Ep.11 来たる戦いに備え

「勇翔……」


 とはいえ、ナナシは心配そうに、こちらをじっと見つめてくる。

 まあ、無理もないだろう。


 病院で見せた、能力の暴走。

 それを咎めるヌルティスの旧友、パンドラ。

 さらに、そんな俺の能力を使いこなすために。


 贅沢にも、俺はなんと、パンドラから、専用の訓練場まで用意してもらったのだ。

 が。

 しかし、そんな“隠れ家”とやらに辿り着いた、俺たちの前に。


 それだけ至れり尽くせりな状況で、いざ突き付けられたのは……

 ごく短い、期限つきの課題。


 それをクリアできなければ、俺の心臓は先に音を上げて……

 後はどうなるのかまでは言われなかったけど、それでも、行き着く先は察することができる。


 そんな極大難易度の特訓を、パンドラはこれから始めようと言うのだ。


 そんなもん、心配されない方がおかしい。

 だから俺は、彼女の手を握って、笑ってみせる。


「大丈夫だって。俺はもう、あんなヘマは二度と晒さねえし、また死ぬ気だってさらさらねえよ。……だから、ナナシ。お前も……協力してくれ」


 と。


「……うん」


 一方でパンドラは、そんな俺たちのやり取りを一瞥すると、くすりと笑った。


「素晴らしい友情ですね。契約を結んですぐに、互いにそれだけの信頼を寄せられるとは。やはり、同じ種類の魂を持っているからか、そのため相手の人格への適応が早いのでしょうか……どちらにせよ興味深い」


「……そんなの、俺たちがどう言おうが勝手じゃないですか。自分で無理難題言いつけといて、さらに会話の盗み聞きとか……趣味悪いですね」


「いえいえ、無理難題ではありませんよ。それに盗み聞いていた訳でもありません。勝手に聞こえてきただけです。……無理難題、とは言いますけどねぇ。勇翔くん。あなたは、私が7000年もの間生きてきて、サンプルとして見てきたどの契約者よりも、特殊で、強い魂を持っている。それはもう耳にタコができるくらい、私以外の死神からも、何度だって聞かされている話題ではあると思いますが……。それだけに、あなたの持つ、特殊な魂の素養があれば、これだけ早いペースでも、能力の制御方法は会得できると思いますよ。それは、断言します」


 加えて、俺の抗議に、パンドラは……

 強く、そう言い切るばかりで。


「なるほど、ね…………」


 けれど俺は、そんな彼女の言葉を信じ切れないまま。


 ……それでも、パンドラの案内に付き従い、俺たちは階段を下りて、地下訓練場まで辿り着く。

 そんな、診療所の地下スペースは……


 赤レンガの壁に囲まれ、さらに床には砂が敷き詰められており。

 高く、広い天井に吊り下げられている照明のおかげで、この場は地下でも昼間のように明るく。


 さらに、その要所には武器棚や大きな的、サンドバッグ、果てには木人などの設備が整然と並び、そこはただの診療所の地下室とは思えない、重々しい迫力を孕んでいた。


「うわ……! なんだここ!? すっげえ、本当にここ、診療所なのかよ!? リハビリ室にしてはあまりにも物々しすぎるだろ!」


 そこで真っ先に出てきたのは、そんな感想。


「ふふっ。……あくまで、表向きは診療所として銘打って、こちらの施設を個人で受け持っているだけです。実態はご覧の通り、病院から生き返った契約者が戦闘用に身体を鍛える、訓練施設ですがね」


 しかしパンドラは、俺のリアクションを受け流しながら、そう淡々と告げるばかりで。


「では、まず基礎を押さえていきましょう。言うなれば、死神や契約者同士での戦闘において、最も重要視される基礎項目。また、契約者と死神の関係を最も象徴するもの。……それは何だと思いますか?」


