魔法少女は違法です。

つるく

第1話 なので、大人が魔法使いになります

紫色した怪物が、黄緑色の血液を撒き散らし横たわっている。

ちょうど補色の関係あたるその2色は、東京のビル街をあくどいほど彩っていた。


それが寝そべっているのは人通りの多い交差点のど真ん中で、アスファルトの上で早くも腐臭を漂わせている。

全長およそ5メートル。ミノタウロスを思わせる猛々しい姿をしているものの、血まみれになって投げ出された体には無数の銃槍が施されていて痛々しい。

周りにはまるで葬儀に参列するかのように人だかりができているが、怪物を中心にして張り巡らされたバリケードがそれを拒んでいる。

人々の雑踏が、無粋な鎮魂歌として怪物に浴びせられていた。


「いやぁ、今日は一段と野次馬だらけだな。まいったまいった……。この怪物に香典でも包んできたってのかね。」


"処理班"の腕章をつけた作業員が、バリケードの中からぼやく。他の作業員はまたかと言わんばかりに愛想笑いを浮かべた。

その腕章の通り、作業員たちは迅速に怪物を処理していく。

5メートルの巨体はあっという間に解体、回収されて、ついに怪物がそこにいた証はあたりに散らばる血痕だけとなった。

その血痕も、ほどなくして拭き取られた。


「しかし……あのバケモンをたった一人で倒しちまったなんて……。信じられねえな。

それ、ガセじゃねえのか?」


処理を終え、撤収作業中にもまたぼやく。

しかし次は間髪入れず別の作業員が食いついた。


「えっ!知らないんですか!?今回の"執行員"が誰だったか!」


「あ、ああ……、なんだ、有名なやつだったのか?」


「そら有名なんてもんじゃないですよ!なぁんだ、てっきり知ってるもんだとばかり思ってました。だめですよぉ、もっと世の中に関心を持たなきゃ……。」


「あーあー分かりましたよ。で?誰なんだよそいつは?」


   「シゲルさんですよ!

      "シゲル魔法執行員"!!」


そう語る作業員の目は、子どものように輝いている。



          * 



ことの始まりはアメリカ、テキサス州の田舎町だった。

閑散とした静かな町の民家の前に、突如として怪物が現れたのだ。

その姿はやはり紫色をしていて5メートルある。

怪物は現地の住人や駆けつけた警察を次々と襲った。

幸い24時間後には制圧されたが、この一件だけで死傷者は約130人にも及んだ。

発生原因は謎のままである。


事件を皮切りに、怪物騒ぎは各国で頻発するようになる。

カナダ、イギリス、ドイツ、インド、オーストラリア、中国、そして日本。

各国は怪物対策を案じ、共有、実行を繰り返したが、結局は対処療法でしかない。

発生原因の解明など根本的な解決には至らないまま、怪物との圧倒的な力量の前に各国は疲弊するばかりだった。


転機が訪れたのは、その一年後だった。

各国で怪物以外の未確認生命体の情報が出始めたのだ。

その未確認生命体は全長約20メートル。

犬のぬいぐるみのような姿をしていて、背中には蝶を思わせる羽を宿しているらしい。

ただ、目撃情報で一致しているのはこれだけで、現れる時間や場所はまちまちだった。

"妖精"と呼称されるそれは、怪物の現れた今「幻覚だ」と一蹴されることなく、むしろ現状打破の手掛かりになるかもしれないと各国で追跡された。

しかし集められた情報の通り、「妖精は急に現れてはすぐどこかへ去ってしまう」ため、捜索は難航した。


だが、希望は向こうからやってきた。

始まりの地、テキサス州に妖精発見の知らせが入った。

警察は呆れるように現場へ向かう。

どうせまた、駆けつけた頃にはもぬけの殻だ。いや怪物騒ぎじゃない分まだマシだよ。そんな気だるげなムードが、車内に充満していた。

が、結果として警官たちは、その日初めて妖精を目撃することになる。


妖精はテキサスの田舎町から逃げることはなく、民家の前でたたずんでいたのだ。


その姿は犬のぬいぐるみそのものであり、背中から生えた蝶のような羽で浮いている。

現実味がない、だからこそ、本物の妖精なのだと警官たちは確信する。


警官たちは慌てて妖精を取り囲む。

構えた銃は全員かすかに震えていた。

あたりに緊張が走る。


しばらくの静寂を破ったのは、妖精からだった。


「……代表を呼んでくれルン。お偉いさんとお話がしたいルン。」


警官たちはその驚くべきセリフにさらに身構える。

言葉が通じる。

妖精は英語で彼らに語りかけたのだ。


妖精は変わらず話し続ける。


「人間界で、いっちば〜ん偉い人を呼んで欲しいルン!!」


警官たちは困惑し、顔を見合わせる。


……この世で一番偉い人間って誰になるんだ?



