Ep.7 さながら不死鳥の如く
無事22時に更新できました!!
今回はかなりボリューム多めです、どうぞお楽しみください!
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「――“試す”ってのは、今ので何となく意味が分かりました。でも、俺の契約相手がロリじゃないといけない理由はまだ分かりませんね。説明してくれます?」
この長い
けど俺は、絶対に諦めない。
戦う、生き返る。契約、創命魂。
――そして、死神。
正直に言って、全て訳の分からない要素であることは確かだった。
けど、俺は。
死神のボスが浴びせてくる長い説明に、大量の情報の圧力。
そして意地の悪い死神からもらったパンチ。
……といった、そんな洗礼を食らっても、なお。
説明の多くを理解できていないまま、けれど俺は挫けることもなく、マルスと戦おうとして、ここに立ってる。
それが、重要だと思っていた。
まだ分かってないことも多いけど、いずれ分かっていけばいい。
そう思っていた俺に、追い打ちをかけるように――
『君たちは、同じ創命魂を持っている。そして、ナナシの話によれば、君は契約の力を介さずナナシを視認することができたそうだな』
唐突に、ヌルティスの声が、俺の脳髄を揺らすように、響いた。
「……え、はい。……はい?」
でも、色々考えてたせいでちょっと聞き逃した。
やっべ……。
『質問を変えよう。……組木勇翔。君は生前、怪物から君を守ろうとしたナナシの姿以外にも、周囲を飛行していた死神の姿を一人でも見ただろうか?』
「え、いや……。このロリ以外の姿なら、見ませんでしたけど……」
『そこだよ。……例外を除けば、死神を視認できる人間の数などたかが知れている。契約者でもない限り、ましてや生きた人間が肉眼で死神の姿を視認できるなど、ありえん。異常事態だ。しかし、そんな固定概念をも捻じ曲げてしまうのが、創命魂の力なのだろう。……恐らく君が生前、肉眼でナナシだけの姿を視認できた理由は、君たちの魂が共鳴していたからだろうと思ってな』
しかし、そんな質問を聞き逃す間抜けな
ああ、なんと親切で、かつクソ長い説明なのでしょう。
どうしよう。
『…………え、えええええええぇぇぇ!!? いや、待ってくださいよボス! じゃあやっぱ、組木勇翔に特別な魂、あったじゃないすか! なんで言ってくれなかったんですか!? っつーか、俺じゃなくてナナシが
『無駄な口を挟むな、ユピテル。理由があるからそう判断したまでだ』
そして、相変わらずこのノイローゼは毎度の如くヌルティスの話を途中で遮りやがる。
いいぞ、もっとやれ……と言いたいところだけど、話を遮られたら説明がダレて聞き直しになるから逆効果か。
……余計なことすんな。
『で、でも……! ボス、こいつ飛べるようになったんですか? トロっちいこいつが組木勇翔の護衛なんかできますぅ~?』
『なんとしても、守り抜かせるよ。それに、元来は契約者しか目視できない死神の姿を、彼は契約の力を介さずに視認できる。そんな稀有な例があるだけに、彼らの契約には、期待が持てる。……だからこそ、契約により、創命魂を共鳴させることで、彼らの魂に眠る、互いの“力”を引き出し、増幅させることができるやもしれん。そうなった場合、どれだけ強力な力を発現させられるのか、試しておきたいのだ』
そんな俺の愚痴に近い独白を、彼らは無視して勝手に話を進めていく。
しかし、俺はヌルティスの言った“試す”というワードを決して聞き逃さなかった。
「ええ……。た、試すって……」
だって。
ただでさえ代償を負うという明確なデメリットがあるのに、その契約をお試し感覚でホイホイ結ばされても困るし。
『完全な言葉通りの意味ではない。君とナナシの契約が完了すれば、その力を媒介にして、君の魂を現世へ送り返すことができる。その時に発現する能力が、将来どれだけマルスに対抗できうる力になるか……見定めておきたいだけなのだよ』
「……いや、そう言っておきながら、やろうとしてることは完全なお試しギャンブルじゃないですか。まあ100歩譲って、契約して力を得るところまではいいんですよ。でも、その……代償ってのが、めちゃくちゃ嫌なんですけど。そんなデメリットを負う力のどこが、善行の報いなんですか?」
