第2話 父と大魔道士
翌朝、私は国王サラーディオ――父のいる玉座の間へ向かった。父から外出の許可をもらうためだ。
父の許しを得なければ、私は城の外に出られない。私はもう17歳の成人だ。出かけるのくらい自由にさせてほしいのだけれど、どうしても許してもらえない。王女なのだから、と。
玉座の間に玉座は二つ。向かって左側に、あごひげを蓄えた父が堂々と座っている。隣はもう、ずっと空席のままだ。
私は手短に、外へ出かけたいと伝えた。
「ならん」
「なぜですか」
「なんのために外に出たいのだ?」
答えの代わりに問いを重ねる父に苛立ちつつも、正直に答えた。
「素敵な殿方を探すために」
「な、なんだとおッ!?」
父は恐ろしい形相で身を乗り出した。
「結婚相手なら、いくつも釣書が来ておろう! 彼らは私が選んだ紳士。いずれ劣らぬ者たちのはずだ!」
「武芸に秀でた方はひとりもおりませんでした」
「んなっ……イリスディア、まさかお前は伴侶を武勇で選びたいとでも言うつもりか!?」
「そうです」
「ばッかもーん!」
父が張り上げた怒声に、玉座の傍らに控える大臣や、父を守る近衛騎士たちが竦んでいる。
「それでは、誰とも結婚しないと言っているのと同じではないかッ!」
「そんなこと、申しておりません」
「言っているのと同じだ、と言っておろうッ! イリスディアよ、齢十にして剣聖の称号を得たお前より強い者などおらん! 己の強さを自覚できぬ者は愚者だと教えたはずだッ!」
「私より強い殿方は、おります」
「それは過去にただ一人だけだ。世界中探し回ったとて、他に見つかるかどうか……」
「まだ世界中を探してはいません」
「ならばお前は、伴侶を探すため世界を巡る旅にでも出るつもりか?」
そこまでは思っていなかった。
けれど父の言い草に、反発せずにはいられなかった。
「いけませんか」
「当たり前だ、考えるまでもないッ! お前はこのブレンディエ唯一の正統王位継承者、フィニレ家のイリスディアなのだぞ! そんな、男漁りのためにフラフラと出歩くなんぞ許されるはずなかろう!」
「魔王討伐の旅は許してくださったのに」
「あのときとはまるで事情が違う。勇者も聖女もいた、何より我が友フラドナグがいた」
魔王討伐を成したのは、
「友……ですか」
父とフラドナグは旧い友人だ。友という言葉に、私はニーナを思った。フワフワの赤毛に人なつこそうなたれ目。時には姉のようにも振る舞い私を助けてくれた、はじめての同性の友人。
「では、友人に会いに行くのなら許してくださいますか」
「その友人がシスター・ニーナならば、ならぬ」
「なっ……!」
全身の血液が逆流した。声を荒らげそうになるのを必死に抑えた。
「なぜ、ですか」
「ならぬものは、ならぬのだ」
「……ッ!」
私は拳を握りしめて耐え、踵を返した。
「イリスディア、自覚を持て。そなたにはほかにやるべきことが無数にあろう!」
背中に父の声が浴びせられたが、私は一顧だにせず玉座の間をあとにした。
* * * * *
「おお、イリス! 息災であったか?」
玉座の間を出てすぐの廊下で声をかけられた。白髪を長く伸ばしたエルフの男性、見間違えるはずもない。
「フラドナグ、いらしていたのですか。おはようございます」
「おはよう。いやなに、ギルドからの報告にな。久々にお主の顔も見たかったから、会えてよかった」
長命のエルフながら一目で老齢とわかる彼が、旅を共にした大魔道士フラドナグだ。フラドナグは故郷であるエルフの森を離れ、王都にある国営ギルドの長を務めている。父から彼への信頼は絶大だ。
「うーむ、暗いのォ」
「え?」
「お主の顔」
フラドナグは森の色の目をすがめて、私の顔を覗き込む。
「せっかくスーパー美人なんじゃから笑顔でおってほしいが……さてはサラーになんやかんや言われたか?」
「お見通しなのですね」
