暁の空

藤桜

第1話 《終わりからの始まり》

 現実もゲームみたいにリセット出来たらいいのに……。

 そうだ人生をリセットすればいいんだ。

 もう全てを終わりにしよう。


「さようなら今までの自分。こんにちは新しい自分」


 君も一度は思ったことある? 人生をやり直したいって。

 最近の俺はそればかりを考えていた。

 季節は冬。その日の朝はいつもより寒かった。

 ここはとある廃墟ビルの屋上。地上との差は20メートル以上ある。

 眼下に広がる町では郵便局のバイクが走り、太陽はまだ地平線に隠れている。

 そんな空の下で俺は「ここから落ちたら死ねるかな?」と思いつつ屋上の柵を越えようとしていた。

 思っていたより体が動く。こういうときはためらうものだと思っていたからだ。

 柵に足を掛け乗り越えようと時だった。


「飛び降りちゃダメー!!」


 どこからか突然現れた中学生くらいの少女が俺の腕を掴み引っ張ってきた。


「なんだよ君!? 離してくれ! 俺は死にたいんだよ!」


 俺は振り払おうと強く抵抗した。

 意外と力があるのかなかなか手が離れない。

 足掻いていると少女は俺の腕を強く抱きしめた。


「生きたくても生きられなかった人だっているだよっ!!」

「――っ!?」

「必死に今日を生きようとしている人も居るし明日を迎えられない人も居るのに……だから……」

 

 なぜだろう? その言葉が深く胸に刺さる。

 今更いまさらどこの誰だか分からない人に生きて欲しいと言われただけでこんな気持ちになるのか?

 いや、違う。本当は止めて欲しかったのかもしれない。

 俺は全身の力が抜けその場に崩れるかのように座りフェンスにもたれかかり、少女も俺の横に座った。


「落ち着いたみたいだね。えーっと名前は?」

「そういうお前の名前はなんだよ?」

「私? 私は志音しおんだよ」

「俺は幸太こうた……」

「何で幸太は死にたいと思ったの?」

「唐突だし呼び捨てかよ……なんだか疲れたしまぁいいや。俺、漫画を描いているんだけどさ」

「漫画家なの!?」

「いや、まだ連載もしてないただの大学生だけどな。でもいつかは俺の漫画を認めてもらいたい。そう思い作品を描いては出版社に持って行った。賞にも応募もした。でもどれもダメだった……。どの出版社も絵はいいんだけどって言うんだ。でもストーリーがなかなか作れなくて……」

「だからって……」

「現実って厳しいよな。小さい頃は警察官、サッカー選手、宇宙飛行士……何にでもなれると思っていたのに」

「でも夢を持っているのは素敵だと思う。諦めず頑張ってみてよ」

「でも俺の漫画は……」


 すると突然志音は俺の両手を握って来た。

 その手は柔らかくて温かい。なんだか安心するような感じだ。


「何があっても私は幸太の漫画を応援する! まだチャンスはあるって」

「……ありがとう。もう少し頑張ってみるかな」


 やっぱり応援してくれる人が居ると思うとやる気が出てくる。

 なんだか気持ちもスッキリしてきた。

 すると志音は小声で「もういいかな……」と呟いた。

 俺は風の音ではっきりとは聞こえなかった。


「ん? 何か言ったか?」

「別にただの独り言だよ~」

「ところで志音は何でここに居たんだ? 俺が言うのもなんだけど普通こんな所に来る奴居ないだろ」

「えっ……そ、そんなことどうでもいいじゃん。ほら、早く帰ろうよ。廃墟とはいえここに居るのが見つかったら大変だよ」


 志音は少し慌てている。

 何かを隠しているみたいだ。

 こんな朝早く廃墟ビルに居るのは訳がありそうだが……まぁ今は聞かないでおいてやろう。


「そうだな。そろそろ行くか」

「行こ行こ」


 俺と志音は廃墟ビルの階段を下りた。

 窓から改めて廃墟ビルの中を見ると結構不気味だ。

 まだ机などが残っている部屋も見える。

 

「そういえばここって心霊スポットになっているんだよな」

「私も聞いたことある。ここがあの世と繋がっているから幽霊が出るって」


 こんな不気味な場所をよく俺は来れたものだ。

 廃墟ビルを出ると正面の門を乗り越えた。

 気が付くと太陽は完全に出ていた。

 こんな清々しい朝を迎えたのはいつぶりだろう?

 ここ最近は悩んでいたが今はなぜだか自信に満ちあふれている。


「俺はこっちだけど途中まで送ろうか?」

「大丈夫だよ。帰る場所近いしそれに逆方向だから」

「そうか? 気を付けて帰れよ」

「うんっ、それじゃぁさようなら」


 そう言って志音は振り返り太陽の方に向かってゆっくり歩き出した。

 振り返る一瞬、虚しそうな顔に見えた気がした。

 ここで別れたらもう会えないのか?

 今日初めて出会ったわけで特別な存在じゃないはず……。

 でも何かが心に引っかかる。

 

「待って志音!」


 俺は咄嗟に志音を呼び止めた。

 自分でもなぜ呼び止めたのか分からない。

 しかしこれが間違いとは思わなかった。


「ん? なに?」

「えっと、あのさ……明日から冬休みなんだ。だからまた会えるか?」

「……もしかして私の事好きになっちゃった?」

「ちっ、違う! お礼がしたいというかなんというか……」

「うん、いいよ。会ってあげる」

「いいのか?」

「私も暇だからね。それに幸太って良い人っぽいし」


 そう言って志音はニコリと笑顔を見せた。

 さっき見せた虚しい表情は気のせいだったのだろうか?


「ありがとう。俺の家はこの先にある青い屋根のアパート103号室だから」

「分かった。じゃっまた明日ね」


 再び志音は歩き出した。

 俺も志音が歩いて行った方向と逆の方向を歩き始めた。

 この気持ちは何だろう? なんだか足取りが軽い。

 昨日まで生きるのも辛かったのに今はなんだか楽しい気分だ。

 でもなんで志音はこんな朝早くあそこに居たんだ?

 ふと振り返ると志音の姿はもう見えなくなっていた。

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暁の空 藤桜 @huzizakura

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