 加えて、彼女は……

 突然、俺たちにそんな質問を投げかけてくる。


 だから俺は驚いて、ナナシに回答を促すのだが……

 その一方で。


 俺と契約し、また先日は俺を守るために、あの化け物と戦闘を繰り広げていた、れっきとした死神であるはずの、ロリは。


 いきなり話を振られたからか、答えが分からないのか、普通に「え?」と言って、戸惑った表情を浮かべていた。


「えっ? お前も知らないの!?」


「……はあ。なるほど、そういうことですか。いやはや凄いですねえ、ナナシ君。……そんな基礎の基礎さえ知らずに、今まで100年もの時を過ごし、時には戦闘さえも繰り返しながら、無事に生きてきたとは。しかし、それでもマルスたちの生み出したあの怪物と戦えるのは、れっきとした、魂の素養なのでしょうね。なるほど、創命魂の力というのは、やはり凄まじい……」


 また、そんなナナシの、情けない回答を受けてか。

 ふとパンドラは、大きく溜息をついて、独り言を呟き始め……


「む……っ! 何それ! そんな溜息までつくことないでしょ!?」


 と思ったら、今度は白衣の袖を翻し、そして大量の注射器が留められている裏ポケットの部分から……


 鋭く光る、手術用のメスを手にし、むすっと頬をふくらませるナナシと俺に向けて、講義を始めた。


「基礎をすっ飛ばして何度も戦闘されたら、きたくもなりますよ。……いいですか? まず死神は、全ての個体が己の魂を象徴する武器を持っています。そして、死神と契約を結んだ人間は、その力の一端を借りることができるのです。……そして、君たちの……勇翔くんとナナシ君の場合は、非常に古典的で、最も死神らしい武器である――、大鎌。本当に、君たちはつくづく特殊で、恵まれている」


 さらに。


 そんな長い講釈を垂らした果てに、不意にパンドラが、その“基礎”について言及した、次の瞬間。


「あぁ! そういうことね――」


 ナナシが、そう声を上げると共に。

 いきなり、俺の手中に、重く冷たい何かが、現れたことで。

 俺は、当惑した。


「……っ!? な、何だよ、これ……!」


「……これが、パンドラさんの言った、私たちが使える武器だよ。私が持つ“死神の大鎌”を、キミの魂が共有してるの」


 それは……無骨で重く、冷たい、鉄の塊だった。


 だから俺は、その鎌を持ち上げて、全貌を眺めようとしたのだが……


 しかし俺の手中に収まっている大鎌はとにかく重く、片腕だけでは全く動じず、さらには腕の筋肉が悲鳴を上げ、すぐに筋肉痛になってしまいそうなほどの重量を誇る……凄まじい代物だった。


「……っ、くそ……! なんだこれ、重すぎんだろ!」


 けど、ナナシは、それだけの重量を持つ武器を。


 あの時……

 赤城アイツの繰り出した、あのバケモノと、相対した時に。

 これを軽々と振り回して、戦っていたんだ。


 ……それだけで、もう。


 人間と死神の間に生じている、力の差を……強く、思い知らされる。


「ふむ。よろしい、武器が出せたのなら、次はちょっとした実践をやってみましょう。……基礎とは、往々にして反復練習が基本。身体が目標としている動きを覚え、その動きを染み付かせ、無意識下でもその行動ができるようになるまで、徹底的に叩き込むものですから――ねっ!」