『代償なくして、契約は成り立たない。私たち死神と人間が交わり、強力な力が生まれるということは、それほどまでに危険な行為なのだよ。“契約”とは、それほどに秩序を歪める行為なのだ。君たち人間が信じる神話にすら似た“奇跡”――その代償が何もないと、本気で思っているのか?」
しかし、そんな俺の訴えはヌルティスの圧によって揉み消された。
目をリアルに光らせないで。こえーよ。
「まあ、そりゃそうですけど。なんか言い方っていうか、形式が嫌なんですよ。なんでそんな悪魔との取引みたいな……」
「ふむ、……まあ、そうだな。実際に、君たちの世界で語り継がれている、悪魔の契約という概念の一部は、我々との契約を元に生まれたのだろうと、私も思っているよ。……恐らく、この世界の記憶を持ち帰った契約者が、おおかた話を脚色して後世にこの話を伝えたのではないかね」
そんな俺の心の叫びを無視して、ヌルティスはさらに説明を続ける。
「は、はあ…………? そう……なんですか? まあ、なんか死神と悪魔って、ちょっとイメージが近しいから納得はできますけど……」
「……全く違うものだがね。まあ、それはいい。先ほども言ったが、契約に付随して生まれる代償というものは、契約者と世界の意思、そして契約する死神の性質により異なる。……魂の重さ、器の記憶、そして契約者が抱く想いに、代償は左右されるのだよ。だからこそ、先ほどは世界の意思と当人の意思を天秤にかけ、事象を調整する、と説明させてもらった』
明らかに失礼な態度をとっていたであろう、俺の発言すらお構いなしに。
「……なるほど、分からん」
『簡潔に言うなら、当人の素質と心持ち次第、ということだよ』
「あー、そういう。……じゃあ、もし俺がこのロリと契約して、代償を負うってなった時……例えば“死んだときの痛みを一生感じ続ける”とか、そういうエグいのが来る可能性もあるわけですか?」
「……ふむ。まあ、可能性はあるな。だが代償の重さは、基本的に力の価値に比例するものでね。ナナシと君の魂は同じ創命魂。君たちの魂が大きく共鳴すれば、強大な力が生まれるだろう」
「へぇ……マジでろくでもない運ゲーシステムですね。……でも、なんでか不思議と嫌いにはなれません」
それからも、長々と説明は続いた。
『――やはり君たち若者は、こういった異能力を好むものなのだね。部下たちと契約し、能力を得て、生き返る選択肢をとった客人たちは皆、君のように若く活気に溢れていたよ』
「……そうなんですね」
そして。
最終的にはなんか“若者”って言葉で括られて、ヌルティスおじいちゃんのお話は一段落ついたように思う。
けど、どうせまた新しい説明したがるから終わりとは思わないようにしておく。
ジジイは話がなげーし、そのくせ体力もないから話の区切り=終わりじゃない。
どうせまた説明が始まるよ。
終わったと思った瞬間がマジで命取りだからな。
まあ、それはいいとして。
今までの話を簡潔にまとめると、やはり懸念すべきは代償くらいか。
さながら悪魔の契約のように、死神と“契約”しているのならば。
その力で現世に舞い戻るのならば、あるいは。
どんな代償を負うかは、神のみぞ知るってとこか。
まあこの場合、ヌルティスでさえ分からないみたいだし、本当にどうかしてるよ、このシステム。
『……その件だが、少し誤解を解いておこう。まず“神”と“死神”は、まったくの別物だ。』
「え、別物?」
うわーーでたーーまた始まったよーーー勘弁してくれよヌルティスおじいちゃん。
『“神”は、人間の信仰が形を成した概念。時に絶対的、時に偶像的。……だが我々“死神”は、“魂の管理”という明確な職務を持った実在の存在だ。人間が語る神話や伝承にある“神”の名を冠することもあるが、それは便宜上の名に過ぎない』
「…………?」
そのくせ、なんかさっきより説明が小難しくなってるし。
マジで勘弁してくれ、脳がパンクしちまう。
『だーかーら! “神様”っていうのは、人間側から見たフィルターなの! 私は名無しだし、ボスは神話にいないような名前なんだけど……ユピテルなんかは“そういう名前で認識されてる”だけってこと! 同じ名前をした別人って言えば分かる!?』
……そう思っていたら、ロリからの助け舟が飛んできて。