          *



霞ヶ関に、不自然に黒くそびえ立つビルがある。

その中にはビルの一部が分裂したかのように、黒色のスーツをまとう人々がそこかしこに配置されていた。


「……以上が、今回の怪物ホシへの執行経緯です。」


ビルの一室の中央で、二人の黒服が見つめあっている。

直立し、後ろ手を組んでいる男がそう報告し終える。


男の肩には、ウサギのぬいぐるみのような妖精が座っている。


一方、対面で仰々しいテーブルと椅子に座る女性は「把握しました。……ご苦労様。」と答えた。

個人面接を思わせる光景は、労いの言葉で終了した。

男は部屋を出て廊下をしばらく歩いていた。




「……あーもう!いつ来ても退屈な場所ラビ!!設備も人も無機物でつまらないラビーっ!!」


男の肩の妖精が叫んだ。

廊下にいる全員が振り返るが、肩にとまっている妖精を見て納得するように向き直る。


「…‥耳元で叫ぶな。」


顔色を変えずに男は呟いた。

男の着ているスーツの裾は少し黄緑に汚れていて、左胸には"シノダ シゲル"と書かれたネームプレートを付けている。

名前の横には、ディフォルメされたウサギのシールが居心地悪そうに貼られていた。


「シゲルぅ〜!せめてシゲルはもっとカワイイ格好して欲しいラビ……。

あっ!この前新しくカワイイシール貰ったから今のやつと交換してやるラビ!」


「いらない。」


シゲルを無視して妖精は背中の羽を伸ばし、肩から左胸へ飛び移ってネームプレートに貼られているシールを交換した。

古いウサギのシールは交換され、新しいウサギのシールが貼られる。


「えへへ……どうラビ?かわいくなってシゲルも幸せラビ?」


妖精は満足そうにしていたが、シゲルが水を差す。


「……どう違うんだ。」


「は!?全然違うラビよ!

新しいのはぷっくりして立体感あるラビ!!

よーく見るラビ!」


妖精はわざとらしく頬をふくらませながらシゲルを睨む。


「そうか。……それよりもミミ、さっきの任務で拳銃M21の魔力が……」


「さっき補填しておいたラビよ!

もー!そんなつまんない話したくないラビ!

シゲルいっつもそればかりラビーっ!!」


"ミミ"、と呼ばれた妖精は、膨らませた頬を爆発させるようにまた叫んだ。

シゲルは鼓膜を守るように首を傾げながら、目的の部屋へ入ろうとドアに近づく。


「あれ?シゲルさん上がりですか?」


入ろうとしたドアから、一人の男が出てきて声をかけられる。彼より一回り若い。

「……ああ。」と最低限の返事をして、シゲルは中へ入ろうとするが、若い男は立ち話を続ける。


「ちょうど良かったぁ!

シゲルさん知ってます?前から工事してたとこ……良さげな居酒屋だったんですよ!それも先週オープンしたて!!