 が、俺がそう逡巡し、この鎌の重さに文句を垂らす暇もなく。

 直後、パンドラは白衣の裾を翻し、無数の医療メスを撒き散らすように、俺へと投げつけてきた。


「――っ!? いきなりかよ!」


 だから。

 俺は反射的に、両手で重い鎌を持ち上げ、とにかく必死でそれらのメスを振り払った。


 一方、俺の元に飛ばされてきた6本ものメスは、大鎌の刃に当たった瞬間に火花を散らしては、四方八方へと弾かれていく。


「はあ……っ! はあ……! あっぶねえな! 何すんだよ!」


 死ぬかと思った。


 だって、今の反応が、ほんの一瞬でも遅れていたら。

 あの6本のメスは、瞬時に俺の喉や心臓といった、数々の急所に突き刺さっていただろうし。


「……ほう。よろしい、まずは合格です」


「ちょっと、合格じゃないでしょ! 少しは加減しないと! ねえパンドラさん、まさかあなた……勇翔を殺す気なの!?」


「いえいえ、まさかまさか、そんなつもりはありませんよ。私はあくまで、これからマルスを倒す作戦の要になるであろう逸材が、現状どれだけ戦えるか……。その能力を試しただけですよ」


 けれどパンドラは、俺とナナシがそう怒鳴っても、悪びれるどころか、愉快そうに手を叩くばかりで。


「契約者と死神が共有する武器種は、それぞれの魂や在り方によって変わります。刀、槍、弓、銃、盾……。それらは実に、魂の形によって千差万別。ですが――その中でも“鎌”は、とりわけ“死”そのものを象徴する。……やはり、君たちの魂は特異ですね。そんな特殊な魂同士が織り成す……死神と、契約者の連携。それがどれほどのものなのか、これから私に見せてくださいな」


 さらに彼女は長々とそう語っては、血のように赤い瞳を輝かせて、妖艶な冷笑を浮かべるばかりで。

 正直に言って、どうしようもなかった。


「……っ、この野郎……」


 それでいて。


 俺は、そう啖呵を切るも。

 内心では、自分が死と繋がった存在であることを否応なく突き付けられ、背筋がゾワリと冷えていたし。


 また、パンドラは。


「――さて。それでは、まず。君たちに最初の試練を与えましょう」


 と言って。

 今度はいきなり、俺たちを閉じ込めるように……

 出口側から、この訓練場の、重い鉄の扉を閉め始める。


「……っ!? おい!」


「!? パンドラさん、何するの!? ねえ、待って!」


 それに、俺たちは驚いて。

 さらに鎌の重さに重心を取られて、全く身動きができない、俺の代わりに……

 ナナシが、真っ先にパンドラの元へ飛び出すのだが。


「くっ……!」


 ……それでも、遅かった。


 ナナシは間一髪、扉の前へ駆けつけるのだが。

 訓練場の扉は無慈悲にも、ガシャン……と、大きくこの場を震わせるように閉まり……


 今度は、ガチャリと、冷たい施錠音が響き渡る。

 それは、俺とナナシをこの地下訓練場に縫いつけるための、言うなれば呪縛の音だった。


「最初の試練は、飲まず食わずでこの場で生き残ることです。それまでの間、訓練を重ねて自分たちを追い込むもよし、生存を目的にエネルギーを使わずにじっとするもよし。……明朝七時。その時までには、迎えに行きますので……二人とも、決して死なないように。……ああ、それと。今この室内に満ちている酸素は……明日まで訓練漬けで過ごすに当たって、最低限、呼吸が足りるだけの閾値に絞ってあります。能力の行使などによって、あなた方が無駄に代謝を上げれば、先に心肺が悲鳴を上げます。――死にたくなければ、無駄撃ちはしないことですね」


「はぁ!?」

「えっ!?」


 それから、パンドラは。

 扉越しに、くぐもった声で。

 俺たちに、そんな無慈悲な試練を課すのだが。


 一方で俺とナナシは、その訓練の内容に納得できるはずもなく。


「……っ! おい、どうすんだよ、これ! なんだってこんな……」


「私だって分かんないよ! でも、このままじゃ……っ」


 気付けば、俺たちは自然と言い争っていた。


「おやおや、開始して早々に仲間割れとはいただけない。そんな状態で、本当に生存できるとお思いで?」


 が、そんな俺たちの諍いに乗じるように……

 パンドラは扉越しに、嬉々として煽ってきやがるため。


「あぁ!? 誰のせいだと思って――」


 俺は我を忘れて、奴の挑発に乗っかってしまっていた。


 ……しかし。


「やめなよ、勇翔! とにかく、今は生き残ることを最優先に……」


「……っ! なんだよお前まで! ふざけんな! こんな好き勝手やられたまま、黙ってられるか……」


「仕方ないでしょ!」


「…………!」


 ナナシは、怒り狂う俺の言葉を、途中で遮り。


「……今は、大人しくパンドラさんの言うことを聞くしかないよ。正直、今のままだと……どれだけ私たちの魂に素質があろうと……相手が誰だろうと、絶対に、負けちゃうと思う」