「あー……。じゃあ、つまり、その死神が“信仰されてる神そのもの”ってわけじゃないんだな。……っていうか、ユピテルって名前の神サマ、実際にいるんだ……」
俺はマジでロリに感謝した。
『ああ。君たちの世界のユピテルは雷神。そして全能の神ゼウスと同一視されている。だが、こちらのユピテルは、その“名”を借りているだけに過ぎない。人間界で言えば、ブランドショップで働いている店員のようなものだな』
「……なんか急にリアルな例出てきたな。ヌルティスさんも案外、そんな例え方するんですね」
すると、今度はヌルティスがいきなり俗っぽい例えを出してきたので、思わずひっくり返りそうになった。
『バカ、ボスは“万物”の父だぞ? 万物だからそりゃ、なんでもお見通しってことなんだよ。……で、俺は雷神! 全能神! なのにこいつは“名無し”だぜ? だから俺はよ、名前も役職もないのに護衛に選ばれたこいつが気に入らねーんだよ。そもそもこいつ、自分の“器”もろくにコントロールできないんだぜ?』
「……器?」
が、そんな俺の態度が気に入らなかったのか、ユピテルはそれを咎めてきた。
けど俺は、それよりも新しいワードが気になって仕方なかった。
新しい情報で頭がこんがらがってるはずなのに、けれど俺自身が気になることは追及したくなるタイプだから、余計にタチが悪い。
『タチが悪くて悪かったな。……まあ、魂ってのは、本来“記憶”と“性質”の集合体だよ。で、死後、魂がどの“器”を再現するかは、その人間の記憶次第なんだ。それに魂は、最もその身に深く刻んだ記憶の影響を受ける』
『私……よく分かんないんだ、自分がどんな存在で、なんで死神やってるのか……だから、自分の魂と器がまだズレてるみたいで……うまく飛べないし、戦うのも下手くそで……』
「…………」
まあ、タチが悪い、といっても……
別にユピテルに言ったわけじゃないんだけどな。
しかし、そんな俺の軽口が気まずく浮いてしまうくらいには……
ユピテル言う器の話は、とても重かったと言えよう。
『……つまり、彼女は未完成なのだ。だが、同じ“創命魂”を持つ君との共鳴で、その器が徐々に整ってきている。それもあり……私は君たちの契約に可能性を見出した』
『けど、俺ぁ納得できません! こんなグズでノロマな見習いのチビが、なんで正式に死神になった俺より先に出世してんですか!? 俺と違って名前もねぇクセに! てか、区画ごとに一人しか視察に行けないシステムやめません? こいつがヘマして消えちまったらおしまいっすよ!』
「………………」
だが。
重かった、のに。
ユピテルの発言が、あまりにも終わってるせいで。
俺はロリを庇うよりも先に、相変わらずこいつにドン引きすることしかできなかった。
こいつ、マジで常識ないな。
っていうか……
こいつ、態度とか業務放棄とか、やってることが色々と終わってるから、二千年くらい釜で煮込むとか言われてた記憶があるけど……あれはどうなったんだろう。
今、こいつがここにいるってことは、まだ猶予があるって事なのか?
それに、さっきも視察がどうとか言ってたし。
なんだか、気になることばかりだ。
『あーーーー? お前のせいで二千年懲役になったってのに呑気なモンだなぁ!? 視察は視察だ! てめーらの世界にわざわざ潜り込んで、異常がねえか見てやってんだよ! 言葉の通りだ! つーかそうだよ、今オレ様がお前と話してやってんのはただの執行猶予だよ! もう少ししたらお前の望み通りクソ大釜にドボンだぜ! どうしてくれんだよオイ!』
とか思ってたら、答えを提示されると同時にキレられた。
『組木勇翔よ、気にしなくていいぞ。……この場合、悪いのはユピテルなのだからな』
けど、今回はヌルティスが珍しく真っ当なことを言ったから、俺はそれに全力で賛同する。
「ええ。そのつもりです、ヌルティスさん。……でもな、ユピテル。これだけは一つ言っとく。お前さ、それ以上はやめとけよ」
そして。
ずっと言いたかったこともあったので、とりあえず俺はこれだけユピテルに物申すことにした。
『あ? んだよ組木勇翔……』
「いや、ただ見てて不快なんだわ。無駄に口も悪けりゃ性格も悪いお前みたいな奴が、こいつの仲間ヅラしてはいちいちマウントとってるのがさ。……そういうの、やめとけよ。なんか胸クソ悪いし、どうにも納得いかないんだよ」
『なんだと……!?』