……ね!?今からどうです!?」


どうやら飲みの誘いのようだった。

シゲルが拒否するより先に、ミミが答えた。


「可愛い部下の誘いなら、断る道理は無いラビね!」


若い男はシゲルの部下であり、"オオタ ショウキ"の名札をつけている。

居酒屋へはその他2名の女性部下も参加することになった。


店へ向かう道すがら、オオタたちは今日のシゲルの活躍を聞き出していた。


「シゲルさん、5メートル級をたった一人で倒したってマジですか!?」


「……ミミと二人で倒した。」


「あっ……、そ、そうですよねぇ!ミミさんとお二人で……」


オオタはちらっとミミの方を見た。

ミミは「どうだ!」と言わんばかりの表情を見せていて、オオタはひとまず安心した。

女性部下2名がさらにフォローするように会話に混ざる。


「お二人は5メートル級をあの装備M21一丁で倒したんですよね?すごいなぁ。

私、正直一丁じゃまず無理だと思ってたのに。」


「そうそう、ミミさんと息ぴったりですもんねー。」


ミミはますます表情を明るくしていくが、シゲルの顔色は変わらない。

「自分はただ仕事をしたまでだ」、シゲルはそう心で呟いた。




数年前、全国で頻発する怪物被害に対抗するため、日本政府は"怪物被害対策本部かいぶつひがいたいさくほんぶ"を設置。

それにより特殊部隊、"魔法執行隊まほうしっこうたい"が編成された。


……平たく言えば、"怪物退治屋さん"である。

シゲルたちはその一員であった。

まさに特殊部隊と言うべき異例の組織だが、最も特殊なのは、妖精が所属していることだろう。


所属する妖精たちの役割は、魔法の力を隊員たちに分け与えることである。


力を分け与えられた隊員は、人間以上の力を持つ"魔法使い"になることができ、その力を駆使して怪物と戦うのだ。

ミミも例に漏れず、現在はシゲルやオオタ、他4名の計6名に魔法を授けている。


"魔法執行隊"は、種族の垣根を超えて怪物に対抗する新時代の組織なのだ。


その活躍はたびたび反響を呼び、"子どものなりたい職業ランキング"では毎年上位に君臨している。




店に着くと予想以上に混んでいて、そこで今日が金曜日だとシゲルは思い出した。

少し待った後、シゲルたちは店の奥にある座敷席に案内された。

オオタはシゲル(とミミ)を上座に座らせ、その対面はオオタが座った。その横にそれぞれ女性部下が座る。

仕事帰りに飲むなんていつぶりだろう、あたしこの仕事してから初めてかも、えー前一回あったじゃん、部下たちがそんな会話をしながらアルコールを注文する。


オオタの呂律が怪しくなったのは、それから1時間後だった。


「だいたいねぇ、お上はな〜にをかんがえてこんな給料で俺たちを働かせてんのって話なんですよぉ!」


オオタは何杯目かもわからないビールを煽りながら答える。

シゲルの手にはウーロン茶が添えられており、ミミはシゲルの肩にとまって、おままごとで使うようなコップでリンゴジュースを飲んでいる。

女性陣二人もすでにアルコールからソフトドリンクにシフトしていた。


「……学生の頃は夢だったんですよぉ、"魔法執行隊"に入るのは。

怪物倒して、人から尊敬されて……まぁ母親にこの進路を伝えた時、そりゃいい顔はしませんでしたけどねぇ。

でもやってやるぅ!……って、そりゃあ息巻いてましたよ。

でも、入った後は大変なとこ来ちゃったなって、ぶっちゃけ思いますよねぇ。

そりゃあ、まだどうにか戦えてますけど、その前に自分の…‥弱さ、みたいな?

そんなことも実感しちゃいますよね。

やっぱ魔力を扱うの向いてないんじゃないか、とかぁ……」


飲み過ぎだ。シゲルは、両肘をつきながら下を向くオオタを見て思う。


「そーんなの考えなくていいラビ!もっと気楽に行くラビ!」


「でもぉ……」とぐずるオオタに、ミミは遮るように続ける。


「あーもう!そんなしょげてたら"幸福力"ハピオンが回収できないルン!

ほら、楽しい席なんだから楽しくやるルン!」


「あ〜っ、また幸福力ハピオンって言った!も〜、なんでそんな幸福力ハピオンにこだわるんですかぁっ!」


シゲルは「そういう契約だからな」というセリフを、ウーロン茶で流し込む。


                              *



テキサスの妖精保護の一件から、世界はまた大きく変わることになった。


発見された妖精はとりあえず、各国の"偉い人たち"の集まる場へ引き渡された。

その後、彼は"偉い人たち"に取り囲まれながら、世界の混乱の原因を事細かに説明した。


世界をこんなにも混乱させた原因は、"次元の亀裂"である、と。


「この宇宙は膨張し続けてるルン。

それは君たちもわかってると思うルンが、どんなものも膨らませ続ければ、そこにはいつしか亀裂が生じるルン。

今回は宇宙規模の亀裂だルン。

その亀裂を出口にして様々なものが流れ込んでくるのは、考え難くはないんじゃないルンか?」


つまり、宇宙にぽっかり空いた穴が原因で、別次元の怪物や妖精がこの世界に流れ込んできたらしい。

到底納得のできない説明でも、人類には飲み込まなければいけない現状があった。

妖精は続ける。


「僕らがここへ来た理由はただ一つ。

    君たちと"契約"するためルン」


人類に、突如提示された"契約"。

妖精は、その内容を語った。


「簡単な交換条件ルン。

もし成立すれば、君たちに僕らの魔法の力を与えてやるルン!