 さらに、そんな事実を突き付けてきた。


 かと思えば。

 それだけに留まらず……


「……勇翔はともかく、本当は私だって、弱いけどね。でも、鎌の扱い方なら教えられる。さっきパンドラさんに、基礎が成り立ってないって呆れられはしたけど……とりあえず現状、強くなる手段はそれしかない。こうやって、二人きりで閉じ込められた以上……今は私たちだけで知恵を絞って、生き残るしかないんだよ」


 このロリは、今度は力強く、そう念押して。

 今繰り広げられているこの争いを諌めるべく、けれど微かに声を震わせながら……


 深く息を吐いて、そう続けた。


「…………、分かった」


 そこで、俺たちの間に流れていた、争いの熱は、やがて冷めていき……

 そして俺は、ようやくナナシに、生き残るためには冷静であらねばならないと、気付かされたんだけど。


「うん。だから、とりあえず……今は、体力を最低限、温存しながら……それでも、限界を迎える一歩手前までは、訓練に打ち込もう。そこで消費した栄養素や、水分を補給する方法も……考えてはあるから」


 加えて、ナナシは。

 いきなり俺に、そう提案してきたかと思えば……


 急に、武器が大量に置かれている棚まで移動し、そこから薙刀を持ってきては。


「っ!?」


 彼女は、瞬時に。

その矛先を、俺の喉元に突き付けた。


「……ほら。こんな殺気丸出しの行動にも気付けないし、何より反応すらできてない。……それじゃダメだよ。まずは、鎌を扱えるようになってから……戦闘に慣れないと」


 そのため。


「……っ、分かったよ。やりゃいいんだろ!」


 俺は固唾を飲み、虚勢を張りながらも……

 鋭く、冷たい刃先を引き、それから臨戦態勢を取ったナナシの元へ、自身の体躯よりも大きな鎌を振り上げ、重心を掛けてその刃先を落とす。


 すると……


「甘い、そんなんじゃダメ!」


 いつの間にか本気モードに入ったナナシは、薙刀の柄で、俺の攻撃をいとも簡単に受け流し。


「うおっ……!? おお……おあああああ!?」


 さらに足をかけられて重心を崩したことで、俺はまるで……


 力点の作用した投石器カタパルトから押し上げられ、勢いよく射出された巨岩みたいに、地面に突き刺さった鎌を支点として、訓練場の端っこまで、宙を舞うように、大きく放り投げられてしまっていた。