「いやだってさ、考えてもみろよ? そこのロリは死神の“見習い”なんだろ? でもお前は正式な死神。こいつは見習いだから知らないことなんて山ほどあるだろうに、お前はなんでそんな知識量とか経験の差でマウントばっかとるんだ? 今のお前さ、同じブランドショップの店員でも、正社員と派遣社員みたいな、ただの肩書きだけで人を見下すクズ野郎になってるぞ?」
はい。
これです、ユピテルさんに言いたかったこと。
『…………ッ!』
「や、やめて! ねえ、私、大丈夫だから……!」
「大丈夫じゃねーだろ。お前、こんな奴の言葉なんか真に受けんなよ」
あー、言いたいこと言えてスッキリした……
『組木勇翔……お前……! ふざけんな! さっきから、人間のクセに生意気なんだよ!』
なんて思う暇もなく。
はい、思った通りユピテルさんが殴りかかってきます。
「あぁ!? 関係ねえだろ!」
『黙れ! 何も知らないクセして……! せっかく気に入ってやってたのによ!!』
「知らねーよ!」
だから俺は急いで応戦し、そしてもみくちゃになって言い争った。
のだが、やはり死神であるユピテルの方が圧倒的に強かった。
取っ組み合いになったと思ったら、馬力の差で押し負け、一瞬で地面に頭を押し付けられる。
「あががががが! おいやめろっ! 俺はまだ契約してないんだぞ…………うぎゃあああああマジでやめて! 頭削れるううううう!!」
ギブアップの意を込めて俺はユピテルの腕を軽く叩いた。
しかし、こいつはやめようともしないし、あろうことかどんどん俺の頭を押し付ける力が強くなっていく。
『――やめろ。そこら辺にしておけ、ユピテル』
『……チッ、へーい』
そんな俺たちの争いをヌルティスに止められるまで、俺は自分の頭が割れるんじゃないかと本気で心配になっていたので、本当に助かった。
『…………組木勇翔よ、本当にすまない、ウチの愚か者が……』
が。
今回こそは許さない。
ヌルティスは相も変わらず、謝罪して事を収めようとしてくるため、ここでテンポが削がれるのはよくないと思い、俺は彼に自分流の謝罪の流儀を説く。
「その謝れば許されるってスタンス、いい加減やめたらどうですか? だいたいなんでも謝ってれば許されるのって、そこにいるロリくらいの年齢までですよ――」
『あーもう、ロリって言わないでよ!! そろそろ名前で呼べえええぇぇぇぇっ!』
「……そこの、ナナシくらいの年齢までだと思いますよ。こいつが具体的に何歳かまでは分からないですけど……本当にちっちゃいうちまでじゃないですか?」
が、その途中にロリの渾身の反撃が飛んできたので、俺はそろそろこいつに対しての呼称を改めざるを得なくなった。
今めっちゃ頭がズキズキしてるから、そんなに大声で叫ばないでほしいんだけどな……。
『…………返す言葉もないよ、本当に――』
と、そこでヌルティスが伝家の宝刀を抜きかけたので、俺はすかさずそれを制して次に繋げる。
「はい、すまない禁止。この世界のボスなら、もっと管理職らしく結果で示してください。……んで、次の説明はまだですか?」
「……ああ、そうだな。……では、備考を一つ。そもそも死神とは、死者から適正があるものが選ばれ、君たちの世界で語られている神の名を冠する。その時点で、死神はあらゆる生命を超越した力を得る。君たちの世界の神の名を借りているのだからな」
そう催促して、次に返ってきたヌルティスの説明は……。
なんと、俺の想像の範疇からは外れた、神話に語られる神々の成り立ちとは程遠い実態……世襲制の死神システムの説明だった。
『だが、
『それに、ただでさえ、マルスの件で損失を被っている我々に、ナナシが敵対しようものなら……この世界は、すぐに壊滅するだろう。それだけは、絶対に避けたい。暴走したナナシは、君を取り込んで強化を果たしたマルスよりも、遥かに強大な力を持ちうるだろう。それだけに……彼女には、迂闊に名前を与えられない。創命魂とは、それだけの脅威を持っているのだよ』
で、どうやらあのロリは、神々の名を世襲することなく、ずっと見習い死神である、例外中の例外であることも聞かされた。
「……なるほど。そんなやべーやつと同じ魂を持ってる俺をホイホイ生き返らせるとか、イカれてるにも程がありますけどね」
が、やはり俺が抱くのは、その程度の感想だった。
