すのか?」

「おいおい、お前相手に簡単にできるわけないだろう。俺が唯一勝てなかった男だぞ」

「ちっ、何を言う」


 マルヴェスは数少ない一級暗殺者だ。

 しかも、特級の話が来てるにも関わらず、面倒だということで断り続けている。

 間違いなくギルド最高峰の暗殺者だ。


「なあ、お前。メアリーを殺っただろ?」

「……ああ」

「良い女だったのによう。もったいねーぜ。しかもあいつ、お前のこと好きだったじゃねーか」

「知らん」

「もてる男は辛いね。献杯してやろうぜ」


 酒を注ぎ、グラスを傾ける。


「そうだな。悪い女じゃなかったよ」

「ぶっ!」

「汚いぞ」

「いや、お前がそんなこと言うなんて……。ど、どうしたんだよ? 変な薬飲んだか?」

「そうか? 俺はこんなもんだぞ?」

「いや、違うね。お前は人に興味がない。いや、人が嫌いだ。育成時代からお前は氷のような目をしていた。他人を信用せず、近寄らせず、この世の全てを憎んでいた。教官に折檻くらってる時も、その眼光だけは変わらなかった」

「今でもそうだ」

「あははは! お前面白くなったな! 笑わせるなよ!」


 マルヴェスが酒を注ぐと、一本目のボトルが空になった。


「マルヴェス、どこまで情報を掴んでる?」

「おいおい、敵に情報を教えるやつがいるか?」

「そうだな」

「ちっ、同期のよしみだ。教えてやるよ」

「誓約は大丈夫か?」


 ギルドを裏切ると、血の誓約が発動し死ぬ。


「まあ俺くらいのベテランになると、発動のラインが分かるんだよ。そこを上手くコントロールしてだな。心臓の鎖が締めつけられる直前でやめるんだ。すげースリルだぞ。あははは」

「相変わらずいかれてるな」

「おいおい、最もいかれてるお前に言われたくねーよ。なんだよ、手ぶらで暗殺に行くって。信じらんねーよ」


 マルヴェスが、二本目のボトルのコルクを抜いた。


「女を一人連れてるって聞いてたけど、二人いるじゃねーか。しかもガキが二人。お前にそんな趣味あったか?」

「女にも人間にも興味はない」

「そうだよな。だがお前は女のために命を張っている。俺の予想だと、誓約の解除絡みと睨んでる。答えなくていいぜ。死ぬだろう?」


 俺のグラスに酒を注ぐマルヴェス。


「ここまでの行程をトレースすると、お前たちはグレリリオ帝国へ向かっている。あの国は魔術が盛んだ。女は魔術か呪術が使える。誓約の解除は女の仕業だな。ってことは、女は帝国の重要人物。お前はその護衛。任務が終われば自由の身。こんなところだろう」


 マルヴェスの推理は的中している。

 昔から洞察力が異常だった。


「ご丁寧にどうも」

「お前がお礼? あははは! 笑わせるなよ。マジで人が変わってるじゃねーか」

「で、その推理を俺に話していいのか?」

「ああ、もちろん。女連れのお前は俺から逃れられない」


 マルヴェスの言う通りだ。

 だが、それでも俺はエルザを守り任務を終わらせる。


「その推理はギルドに伝えたのか?」

「あ? 伝えてないぞ。まだ憶測だし、そもそも伝える必要もない。俺の任務はお前を殺すことだけだしな」

「どうするんだ?」

「明日……殺る」

「そうか。明日か」

「……お前、今日のうちに逃げ……ぐっ」

「おい! よせ!」


 胸を掴むマルヴェス。

 額から脂汗が滲み出る。


 グラスの酒を一気に飲み干すマルヴェス。


「ふうう、まあせっかくこうして会えたんだ。まだまだ飲むぞ!」

「俺はもう帰る」

「だめだ! 飲みに行こーぜ! 次は俺が奢るからよ!」


 店を出ると、すでに空は暗く月が顔を出していた。


「あっちに美味い店があんだよ!」

「ちっ」


 仕方なくマルヴェスについていく。

 広い街道を歩くと、一人の男が正面から歩いてきた。

 何を思ったのか、マルヴェスとぶつかる。

 わざとなのは明白だ。


「おい! 痛えな!」

「お、すまんな!」

「謝って許されると思ってんのか?」


 マルヴェスに迫る男。

 すると、路地から続々と男が出てきてた。


「どうしたんすか?」

「喧嘩っすか?」

「なにこのおっさん。やっちまっていいんすか?」


 十人の男に囲まれた俺とマルヴェス。

 マルヴェスが肩をすくめた。


「おいおい、何すんだよ。俺たちはこれから飲みに行くんだよ」

「飲みに行く金があるんだろ? 慰謝料で置いていけ」

「勘弁してくれよ。旧友との再会なんだよ」

「腕の骨を折られて金を置いていくか、足の骨を折られて金を置いていくか。どっちがいいよ? おっさん?」

「酷いなそれ。選択肢がねーじゃん」

「最初からねーんだよ! 俺らのシマででけえ面しやがって! 馬鹿が! 来いっ!」

「なあ、粗末にするなって」

「何をだ! 余裕ぶっこきやがって! てめえ半殺しにしてやる!」


 俺たちは裏路地へ連れていかれた。

 馬鹿なやつだ。

 この世で最も絡んではいけない男に絡んでいる。


「おい、マルヴェス。俺は何もしないぞ」

「ああ、いいぜ。任せとけよ」


 裏路地に入った瞬間、声を上げることなく十人の男たちの首が一斉に落ちていく。

 それはまるで、熟れた果実が枝から落ちるように。


「だから粗末にするなって言っただろう。命をよ」


 相変わらずの腕だ。

 複数人だろうが、マルヴェスなら一瞬で片づける。


「ったくよ、酔い冷ましにもならん」

「お前、酔わないだろう?」

「うるせーな! 気分だよ、気分! 俺はな! 訓練の結果、水でも酔えるようになったんだよ!」

「馬鹿か」

「さて、二軒目行くぞ!」


 マルヴェスが肩を組んできた。


「おい、ヴァン! 今日はお前の最後の酒だ! 盛り上がれ!」

「どうやって? いかれてるな」

「明日には死ぬんだ! 最後の夜を楽しめ!」

「お前こそな」

「言うねー。さすが親友だ!」

「俺に友などいない」

「あははは! 楽しいなあ!」


 俺たちは繁華街へ歩く。

 もちろん足取りはしっかりしている。

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