 そして俺は、見事に頭から地面へ突っ込み、顔面を擦りながら、超速スライディングを噛まして。


 熱を含んだ鋭い痛みが、顔面に走り続けるその感覚に苛まれながら、そして俺の頭は壁にぶつかり……

 加えて、鼻の奥で、ぐぎゃりと鈍い音が鳴る。


 それから勢い余って押し上がった体が壁に張り付くようにして、さらに背中へ衝撃と激痛が走った直後……


 身体を強く叩きつけられ、空気の抜けた肺へ、新鮮な空気を送り込むために、必死であえぎながら――


「いっっっ……てぇ! 何すんだよナナシ! そこまでやる必要ないだろ!? 俺の顔が削れて、鼻なくなったらどうすんだよ!」


 と、怒鳴って。

 鼻筋から、熱いものが垂れている感覚すら、無視しながら。

 俺は精一杯の力を絞り出して、足を震わせながら立ち上がった。


 だが――


「……!? ね、ねえ勇翔……! 待って、顔……っ」


 対するナナシの、リアクションは。

 謝るでもなく、怒るでもなく、言い返す訳でもなく……


 そう言って、俺の顔を指さして、何故か驚愕していたため。


「あぁ……? なんだよ…………っ!?」


 俺は、絶対に大怪我を負ったであろう、自身の顔を、べたべたと触るのだが。

 そこで……


 やはり俺は、自身の鼻が、ぐにゃりと折れ曲がり、そして削れていたことに気が付いたのだが。


 同時に。


 なんと、奇妙なことに……

さっきまで、俺の鼻から垂れていたはずの血が、すでに止まりかけていたのだ。


「…………!」


 それに、何故かは分からないけれど。


 俺は、自分の顔を触る度に。

 ガリガリと削れ、爛れていたはずの皮膚が……


 じわじわと盛り上がり、薄皮のように新しい肌へと再生していく感覚が、あって。


 それはもちろん、折れた鼻も例外ではなく、歪みきったはずのそれでさえ、どんどん元の形へ再生しているように思えた。


「なんだ、これ……顔が、治って……」


「うん……」


 さらに俺の所感に、ナナシが相槌を打ったことで。

 これは事実なのだと、俺は改めて実感した。


 それでいて、胸の奥で、鎖が微かに軋む音がしたことも相まって。


 俺は、とある一つの仮説に辿り着く。

 そう――これは。


 無垢の鎖が……勝手に、俺を……

 回復させているのではないか、という仮説だった。


 あの時は。

 数時間前、病院で花瓶に挿さっていた、赤い花を暴走させたけれど。


 なんというか、今の俺は。

 生命を増幅する能力である、無垢の鎖を、発生させる……“あの感覚”に。

 今の、自分の身体が、勝手に触れているみたいで。


 まるで自分の身体が、命の危険を感知して、自動的に無垢の鎖を発動しているみたいで。


 怖くなった。


 途端に、冷や汗が背筋を伝う。

 けれど、同時に。


 この力を……

 もう一度、試してみたいという衝動が、俺の胸を突き上げては、焦がすように走り続けていた。


「……勇翔。その力、使えるよ。……生き残るために」


 それでいて。


 そんな俺が抱える衝動に、呼応するように。

 いきなり、ナナシはそう言うと。


 再び俺の前に立ち、そして今度は薙刀を構え、俺に真似するように促しては、こちら側に向かって顎をしゃくってくる。


「……でも、まずは鎌を扱う型から。能力を使うのは、後にしよう。とりあえず、私が薙刀で手本を見せるから……キミはそれを、鎌で真似して」


 そして、ナナシはそう言うなり、小さな身体で、俺が持つ大鎌と、同じくらいの丈を誇る薙刀を、軽々と振り上げて見せる。


 瞬間、その風圧で、訓練場の砂がさらりと舞い上がり――

 俺は、軽々とこの武器を振り抜くことのできるナナシに、見惚れていた。


 が。


「……ほら! ぼうっとしてないで真似して!」


 ナナシに、そう言われたことで。


「お、おうっ……!」


 とりあえず俺は、頷いて……

 両手で鎌を持ち上げ、ナナシがやった動きを真似ることにした。


 まず、こいつは……

 薙刀を持ち上げる際に、右足を半歩前に出して、重心を作っていたように思う。


 だから俺も、見よう見真似で、右足を前に出して、鎌を振り上げるのだが……