「お主がこォんな赤ん坊のころから知っとるからのォ」
フラドナグは親指と人差し指で豆でも摘まむような形を作ってみせた。いくらなんでもそれは小さすぎる。
「サラーよりは、お主を客観的に見られるからの。あやつはお主を溺愛しとるからやりすぎる。あっ、もちろん、わしもお主を溺愛しとるからな?」
サラーとは、フラドナグが父サラーディオを呼ぶときの愛称だ。
溺愛、という言葉に昨日読んだ本のことを思い出す。父やフラドナグが私に向けてくれる愛は、あの本に書かれているような
「イリスよ。お主が強いことはよォく知っておる。しかし、王位継承者がひとりで出歩くのは感心せんな。口が裂けても、サラーの戯言なんぞ気にせずに城の外の空気を吸ったほうがいい、なんて言えんのォ……」
「そう、ですよね……」
フラドナグも、父と同じ意見。私は力なく俯いてしまう。
「うーむ……イリスよ。ま、そういうところもお主の可愛いところじゃがのォ?」
「え?」
フラドナグは急にぐっと近づいてきて、内緒話でもするかのように小声で話し始めた。
「実は、サラーのやつは恋愛結婚なんじゃ。お主には見合いを勧めるのに、ずるいと思わんか?」
「そうなのですか」
「うむ」
知らなかった。母は私が幼い頃、流行病で亡くなった。母の記憶はほとんどなく、父と母のなれそめも知らない。
「……私のほかに、王位継承権を持つ方はいないのですか?」
「ふーむ。気になるのか?」
「はい。父はことあるごとに、私を唯一の王位継承者だと言います。フラドナグもそう仰いましたし……もしほかにもいるなら、私ももう少し自由に過ごせるのかと思って……」
「王家から降嫁したのは、エルランド家、アロセイル家、ホーエン家、ロディオン家……ほかにもあったかもしれんのォ……今はもうどの家の者も王都にはおらんし、いたとしてもみな傍系じゃ。始祖に連なるフィニレ家を継ぐ者はお主だけじゃ」
「そうですか……やはり父の言うように、私が唯一の王位継承者なのですね」
「のォ、イリスよ。お主、さてはサラーを困らせてはいかんとか思っておるな?」
「思っていますが……」
つい先ほど父に対して感情的になってしまったことを思い、私はまた俯きそうになったが、
「そりゃイカン!」
と、フラドナグが急に声を大きくしたので、思わず顔を上げた。
「よいか、イリスよ。お主はこのブレンディエの王女。王である父を困らせるべきではないとは、まことによいこころがけじゃ。だがのォ……おなごは、生まれながらに父親を困らせる
「はあ……?」
「息子ならば、同じ男だから理解しやすい。しかし、父一人娘一人で母がおらんでは、娘のことを理解すべく人一倍努めねば難しかろう」
フラドナグは、まるで見てきたかのように言う。
「そこでじゃ、イリスよ。お主は娘として、娘をさっぱりわかっておらん父をわからせねばならん」
「は、はあ」
「サラーのやつがなんと言おうと、そもそもお主は、いつでもどこからでも自由に城から出られる。そうじゃろ?」
「それは……そうですが」
「ふむ。わかっておるならよい」
フラドナグは私から一瞬目を逸らし、まるで目配せでもするかのように私の斜め後方を見た。つられて振り向いたが、柱があるだけで誰もいない。
「ああ、イカン。そろそろ行かねばどやされるのォ」
再び、フラドナグは深い森の色の瞳で私を見た。
「イリスよ、このフラドナグ、お主の武運を祈っとるぞ!」
「は、はい」
フラドナグは玉座の間へと向かった。
戦いに行くわけではないのだけれど、なぜ武運を祈るのだろう。フラドナグの言うことは、時々……いえ、頻繁に、よくわからない。
それにしても、本当に、父を困らせてもいいのだろうか。
悩みながらも、私の足は鍛冶場を目指して歩き出した。外へ出るなら、愛剣“エスペランサ”が必要だ。
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