第26話 探す殺し屋

 翌日、朝食の時間にエルザの部屋へ行く。

 あらかじめ決めていた合言葉を使うと、エルザがそっと扉を開けた。


「大丈夫だったか?」

「ええ、昨日は問題なかったわ」

「そうか。こっちで問題が発生した。今日中に必ずフェルリートの働き口を探す。見つけ次第、すぐに出発するぞ」

「ええ、分かったわ」


 部屋に入り気づいたが、エルザもフェルリートも昨日までの汚れが落ちていた。

 これなら仕事を見つけやすいだろう。


「フェルリート。どんな仕事がしたいんだ?」

「あの……やっぱり……」


 フェルリートが視線を下に向けた。


「ん? なんだ?」

「いえ……」


 俺の顔を見上げるフェルリート。


「私は薬師に憧れていて、独学で勉強していました」

「通りで薬草に詳しいわけか」

「薬師の仕事がしたいです」

「分かった」


 ここは大都市だ。

 街道を歩く人々の数も多く、王都と変わらない賑やかさだ。

 病院や薬屋も多いだろう。

 宿で地図をもらい、さっそく病院や薬屋を回る。

 同時に、マルヴェスの気配も感じていた。


「ちっ、わざと気配を出してる」


 俺に気配を悟らせることで、プレッシャーをかけているのだろう。

 午前中は四件の病院を回ったが、良い返事はなかった。


「昼飯だ。食堂へ行こう」

「そうね。午後が本番よ! まだまだ頑張るわよ!」


 声を張り上げるエルザ。

 こういう時のエルザは少しだけ頼りになる。


「あの、私のために申し訳ございません」

「な、何言ってるのよ! 気にしないで。きっと上手くいくから」

「……はい。ありがとうございます」


 俺たちは食堂へ入った。


 ◇◇◇


「ヴァンのやつ、何やってんだ?」


 裏路地には、ヴァンを追跡するマルヴェスの姿があった。

 朝から病院ばかり回っているヴァンを、怪訝な面持ちで見つめている。


「どっか悪いのか? いや、子供たちが病気か?」


 食堂に入ったヴァンを路地から見張っていた。


「一人の子供は元気なさそうだし。どうにも困ったね。殺りづれーわ」


 右手に持つパンを頬張る。


「まあ殺るけどな。わざと気配を出したから、ヴァンも気づいてるだろう。これで少しでも消耗してくれればいいが、あの化け物にゃ通用しねーか。はあ、なんで裏切ったんだよ。くそっ、マジで面倒だな」


 水筒の水で、無理やりパンを飲み込んだ。


 ◇◇◇


 午後になり、さっそく薬屋へ行くと、人の良さそうな男性店主が対応した。

 宿の従業員から聞いていたが、この街で最も評判が良い薬屋とのこと。


「この子がうちで?」

「はい。独学ですが、薬草の勉強をしており知識はあります」


 エルザが説明すると、店主がフェルリートに視線を向けた。


「フェルリートと申します」


 深くお辞儀をするフェルリート。


「フェルリートさんは、おいくつですかな?」

「十五歳です」

「ほう、それはそれは。お若いですね」


 店主が右手で顎を触り、椅子から立ち上がった。

 年齢は四十代で、肥満体型だ。


「フェルリートさん。さっそくですがテストです。薬として使用する薬草はたくさんありますが、最も多く使用する薬草はいくつあるか分かりますか?」

「はい、三種類あります。山苦草クスラ麻草マオ火桃草オズクです。それと参黄根ジロト白大柚トルヒも効果が高いです」

「ほう。では、解熱剤の作り方は?」

山苦草クスラ参黄根ジロトを薬研ですり潰して煎じます」

「もしかして、薬研は持ってますか?」

「は、はい!」


 リュックから小さい薬研を取り出したフェルリート。

 いつも使ってるものだ。

 店主が手にし、匂いを嗅ぐ。


「なるほど。使い込まれてますね。これまでいくつもの薬草を作ったようだ。香りが残っている」


 店主はフェルリートの顔を見つめた。


「若いのに大した腕だ。良いでしょう。今日はこのまま見学してもらい、明日から働いてもらいましょうか。まずは見習いから。給与は銀貨三枚。見習いが終われば銀貨五枚にしますよ」

「ほ、本当ですか!」

「ええ、給与はもっと上がる可能性だってあります。それに美しい容姿ですし、髪も綺麗だ。客も増えるでしょう。ほっほっほ」

「あ、ありがとうございます!」


 勢い良く頭を下げたフェルリート。

 そしてこちらに笑顔を向けた。


「良かったわね、フェルリート」


 エルザが涙ぐんで喜んでいる。

 これでフェルリートの件は片づいた。

 マルヴェスに集中できる。

 店を見渡すと、棚に陳列している植物油に気づく。


「店主、この油を二本買う」

「はい。かしこまりました。これは上質ですよ」

「そうか、助かる」

「助かる?」


 金を支払い、俺たちは一旦店を出た。


「フェルリート。本当に良かったわ。店主も良い人だし、腕も良さそう」

「はい。頑張ります」


 俺はフェルリートの肩に、そっと手を置いた。


「フェルリート。今日の仕事が終わったら、一度宿へ戻ってくるんだ。そして、明日からは別の宿に泊まれ。当面の金は用意する。安心しろ」

「はい、ありがとうございます。あの、ヴァン様たちは?」

「今日も宿に泊まる。明日、フェルリートの出勤を見届けて出発する」

「あ、わ、分かりました……」

「今日はまた宿のレストランへ行こう」

「は、はい!」

「では、また後でな」

「はい!」


 フェルリートと別れた。


 俺は警戒を最大限に上げ、マルヴェスに対して集中していく。

 マルヴェスもすでに気配を完全に消していた。


「エルザ。ここから気を抜くな」

「どういうこと?」

「ギルド最強の暗殺者が来る」

「え!」

「とにかく、無事に宿へ帰ることだけ考えろ」

「わ、分かったわ」

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