「っ、ぐ……ぬおおおお……!」


 そこで、たちまち両腕の筋肉が軋み、背中が悲鳴を上げる。

 さらに、鎌の刃先がわずかに床に当たったことで、ガリッと嫌な音を立てて、砂埃が舞う。


 ……こんなんじゃない。


 ナナシの薙刀はしなやかに弧を描き、刃の切っ先が空を裂くように宙を薙ぎ、鋭い風切り音を鳴らしながら、一筆書きのように綺麗な軌跡を描いていた。


 だけど、一方で俺は、鎌を持ち上げた瞬間に、重みで腕が震え、角度がぶれて――

 鎌が地面に引きずられて、軌道を描くことすらできず。


 重々しい動きで、やっとのことで鎌を回転させて、構えを作るだけで精一杯だった。


「違う! こういう丈の長い武器は、腰で重心を支えるんだよ! 腕力だけに頼らない!」


 しかしナナシは薙刀を振り抜きながら、俺の動きに対して、鋭くダメ出しを入れる。


「背中を丸めちゃダメ! 柄の端を身体に引き付けて、逆の手で押し出すの! 両腕でテコを作る感じ!」


「て、こ……っ!? 無理だろ……こんなの……重すぎて……っ!」


 かたや俺は、口では無理だと唸りながらも、諦めずに歯を食いしばり、必死にナナシの動きをなぞろうとする。


 が、結局は鎌を振り抜けずに、重心を取られて転んでしまう。


「ぐあっ!」


「……やっぱり難しいか。待ってて、それじゃあ――」


「うわっ……! おい待て、近くねえか……!? ……っていうか、あの……胸、当たってるよね!? しかも冷てぇし! なんか死神なのに気にしちゃうんだけど!」


「仕方ないでしょ! っていうか言わないでよ、もうっ! ……あと、それよりも! テコっていうのはね。こうやって……長い武器を振る時は、両腕で、無理やり同じ方向に押すんじゃなくて……力の使い方を意識するの。私の場合は左手だけど……勇翔は多分、右利きだよね? だから、柄の先を利き手で押し出して、力を加える。そして……もう片方の手は、自分の身体側に引き寄せるの。そしたら、振りやすくなるでしょ?」


「あ、あぁ……」


 すると、そんな俺の失敗を見兼ねたのか、今度はナナシが俺の手を取り……


 彼女は俺と共に動揺しながらも、けれど手際よく、鎌の扱い方を教えてくれた。


 距離が詰まって、互いに息が揺れる。


 また一方で、俺はそんな、ナナシの密着指導に困惑しながらも……

 けれど右足で床を蹴り、腰を捻り――


 重心を前へ滑らせるようにして、柄を押し出す動作と。

 左手を、自分の胸元へ引き寄せるようにして、押し出す動きを補助する動作を、実践したことで……


 ズンッ、と。

 今度はようやく、鎌の刃がまっすぐに振り抜かれた。


「あ……!」


 さらにその一撃は、眼前に立っている、木人の胴を掠めると……


 太い丸太で造られているのであろう、木人の表層がメリッと裂け、周囲に木屑が散るほどの大きな威力を伴っていた。


「……そう! それだよ勇翔! 今の感覚を忘れないで!」


 その手応えに掌が痺れるも、けれど俺は、ナナシの言葉を聞いてようやく、今の一振りは確かに、まともな一撃として成立していたことに気づく。


「……っ、く……! なるほどな、たまには役に立つじゃん!」


 だから俺は、そう言ってやるのだが。


「たまにはって何!? 私、キミの数倍は強いんだけど!?」


「いやいや! だったとしてもお前……あのバケモンと戦った時は一発でやられてたじゃねえかよ!」


「仕方ないでしょ!? それを言ったら勇翔だって――」


 結局は、想像以上の勢いでこちらへ食って掛かるナナシと、そう言い争うこととなり。


 しかし俺たちは、そんな口論を繰り広げながらも、武器を振るう手を止めることはせず。


 朝からずっと、日が暮れるまで……

 時にはナナシと刃を交え、そして木人に斬撃を打ち込み続けた。


 ──契約:成立


 契約者:組木勇翔

 契約死神:ナナシ

 付与能力:無 垢 の 鎖――

 代償:寿■■■■■■■


  ――Ep.11 【来たる戦いに備え】



――――――――――――――――――――――


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