第17話 言わされた殺し屋
翌日、日の出前にエルザを起こす。
エルザの寝起きは良いようだ。
すぐに朝食の用意を始めた。
「エルザ。今日は可能な限り先を急ぐぞ」
「分かったわ」
「そろそろ暗殺者ギルドも来るだろう」
「国家情報庁と暗殺者ギルドが情報交換する可能性はあるの?」
「普段は絶対に連携することはない。だが、今回に限って可能性はある」
食事を済ませ、出発の準備。
焚き火を消し土を被せた。
「エルザ、痕跡を消したい。魔術は使えるか?」
「ええ、それくらいならできるわ」
エルザが野営した跡地に右手をかざす。
「
風が発生し、木の葉が舞う。
俺たちの痕跡を自然な形で隠した。
「便利だな」
「ふふふ、そうでしょう」
匂いも拡散された。
こういった補助魔術が使えたら、仕事がもっと便利になるかもしれない。
といっても、俺はもう暗殺者ギルドを抜けた。
長年殺ししかやってこなかったため、思考が暗殺者ギルドにいた頃のままだ。
「エルザ、魔術は誰にでも使えるのか?」
「あら、あなたも魔術に興味が出たの?」
「質問に答えろ」
「あのねえ、もっと会話を楽しみなさいよ」
「必要ない」
「もう……つまんない人ね。これからの人生、たくさん会話するのよ?」
「不要だ」
エルザが肩をすくめ、小さく溜め息をついた。
「魔術は生まれ持った力によるところが大きいわ。魔力を貯める器が必要なの。訓練でも身につくけど、そもそも器がなければ魔力は貯まらない」
「なるほど。魔力を貯める器を持っていれば使用できるのか」
「そうよ。訓練が必要だけどね。私たち聖女は、その器が常人よりも遥かに大きのよ。だから強力な魔術も使える」
「俺は器を持っているか?」
「え? ヴァンが? そうね……」
エルザが顎に右手の指を添えて、俺を上から下まで凝視している。
「ない? いや、隠れてるのかしら」
「何を呟いてる」
「ごめんなさい。ちょっと分からないわ。分かる人と分からない人がいるのよ」
「そうか」
「帝国へ行けば間違いなく分かるわ。宮廷魔術師のルディ様に見てもらいましょう」
――
俺たちは峠を上り、もう一日野営。
そして、ようやく頂上を越えた。
エルザは疲労しているようだが、峠を越えるまでは安心できないため先を急ぐ。
昼を過ぎた頃、下り坂が緩やかになると徐々に田畑や家屋が姿を現した。
「こんなところに村?」
「小さな村だが、峠の宿泊地として賑わってる。さらにこの時期は確か……秋の豊作を祈願する祭りがあったはず」
「お祭り! 見たい!」
「この村に寄る予定はない。それに、この村の祭りは……」
「お祭りなんでしょう? 行きましょうよ」
「お前、自分の立場を分かっているのか? 狙われてるんだぞ」
「でも、お祭り……」
「祭りなんて、帰国すればいつでも行けるだろう」
「でも……」
うつむき、肩を落とすエルザ。
別に気にしないのだが、歩くペースまで落ちた。
人に関わるとこうなるから面倒だ。
「ちっ、分かった。一日くらいなら宿に泊まってもいいだろう。それに、お前は風呂も入りたいのだろう?」
「いいの! ありがとうヴァン!」
「仕方がない。この村は温泉も湧く。疲労が取れるだろう」
「温泉! 入ってみたかったの!」
その場で飛び跳ね喜ぶエルザ。
強力な魔力を持つ聖女とはいえ、まだ子供だ。
「追跡者たちも、逃亡者が祭りを見に行くとは思わないだろう」
「ふふふ。確かにそうね」
喜ぶエルザだが、この祭りの真の意味を知ると楽しめるものではない。
だがそれは旅人に関係ないことだ。
村へ入り宿に向かうと、十代半ばの少女と大人の女が手を繋いで歩いていた。
「こんにちは!」
エルザが突然声をかけた。
村に立ち寄ったことで、気持ちが高揚しているのだろう。
「こんにちは。お姉さんはお祭りに来たの?」
「ええ、そうよ」
「旅人?」
「ふふふ、この国を旅しているの」
「いいなあ……」
答える少女の笑顔に、僅かながら悲しげな表情を感じた。
女が少女の手を強く引く。
「早く!」
「お母さん、ごめんなさい」
村の中心部へ向かって歩く母娘。
「な、なんか様子が変だったわね」
「そうだな」
「母娘のようだけど……」
俺は異変に気づいていた。
だが、関係ない。
他人に興味がない俺は、これ以上詮索しない。
宿に入った。
峠の旅人が利用するため、比較的大きな宿だ。
従業員もたくさんいる。
恐らく村で運営しているのだろう。
「いらっしゃいませ。お部屋は一部屋で?」
「二部屋だ。それぞれ風呂つきにしてくれ」
「大変申し訳ございません。風呂つきの部屋が残り一室のみでございまして」
「分かった。一部屋は風呂なしでいい」
「かしこまりました。ありがとうございます」
カウンターに宿泊代を置く。
「お客様、祭りの参加ですよね? お嬢様に村の伝統衣装をお貸ししてます。ご一緒にいかがですか?」
エルザを娘だと思っているのだろうか。
否定するのも面倒だ。
「それも頼む」
「ありがとうございます」
貸衣装代も追加で支払った。
「今年は過去にないほどの規模で盛大に行います。楽しんでいってくださいね」
店主は明るく振る舞っていた。
「エルザ。先に風呂へ入れ。本格的に始まるのは夕方だぞ」
「ありがとう」
「飯は祭りで食えるはずだ」
「ヴァンは入らないの?」
「風呂つきは一室のみだ。大衆風呂には入らん」
俺の体は拷問訓練でおぞましい傷を負っていた。
「じゃあ、私が入ったあとに入りなさいよ」
「だめだ。風呂に入ると警護ができない」
「私が嫌なのよ。私はあなたの主よ? 清潔にしてくださらない?」
「ちっ、分かった」
エルザが風呂に入ったあと、俺も風呂に入る。
一般的に、温泉が気持ち良いと言われていることは知っている。
だが、俺は俺にとっては普通の風呂と変わらない。
風呂から出ると、エルザが村の伝統衣装を着ていた。
「どう?」
「どうと言われても、いつものエルザだ」
「ちょっと! もっとないの? 似合ってるとか、綺麗とか、可愛いとか、美しいとか、好きとか!」
「ない」
「もっと相手を思いやったり、気遣いを見せなさいよ!」
「気遣いだと?」
「っていうかね! こんな美少女を見て何も思わないなんて……。あなたの将来が心配よ!」
「俺に将来なんてない。だがそうだな……。エルザ、綺麗だぞ」
「え? やだ。ほ、本当?」
「お前が言えと命令したのだろう?」
「ば、馬鹿!」
頬を膨らませ、そっぽを向いたエルザ。
言えというから口にしただけなのだが。
本当に面倒だ。
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