SNSアカウントの実体化

ちびまるフォイ

SNSアカウントの自我

>こんなやつはみんなバカ


>はやく死んだほうがいい


>嘘つきは死ね



SNS上にいくつもの悪口を書き込んでいると

もう深夜を超えて朝にすらなりかけていた。


「最近は裏アカのがちゃんと活動してる気がするなぁ……」


日々のうっぷん晴らしに始めた裏アカ。

スイーツだのラーメンだのの写真を投稿する本アカよりも活発。


いかに自分がストレスを貯めているかがよくわかった。


「さて寝るか」


吸血鬼のように日が昇ると眠る昼夜逆転生活。

次に目覚めたときにも、いのいちばんに裏アカを開いた。


しかし待っていたのは、さら地になっていたアカウントだった。


「あ、あれ!? 俺の裏アカが消えてる!?」


通報で退会させれたのかと問い合わせるも、

そんなことはしていないという一点張り。

なんど話しても無駄だった。


「くそう……せっかく育ててきた裏アカなのに……」


まるで自分の一部がかけたような喪失感。

それでも、バイトに行かねばならないのは現代の辛いところ。


「ちわっすー。シフト交代の時間です」


コンビニの裏口から控室に入ったときだった。

そこにはスマホを見ている自分が待っていた。


「え!?」


「よお」


もう一人の自分は驚くでもなく座ったまま。


「なんで自分がもうひとり?って顔してるな。

 ちがうちがう。俺は裏アカ。お前じゃない」


「裏アカって……」


「実体化したんだよ。強すぎる気持ちがそうさせた」


「そんなバカな!? 俺はお前なんか求めちゃいない!」


「そうとも。お前じゃない。外を見てみろよ」


「外?」


コンビニの外をふと見てみる。


デコレーションされたうちわを持ったファンらしき集団が、

限界集落のコンビニに大挙して押し寄せている。


「なっ……なんだよこの人の数は!?」


「俺のファン。フォロワーといったほうがいいかな」


「そんなバカな!? 悪口しか言ってないくせに!?」


「みんな正論を語る聖人よりも、

 自分の代わりに悪口を吐いてくれる人が好きなんだよ」


実体化した裏アカはそれはもう大人気だった。


裏アカが来てからコンビニ商品すべてが買い占められたと

コンビニ店長は泣いて喜んでいた。


そのカルト的人気はとどまるところを知らない。


その刃に衣着せぬ物言いは

一定のアンチを作るものの、一定のカルト的なファンを創造。


毎日、美人を横にはべらせた自撮りを投降しては

世界に、環境に、特定個人などに批判をライフワークのごとく吐き捨てていた。


「なんでこいつのほうが人気なんだ……」


かたや自分はというと。


たまに道ばたで声をかけられて、

人違いとわかるや落胆させられる憂き目にあっていた。


「俺が生み出した裏アカなんだ。

 俺にしたがってしかるべきじゃないか……」


爆発的な人気となり歌謡ショーに出演も決まった裏アカが憎い。

そこで尋ねたのは海外の闇業者だった。


「アナタおもしろいこと言うね。

 自分のアカウント乗っ取ってほしいの?」


「ええそうです。俺の裏アカを乗っ取ってください」


「OKよ。着手金はらう。イイネ?」


「もちろんです。その代わり、あの裏アカを好き勝手させないでください」


アカウント乗っ取り専門の業者にお金を払った。


裏アカのSNSはすでに自分の手を離れ、

唯我独尊とばかりに独り歩きをはじめているので手をつけられない。


なら、正攻法でない手段で取り戻すしか無い。


「乗っ取りできたら連絡するよろし」


「待ってます」


携帯の番号を教えて待つことに。

しかしいくら待っても連絡がくることはなかった。


「おっかしいなぁ……。

 アレだけ事前に個人情報を与えていたのに、

 こんなに乗っ取りに時間かかることあるのか?」


実はもう乗っ取られていて、連絡し忘れているのかも。

そう思って、ファンをたどって裏アカを探そうとした。


そこで気づいたのは裏アカファンの激減だった。


「ああ、あの人? もうどうでもいい」

「なんか冷めちゃった」


「ど、どうして!? あんなに好きだったのに!?」


「だって、最近のあの人ちがうんだもん」


裏アカの貧相な語彙力に飽きたとかではなかった。

なんとか裏アカを見つけると、今まさに盗みを働こうとしていた。


「おい! お前! なにやってる!?」


目出し帽をかぶっても自分のアカウントくらい自分でわかる。


「……」


「いくら社会に不満をもっていて文句いっても

 犯罪を正当化する理由にならないぞ!?」


「うるさいね。あなた黙ってる。よろし」


「そ、その口調……!?」


すぐにわかってしまった。

すでに乗っ取りは成功していた。


連絡を忘れていたわけじゃない。


自分たちが好き勝手に遠隔操作できる肉体を手に入れて、

これ幸いとばかりに悪事のために使っていたようだ。


「おい正気に戻れ!? お前は俺の裏アカだろ!?」


「うるさいね。もうそんなやつはいないよ」


「そんな……!」


「この身体都合いいね。捕まってもお前の罪になる」


「……」


「どうした? 裏アカ消えてかなしいか?」


「いや……もうこれしか無いのかと思って……」


どうしても未練があって決断できなかった。

これまで築き上げてきた自分の栄光を手放すから。


でもすでに失って、あまつさえ暴走をし始めている裏アカ。

もう放置することなどできなかった。


「そ、それはアカウント削除ボタン!?」


「自分が自分じゃなくなるのならいっそ消えたほうがマシだ」


「待つね! たまにはこの身体返してやる! だから!」


「うるさい! 裏アカも大事な俺の一部だったんだ!!」


削除ボタンを押す。

裏アカはみるみる0と1に分解されて消えてしまった。


「これでよかったんだ……」


悪口ばかりの褒められたものじゃないアカウントだったが、

それでも自分が抱えている悩みやSOSを叫んでくれるやつだった。


まもなくパトカーのサイレンの音が近づいてきた。

もう逃げるつもりもない。



「……〇〇だな?」



帽子を深く被った警察官がやってくる。

どこかで聞き覚えある声だ。


「……はい」


「お前に逮捕令状が出ている。間違いないな」


「ええ……。きっとやったのは自分の一部でしょう」


「よし。では逮捕する」


冷たい手錠がかけられた。

警察官は帽子をあげて最後に告げた。




「……まったく、驚いた。

 放置していた自分のアカウントが実体化していたなんて」




自分の同じ顔をしたそいつは、アカウント削除ボタンを押した。

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