条件は……もうっ、そんなに肩肘張らずともいいルンよ!

君たち人類……いや、地球の全生命に、


     "幸せになってもらう"


たったそれだけルン!」


その後、妖精は詳しく語った。


どうやら彼ら妖精の世界では、心を持つ者の"嬉しい"や"楽しい"といった幸福を感じた際に放たれるエネルギーを利用して、魔法を使ったり産業を発展させてきたのだという。


彼らはそのエネルギーを"幸福力"ハピオンと呼んでいた。


今までは妖精界で自給自足的に賄えていたハピオンだが、妖精界も人類と同じく凶作や争いなどが起きるため、その時々の情勢で幸福の供給量が大きく変動する。

だが今、彼らは亀裂によって新しいハピオン供給の場を発見した。


つまりはこの地球を第二のエネルギー資源として確保し、より安定した供給を図ろうというのだ。


それを聞いた"偉い人たち"はどう思ったのかわからないが、とにかく彼の言うことを信じるしかないと決めたのは間違いないだろう


とりあえず、妖精を保護するための施設が作られることになった。

それは米国のとある場所の地下深くに建造された。

部屋は十畳ほどの広さで、妖精の過ごしやすいようクッションやおもちゃが搬入された。

部屋までは何重にも分厚いドアが重なり、そのどれもが厳重な管理システムにより施錠されている。

部屋に設置された複数の監視カメラを確認するためのモニタールームも設けられ、妖精はそこへ収容……もとい保護された。


ほどなくして、この妖精保護の一件は大々的に報道された。

すると人々は、二つの派閥に分かれることとなる。


「この妖精こそ救世主で、人類を導いてくれる」と考えた人々は、彼に"からくり仕掛けの神"デウス・エクス・マキナから"マキナ"と名づけ、そのまま"マキナ派"と呼ばれるようになった。


一方、「マキナには何か裏がある」と訝しむ"反マキナ派"は、陰謀論者も巻き込んで様々な憶測を飛ばした。

人類が幸せになれば、妖精側のエネルギーも賄えるなど都合がいい。

都合がいいからこそ、警戒する声が上がるのは無理もないことだった。


そして民衆だけでなく、彼と直接コンタクトをとった"偉い人たち"も、二つの派閥に分かれていった。


政治、宗教、人種、思想、さまざまなものがマキナ騒動に複雑に絡み合い、インターネット上で、会社で、学校で、さらには家庭内で……、議論は次第に熱を帯び、憶測はさらなる飛躍を見せた。


結果として、とある国の内部で派閥による戦争が勃発した。


これを皮切りに各地で争いが頻発。

依然として起こる怪物騒ぎも相まって、世界情勢はむしろ悪化の一途を辿った。

これを受けてマキナ派の中から、マキナを疑問視する者も出てきた。


彼は果たして救世主なのだろうか?


そんな中、依然として保護施設に収容されていたマキナは、自身の支持者である"偉い人たち"から現状を伝えられる。


そして数日間悲しみに打ちひしがれた後に、これを打破すべくデモンストレーションを行うことを決意する。


それは、魔法という武力の行使である。


実際に魔法の力を人間に宿し、怪物を倒して、のちに戦争も止めてみせるというのだ。


再び地下施設に召集されたマキナ派の"偉い人たち"は、デモンストレーションといえども、待ち望んでいたその力に思わず歓喜の声をあげそうになる。


この力を与えられれば、人類は次の領域へ進める。

ここから、我々は変わるのだ。


ではその力は誰に……どの組織に宿すのか?


その疑問を感じ取ったかのように、マキナは口を開いた。

その言葉を聞き逃すまいと、皆前傾して固唾を飲む。


……前のめりで聞いていた人々は、次第に背筋を正していった。

困惑したまま、その言葉の真意を探ろうとする。しかし答えは出ない。

聞き間違いか?あるいは言い間違えたのか?

狼狽える人々を諭すかのように、マキナはもう一度繰り返す。


人々の困惑は、戦慄に変わった。




  「14歳の少女をここに呼ぶルン。」




その妖精は、無垢な笑みを浮かべている。

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