『君は、マルスと戦ってくれるのだろう? ならば、その機を活用しない手はない』
「…………ああ、そういえばそんなこと言いましたね。じゃあ、せいぜい手厚く匿ってもらいます」
だからこそ。
俺は、さっき自分が吐いた「契約の力を使ってマルスと戦う運命を選ぶ」という言葉を再び突きつけられても。
その覚悟を問われても、動じることはしたくなかった。
だから俺は、そのボスの問いに軽口で返した。
『――言うではないか』
一方でボスは、唐突にそんな威圧的な一言を口にした。
「……結構ズバズバ言ってくるのは、今に始まったことじゃないと思いますけど」
『……君に感化されたのだよ。確かに私はこの世界の管理職だ。ならば、それらしく……過去に、皆がこの世界に留まっていてくれた頃のように結果を示し続け、客人に対しても威厳を保っていなければ、と思ってな』
でも、そんなボスの変化は、俺が思っていたよりも遥かに大きな変化の兆しだったんじゃないかと思う。
「…………! へえ。じゃあ、めちゃくちゃ頑張ってくださいよ」
『ああ。無論、そのつもりだ。――ありがとう』
『いちいちしんみりしちゃダメっすよ、ボス! あの腐れ組木勇翔をこっから追い返すまでは、しゃきっとしてください!』
『……そうだな』
だから、だろうか。
俺への罵倒も混じったユピテルの言葉を受けて頷くヌルティスは、どこか自信を取り戻したかのような、それでいて爽やかな面持ちをしていたように思う。
「……追い返すって。勘弁してください、そんな奴の言うこと真に受けずに――まあ、とりあえず早く生き返らせてくださいよ。……ね? 頼みますよ、ヌルティスさん」
だから俺は、そんなボスの意気込みを汲んで、けれど冗談交じりに、早く生き返りの準備をするように促した。
『ああ……。先ほど覚悟を聞き届けたばかりだが、しかしそれでもマルスと戦うというのなら、やはり相応の覚悟はしてもらおう。何度も言うが、君に死んでもらっては困るからな。そのため……。これから生き返った後、君には我々の支援と訓練を受けてもらう』
「分かってます。……ま、死んでもらって困るくらい俺が相手にとって都合いいなら、なんで俺はマルスに取り込まれてないんですかねって感じなんですけど」
『……君があの怪物に貫かれた後、あれからナナシ以外にも大勢の
その後、相変わらずまた長い説明が飛んできたのだが、しかし俺の気持ちは自然とぶれないまま、依然として気持ちが高ぶり続けていた。
「……ええ。あいつは許せない。だから、絶対に倒したいんです。例え魂を喰われようが、マルスの胃袋に消化されて二度と生き返れなくなろうが……構いません。っていうか、あんなクズ野郎には絶対喰われたくありませんし」
『……とても、強い覚悟だな』
「でしょ?」
だから、俺は今の意気込みを表明した。
『ああ。だからこそ、君たちの契約には、大きな価値がある』
「勝手に人の価値を括んないでください。俺のバリューはプライスレスなんで!」
そして。
『…………あの、ボス。そろそろ、契約書をお願いします』
そんな、明らかに空気が変わり始めた俺たちの会話に影響を受けたのか、しばらくの間ずっと黙っていたナナシがいきなり口を開いたことで。
『ああ、そうだな。……君たちの契約を、同意とみなす』
ヌルティスはいきなり、掌に光の玉を生成し――それを、俺たちの元へ放り投げてきたのだ。
すると、その光の玉は弾け、細やかな光の
──ジュッ。
何が起きたのか理解する前に、そして何かが焼けるような音と共に、俺の掌はその光によって切り裂かれていた。
そして――襲ってきたのは、冷たい“何か”が身体の内側を這いまわり、まるで身体を蝕むように大きくなっていく、気持ちの悪い感覚。
そんな得体の知れない感覚に驚いて、俺は思わず手を引こうとしたが、しかし身体が依然として強張っているせいで、この時俺は、指の一本も動かせなかった。
それから。
瞬間、突如として指に赤い筋が走り、それは熱を持って滲んでいた。
聖なる光の礫は俺の指先へ傷口を作り、そして俺の指から、赤い鮮血が垂れだしたのだ。
「痛っ!?」
『――契約、成立』
俺が声を上げると同時に、ナナシもわずかに顔をしかめる。
しかし……
直後、何事もなかったかのようにナナシが呟き――
瞬間、どこからともなく現れた契約書から、ふと光が溢れだした。
その光は、まるで虚空を裂くようにして放たれていた。
「…………!?」
『組木勇翔よ。その指で、契約書へ血判を押すのだ。さすれば、契約の力が君を生き返らせてくれる』
「はっ、はい!!」
『素直でよろしい。……これまで、長い説明ばかりを繰り返して、すまなかったな』
そして、驚く暇もなく、俺はヌルティスに言われるがまま、血濡れた指で光り輝く契約書へ判を押した。
『――ナナシ!』
『分かってます!』
と思ったら、それから、またヌルティスの声がして。
直後、ナナシはもう片方の俺の腕を掴んできた。
すると、こいつは俺の掌を取り――
互いの手の、それぞれの指を絡ませるようにして、言うなれば恋人繋ぎのように、深く手を握ってきた。
「え、ちょっ……!?」
いきなり手を握られてキョドる暇もなく、そして目の前に映る、微笑むナナシの顔が光に包まれていって……
『では、行ってこい』
さらにはまた、ヌルティスの声がして。
「えっ…………」
『集中しろ。目を閉じ、帰りたいと願うのだ』
俺は混乱する暇もなく、その言葉に圧されて、思わず目を閉じた。
すると、深く閉ざされた瞼の隙間から、暗くなった俺の視界に、光が入ってきた。
その光には、得も言われぬ温かみがあった。
現世に、家に、自分の肉体に帰りたい。
歩たちに、母さんに会いたい。
自然とそう思わせてくれる、謎の温もりが、俺の身体を包んでいく。
『そうだ、現世には君の帰りを待つ者がいる』
そんなヌルティスの言葉は、重々しく俺の心に響き、わずかに光が差す暗い心の中で、逆流する思い出と昂ぶる感情を抑えた。
そして。
あの怪物に身体を刺される前に流れた走馬灯のようなものが、音もなく再び蘇る。
それは思い出を飲み込んでいたはずの光の渦だった。
刹那、その光の渦は大きく爆ぜ、現世の記憶を思い起こさせると共に、俺に涙を流させていた。
「……………」
俺自身、もはや何を言っているのか分からなかった。
言葉と精神の境界が、曖昧になっていた。
そんな中、眩い光は俺を包みこみ、ふしぎな感覚へと
それから。
『――組木勇翔よ。絶対に、死なないでくれ』
ふと、ヌルティスの声がした。
が、辺りは暗闇の中で、もう彼の姿は見えなかった。
けれど。
そんな暗闇の中で、ヌルティスが優しく微笑んだ気がした。
「うあッ!?」
と思ったら、突然。
身体中に、あの時、触手で全身を貫かれた時のような激痛が走った。
「うぐッ………があ…………!」
けれど今回は、その地獄のような痛みが続いたままで。
すぐに意識は消えなくて。
それに、俺の眼前には、ある文言が映し出されていて。
──契約:成立
契約者:組木勇翔
契約死神:ナナシ
付与能力:無 垢 の 鎖――
代償:■■■■■■■■
でも、その文言を読もうとしても、能力と代償の部分が上手く読めなくて。
俺はまだ、自分の身体にどんな力が目覚めて、どんな代償を支払うことになるのか……それすら分からない状態で、ひたすら痛みに苛まれ続けていた。
が。
――それでも俺は、
負けたくない。
こんなところで、負けるわけにはいかない。
だって、俺は生き返るんだから。
不死鳥のように、この命をもう一度燃やして。
『組木勇翔、か……。やはり、危うい人の子だな。……だからこそ、親子揃って、彼奴の糧になることだけは避けねばなるまい』
……そう思った瞬間、ふと聞こえてきたヌルティスの声が、俺の脳を包み込むようにして――
いうなれば轟音の、膜……? のようなものに、頭が包まれているような、そんな感覚に陥って。
そのせいで、何も考えられなくなって。
それから有無を言わさず、まるで頭の中が爆発したかのような衝撃に見舞われ……
いきなり、俺の意識は闇の中に弾け飛んでいった。
――Ep.7 【さながら不死鳥の如く】
―――――――――――――――――――――
ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!
次回も気合を入れたお話を投下する予定です。
いつか更新は不定期になるかもしれませんが……
今のうちに感想や好きなシーンがあったらこっそり教えてくれると嬉しいです。
今後とも、どうかよろしくお願いします!
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